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悪役令嬢転生MBA~趣味は事業再生、特技は市場分析ですの~40

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40・第十五章:王城での対決

その日、王城は、異様なほどの緊張感に、包まれていた。 国王アルブレヒト三世の名の下に、緊急の御前会議が、招集されたのだ。 議題は、ただ、一つ。『辺境伯令嬢にして、リヒトハーフェン男爵、エリザベートより、国家の安全保障に関わる、緊急の、奏上があり』。 その、あまりにもご大層な議題に、集められた重臣たちは、皆、訝しげな表情を浮かべていた。
『翠玉(すいぎょく)の間』。 エリザベートが、かつて、男爵の爵位を賜った、あの謁見室。 そこに再び、国の重鎮たちが顔を揃えていた。 だが、その場の空気はあの時とは比べ物にならないほど張り詰めている。 玉座に座す国王陛下。その左右を固める宰相と、そして、アークライト公爵。 公爵は常と変わらぬ怜悧なポーカーフェイスを保っている。だが、その瞳の奥にはエリザベートの意図を測りかねている、かすかな警戒の色が浮かんでいた。

その居並ぶ怪物たちの視線を一身に浴びながら。 エリザベートは、静かにその中央に進み出た。 その手には分厚い数冊の帳簿と、一枚の巨大な、地図だけ。 彼女の武器は、それだけだった。
「――エリザベート・フォン・リヒトハーフェン。そなたの緊急の奏上とは何事か。手短に述べよ」
国王の威厳に満ちた声が響く。

「はっ」
エリザベートは深く一礼した。 顔を上げた彼女の碧眼は、まっすぐに国王陛下だけを見据えていた。
「陛下。そして、御列席の皆様。本日、わたくしがご報告いたしますのは、我が国の東方に潜む、『見えざる帝国』の脅威について、にございます」
彼女はそう言うと、持参した地図を広げた。 それは王国と東方の小国。そして、そのさらに向こうに広がる、『旧帝国領』を示した地図だった。
「先日、わたくしの私設の情報網が、極めて憂慮すべき情報を掴みました。百数十年前に滅びたはずの旧帝国の残党が、今、かの地で密かに勢力を拡大させている、と。そして、彼らがその再興の資金源として、我が国を標的にした、ある、『非合法ビジネス』を行っているという、確たる証拠を入手いたしました」

彼女は、そこで一度言葉を切ると、アークライト公爵の顔を、ちらりと見た。 公爵の表情は変わらない。 だが、その指先が、ぴくり、と動いたのをエリザベートは見逃さなかった。
彼女は一冊の帳簿を開いた。 「こちらがその証拠ですわ。王都の裏社会に出回っている禁制品『アビス・ロータス』の、ここ、数年間の流通経路と、その売上金の流れを追跡した調査報告書です」
彼女は、禁制品の話から入った。 だが、その金の流れを説明する彼女の言葉は、まるで一つの巨大な企業のサプライチェーンを解説しているかのようだった。 どこで原料が作られ、どのように国内に持ち込まれ、いかなるルートで末端の消費者にまで届けられるのか。その、全ての流れが冷徹な数字と共に暴かれていく。 そして、その莫大な裏金の全てが、最終的に一つの場所に集約されていくその金の流れを、彼女は一本の赤い線で地図の上に示した。 その線がたどり着いた先。 それは、『旧帝国領』だった。

謁見室がどよめいた。
「馬鹿な…! 旧帝国の残党が、そのような巨大な犯罪組織を…!?」
「そして、その資金で軍備を整えているというのか…!」
重臣たちが次々と驚愕の声を上げる。
「ですが」
エリザベートは静かに続けた。
「問題はそれだけではございません。この、あまりにも巨大で緻密な密売のネットワーク。これを、旧帝国の残党だけが作り上げられたとは、到底考えられない。――彼らには、必ず、この王国内部に強力な『協力者』がいるはずです」

しん、と、謁見室が静まり返った。 全ての視線が、エリザベートに突き刺さる。
「その協力者とは誰か。わたくしは、その金の流れを、さらに逆から追跡いたしました。そして、ついに見つけ出したのです。この、王国を内側から蝕む、裏切り者の正体を」
彼女はそこで、初めてその視線を国王から外し、ゆっくりとアークライト公爵へと向けた。

「――アークライト公爵閣下」
その、静かな呼びかけに、公爵の肩が微かに震えた。
「あなた様が、お持ちの、『ヘルメス貿易商会』。そのキャッシュフロー計算書に、奇妙な『矛盾』があることをわたくしは発見いたしました。毎年計上されている、莫大な『設備投資』。その、金の本当の使い道を、今、この場でご説明いただけますでしょうか?」
それは、決定的な一撃だった。 剣でも魔法でもない。 ただ、一枚の財務諸表。 それが、この国の第二の権力者の喉元に突きつけられた、死の刃だった。
アークライト公爵の顔から、初めて色が消えた。 だが、彼は、それでも王弟だった。

「…面白い作り話だ、リヒトハーフェン男爵。その妄想のために、いったいいくら、使ったのかね? だが、残念だったな。その帳簿とやらが、『偽造された証拠』であることはすぐに、証明されるだろう」
彼はあくまで白を切るつもりだった。 偽造だと言い張れば、いくらでも時間は稼げる。その間に、全ての証拠を闇に葬り去る自信が、彼にはあった。
だが、エリザベートは、静かに首を横に振った。
「ええ、そうでしょうね。あなた様ほどの方が、金の流れだけで尻尾を掴ませるとは思っておりませんわ」

彼女は、最後の一冊の帳簿を開いた。
「ですから、わたくし、もう一つの調査をいたしましたの。あなた様が、その裏金を使って、旧帝国の残党から、『何を買おうとしていたのか』を、ね」
彼女が示した、最後の証拠。 それは、旧帝国の錬金術師とヘルメス貿易商会の間で交わされた、秘密の書簡の写しだった。 そこに記されていたのは、禁制品の取引記録ではない。 『不治の病に有効な、人体錬成の臨床データと、その対価に関する契約書』だった。
「――っ!」
アークライト公爵が息を呑んだ。 そして、それ以上に、衝撃を受けたのは、玉座に座す、国王アルブレヒト三世だった。
「…兄上」
アークライト公爵は、もはや、エリザベートではなく、玉座に座す兄の顔を見ていた。 その、常に冷静だった瞳が、絶望と苦悩に歪んでいた。

「わ、私は…ただ、兄上の、お嘆きを取り除きたかった…。王妃様を、お救いしたかった…。そのためならば、私は、いかなる罪をも背負う覚悟だったのだ…!」
それは、国家への裏切り者の言葉ではなかった。 ただ、兄を愛し、その、悲しみに寄り添おうとした、一人の弟の、魂からの叫びだった。 謁見室にいる、誰もが、言葉を失っていた。 この、あまりにも、気高く、そして、あまりにも悲しい大罪の告白に。
エリザベートは、ただ静かにその光景を見つめていた。 彼女の心は、何も感じていない。 ただ、彼女の脳内では、一つの冷たい計算が終わっていただけだ。 (――『ゲーム理論』における、『囚人のジレンマ』。相手を完全に追い込み、自白させる以外に選択肢を与えない。…交渉、成立、ね)

彼女は勝ったのだ。 この王国で、最も強大な敵の一人に。 だが、その勝利の味は、ひどく空っぽで、そして、どこか物悲しい味がした。 まるで、自分の心を少しずつ削り取っていくような。 そんな、奇妙な感覚だけが、彼女の胸の内に、静かに広がっていた。
 
 
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