藍色の共鳴――返らない手紙に、僕は返事を書いた 6
第六章:違和感の正体
霧は、晴れることがなかった。 灯からの「問いかけ」を突きつけられてから、一週間が経っていた。研人は、一文字も返事を書けないでいた。 その日の夜、アパートの部屋で、ほとんど鳴ることのないスマートフォンが、甲高い電子音を響かせた。画面に表示されたのは、記憶の底に辛うじて残っているだけの、市外局番。埼玉の、あの街に住む叔母からだった。 「…もしもし」 「ああ、研人かい。私だよ」 電話の向こうから聞こえてきたのは、叔母の、温度を感じさせない平坦な声だった。 「ご無沙汰しています。何か…?」 「何か、じゃないだろう。お前に聞きたいことがあるんだ」 声には、苛立ちと、あからさまな不信感が滲んでいた。研人の心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
「今日、うちに変な女が来たんだよ」 叔母は、溜め息混じりに続けた。「秋山、と言ったかな。夫を探しているんだと。第一、その女は、おかしなことを言うんだよ。夫から来たという手紙を見せられてね、その差出人の住所が、うちになっていたんだ。一体、どういうことなんだい」 時間が、止まった。 研人は、受話器を握りしめたまま、何も言えなかった。耳の奥で、血液が逆流するような音がする。 「…間違い、じゃないでしょうか。人違いとか…」 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、か細く震えていた。 「とぼけるんじゃないよ。いいかい、研人。うちはもう、あんたの父親があんなことになって…散々だったんだ。二度とごめんだよ、あんな思いは。 うちに迷惑をかけるのだけは、やめておくれ」
一方的にそう言い放つと、電話は乱暴に切られた。 ツーツー、という無機質な音が、部屋の静寂を切り裂く。彼は、スマートフォンを滑り落とすように手から離した。
―――彼女は、来たのだ。 あの、偽りの差出人住所へ。 彼の沈黙が、彼女の疑念を確信へと変え、ついに行動を起こさせてしまったのだ。彼の頭の中で、バラバラだったピースが、恐ろしい絵を形作っていく。 巡礼の道だと思っていた。だが、それはただの、愚かで無防備な、犯行現場の目印でしかなかった。
研人は、自分の部屋が、壁の迫ってくる独房のように感じられた。 これまで、この嘘は、彼と彼女の二人だけの、閉じた世界の中の出来事だった。だが、もう違う。叔母という第三者が現れ、彼の過去と現在が、最悪の形で結びついてしまった。 霧は晴れた。しかし、その先にあったのは、希望の光などではなく、ゆっくりと、しかし確実に、自分へと迫ってくる現実の姿だった。
彼は、衝動的に立ち上がった。コートを掴み、ドアノブに手をかける。 どこへ行くという当てもない。ただ、この息の詰まる部屋から、一秒でも早く逃げ出したかった。彼の作り上げた虚構の世界は、今、静かに崩壊を始めていた。
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