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悪役令嬢転生MBA~趣味は事業再生、特技は市場分析ですの~30

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30・第六章:これは、投資契約です

アリアが指定したのは、ギルド本部の裏通りにある、一軒の古びた酒場だった。 『迷い猫の止まり-木亭』。 その、気の抜けた名前とは裏腹に、店内は、使い込まれた黒い木のテーブルと椅子が並び、客層も、明らかにギルドの中でも腕利きの者たちだけが集うような、静かで、しかし、張り詰めた空気が漂っていた。ギルド本部の喧騒が嘘のようだ。ここは、本物のプロフェッショナルたちが、商談や、情報交換を行うための、隠れ家なのだろう。
店の奥の、一番、目立たないボックス席。 そこに、リーザ(エリザベート)と、『ガラスの翼』のメンバー五人が、向かい合って座っていた。テーブルの上には、店の主人が無言で運んできたエールと、水の入ったグラスだけが、ぽつんと置かれている。

リーザの正面に座るのは、リーダーのアリア。その隣には、小柄で、栗色の髪を短く切りそろえた、身軽そうな少女。斥候(シーフ)だろう。好奇心旺盛といった様子で、キラキラした目で、リーザを値踏みするように見ている。 アリアの反対側には、パーティーの中で、一際、体格の良い女性が、腕を組んで座っている。その鍛え上げられた肉体は、鎧の上からでも明らかで、彼女が、このパーティーの盾役(タンク)であることを物語っていた。その厳つい見た目とは裏腹に、その眼差しは、どこか、仲間を案ずるような、母性的な温かみを帯びていた。 そして、リーザと同じ側の席に座るのは、二人。一人は、長い黒髪を、うつむき加減に流した、アンニュイな雰囲気の、知的な美人。おそらくは、魔法攻撃を担う、賢者か、魔術師。もう一人は、柔和な笑みを浮かべ、穏やかな空気を纏ったお姉さんタイプの女性。その腰に下げた、聖印から察するに、回復役の僧侶に違いなかった。
個性も、役割も、全く異なる五人。だが、その間に流れる空気には、確かな信頼と、家族のような親密さが感じられた。 (――素晴らしいチームだわ。スキルセットのバランスも、メンバー間の信頼関係も、申し分ない。これが、B級で燻っているなど、市場の完全な失敗(マーケット・フェイラー)以外の、何物でもない) エリザベートは、内心で、彼女たちの「資産価値」を、冷静に査定していた。

沈黙を破ったのは、アリアだった。
「さて、と」
彼女は、テーブルの上で、指を組んだ。
「あんたの、その、ふざけたほど魅力的な話とやらを、聞かせてもらおうか。――投資家サマ?」
その声には、揶揄と、そして、鋭い警戒が同居していた。
リーザは、微笑んだ。
「ええ、もちろん。ですが、その前に、まず、私の『投資』の本気度をお見せするのが筋というものでしょう」
彼女は、そう言うと、テーブルの上に、一つの、何の変哲もない、革製の小さなバッグを、ことりと置いた。
斥候の少女が、首を傾げる。
「…なんだい、そりゃ。ポーチ?」
「ええ、まあ。見た目は、ただのバッグですわね」
リーザは、そのバッグの口を開くと、おもむろに、テーブルの上の、大きなエールのジョッキを掴み、その中へと入れてしまった。 ジョッキは、小さなバッグの口に、まるで、水面に吸い込まれるように、するりと消える。バッグの大きさは、一切、変わらない。

「「「「なっ…!?」」」」
アリアを除く、四人のメンバーが、同時に、目を見開いた。
「ま、まさか…『マジックバッグ』!?」
「こんな逸品、建国神話に出てくる『英雄の袋』か、おとぎ話でしか聞いたことがないぞ…!」
「一体、いくらするんだ、こんなもの…」
リーザは構わず続けた。 今度は、テーブルの上の、水の入った水差しを、バッグに入れる。それも、消える。さらに、自分の席の、重い木の椅子を、片手で軽々と持ち上げると、それすらも、バッグの中へと収納してしまった。 さすがに、アリアも、その口を、半開きにしている。

「あなた方のパーティーが、A級に匹敵する実力を持ちながら、なぜ、B級に甘んじているのか。その理由を、ご存知かしら?」
リーザの、唐突な問いに、アリアは、我に返って、眉をひそめた。
「…なんだい、藪から棒に。そりゃあ…」
「ええ、分かっていますわ。あなた方は、女性だけのパーティーであることに、誇りを持っている。だからこそ、遠征の際の、荷運びのサポーターも、女性でなければ、雇わない。違いますか?」
アリアが、ぐっと、言葉に詰まる。 リーザの言葉は、的確に、彼女たちの、一番触れられたくない部分を抉っていた。
リーザは、淡々と、分析結果を述べる。
「私の調査によれば、A級パーティーが、一月以上の長期遠征を行う場合、最低でも、三名以上の、荷運びサポーターを雇用しています。ですが、この王都で、冒険に同行できるほどの体力と、胆力を持つ、女性のサポーターは、冒険者ギルドに、僅か、四名しか登録されていない。しかも、そのうちの三名は、既に、他のパーティーと、長期の専属契約を結んでいる。つまり、あなた方が、構造的に、長期遠征を行うことは不可能だったのです」
パーティーのメンバー全員が、息を呑んでいた。 目の前の娘は、自分たちの、スキルや、装備を見ていたのではない。自分たちの、ビジネスモデルの、構造的な欠陥を、完璧に、見抜いていたのだ。

「あなた方の弱点は、実力ではありません。ただ、一点。ロジスティクス…兵站の問題です。その、どうしようもない構造的欠陥が、あなた方の稼得能力(アーニング・パワー)に、不当な、上限(キャップ)を嵌めていた」
リーザは、そこで、初めて、テーブルの上の、マジックバッグを、指し示した。
「――このバッグが、その『上限』を、破壊します」
それは、悪魔の囁きだった。 自分たちの誇りと、現実の壁との間で、どうしようもなく燻っていた、その根本的な問題を、目の前の娘はいとも容易く解決してみせたのだ。
アリアは、ごくりと、喉を鳴らした。
「…とんでもないものを、見せてくれるじゃないか。で? それを、あたしたちに、くれるとでも言うのかい?」
「いいえ、違いますわ」
リーザは、きっぱりと、首を横に振った。
「これは、『貸与』です。あなた方が、私と、独占的なパートナー契約を結んでくださる、という条件でのね」
そして、彼女は、懐から取り出した、例の『投資契約書』を、テーブルの中央に、滑らせた。

「私が、あなた方に依頼したいこと。それは、『沈黙の森』の奥地にある、希少鉱石『月長石』の、安定供給ルートの確保です」
『沈黙の森』。 その名が出た瞬間、パーティーの肝っ玉母さん(タンク)と、世話焼き僧侶の顔が、さっと青ざめた。そこが、どれほど、危険な場所であるか、B級の彼女たちでも嫌というほど、知っている。
「正気かい、あんた…!」
アリアの声が、低く、唸った。
「あそこは、A級パーティーでも、二の足を踏む魔境だ。あたしたちに行けってのは、死ねって言ってるのと同じじゃないか!」
「ええ、ですから、これは『投資』なのです」
リーザの、蒼穹の瞳が、まっすぐに、アリアを射抜いた。
「このマジックバッグだけでは、ありません。あなた方が、最高のパフォーマンスを発揮できるよう、装備の新調費用から、遠征に関わる、全ての経費。それは、全て、私(わたくし)が、負担いたします。そして、成功報酬は、確保した月長石の市場価格の、三割。前金として、契約時に、その半額を、お支払いしましょう」

破格、という言葉すら、生ぬるい。 それは、まるで、王族が騎士団を、一つ、新たに作るかのような、常軌を逸した条件だった。
「…あんたは、一体、何者なんだ」
アリアの問いに、リーザは、ただ、微笑むだけだった。
「私は、ただの、商人ですわ。最高の『商品』を見つけたので、最高の『投資』をしているに、過ぎません」
彼女は、すっと、立ち上がった。
「契約書は、ここに置いていきます。よく、皆さんと、ご相談なさって。…良いお返事を、お待ちしておりますわ」
そう言い残し、リーザは、あっけに取られている彼女たちを尻目に、勘定を済ませると、一人、颯爽と酒場を後にした。
残された、五人の冒険者たち。 彼女たちの目の前には、一枚の、悪魔の契約書と、そして、自分たちの運命を根底から変えてしまうかもしれない、とてつもない可能性が、静かに、横たわっていた。 アリアは、ごしごしと、自分の顔を擦ると、仲間たちの顔を、ゆっくりと見回した。 彼女たちの目には、恐怖と、困惑と、そして、抗いがたいほどの、強い、強い、希望の光が宿っていた。
 
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