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小説・悪役令嬢転生MBA ―追放から始まる国家再建、その損益分岐点について― 2

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第2章:死に体の領地ハック ―PMF(プロダクトマーケットフィット)の追求―


 ガタゴトと、絶え間なく続く不快な振動。

 王都を離れて三日。私が揺られているのは、リヒトハーフェン辺境伯家の紋章が色褪せ、サスペンションも死にかけた旧式の馬車だった。

 窓の外に広がる風景は、王都の煌びやかな喧騒とは対極にある、色彩を失ったような荒野と岩場。そして、ようやく視界に入ってきたリヒトハーフェン領の街並みは、一言で言えば「倒産寸前の老舗企業」の工場跡地のようだった。

(……想像以上に、キャッシュが回っていないわね)

 石造りの家々は煤け、立ち並ぶ商店の棚には埃をかぶった僅かな生活必需品しかない。行き交う領民たちの肩は落ち、その瞳には、明日への希望ではなく、今日をどう凌ぐかという、粘りつくような倦怠感と諦念が宿っていた。

 かつてのリヒトハーフェン辺境伯領は、王国北端の防衛の要として、多額の軍事予算が注入されることで成り立っていた「国営企業」のような場所だった。だが、平和な時代が続いた現在、アルフレート王子が重んじる「秩序」という名の伝統的統治の下で予算は削減され、残されたのは広大な城壁の維持費という名の固定費(フィクスド・コスト)だけ。まさに、ビジネスモデルの転換に失敗し、過去の栄光という名の負債を抱えた斜陽産業の姿そのものだ。

「エリザベート、よくぞ無事で……。いや、学園のことは聞いた。……気にするな。お前が帰ってきただけで、私は嬉しい」

 屋敷で私を迎えた父、リヒトハーフェン辺境伯は、鎧を脱げば、リストラの恐怖に怯える中間管理職のような顔をしていた。

 かつての私は、この父の「優しさ」を「決断力の欠如」だと蔑み、思い通りにいかない不満を癇癪としてぶつけてばかりいた。だが、いま目の前にいる父は、不器用ながらも必死にこの沈みゆく泥舟を維持しようと、私財を削り、王家へ頭を下げ続けてきた、孤独な経営者に見えた。

「お父様。感傷的な挨拶は後ほどに。それより、直近三期分の決算書と、負債の内訳、それから資産目録をすべて執務室に揃えていただけますかしら?」

「け、決算……? 帳簿のことか? なぜ、そのようなものを……」

「今後の私の生活基盤が、債務超過で差し押さえられては、夜も眠れませんもの。まずは徹底的な実地調査――デューデリジェンスが必要ですわ。話はそれからです」

 困惑する父を執事のセバスチャンに任せ、私は埃の積まった書庫へ直行した。

 一本の蝋燭が照らし出すのは、惨憺たる数字の羅列だった。収入の柱は収穫量の不安定な農作物の税。対して支出は、広大な領地の警備費と城壁の修繕費が重くのしかかり、キャッシュフローは常にマイナス。不足分は王都の金貸しからの高利融資で補填されている。

(前世の私なら、ここで『不採算部門を即刻切り捨てろ』とアドバイスして、プレゼンを終えていたでしょうね。でも……)

 窓の外から聞こえる、遠い波の音。

 この数字の裏には、今日を生きるために重い網を引く漁師や、痩せた土地を耕す農民の人生がある。切り捨てることは、彼らの死を意味するのだ。

 前世の私は、数字の裏側にある「現場」を見ようとしなかった。だから、誰からも信頼されず、あの冷たいオフィスで一人で果てた。

(……同じ過ちは繰り返さない。数字を合わせるのが目的じゃない。数字を『変える』のが、私の仕事よ)

 私はペンを置き、翌朝、地味な外出着に身を包んで屋敷を飛び出した。向かったのは、領地で最も貧しいとされる沿岸部の漁村だ。

 鼻を突く強烈な潮の香りと、魚の腐敗臭。海岸には、潮焼けした顔の老漁師たちが、金にならない雑魚を泥水のようなスープで煮込んでいた。その足元に、王都では「海の害虫」と忌避され、肥料にすらならないと捨てられている真っ赤な甲殻類――シュリンプが山積みになっていた。

「お嬢様、こんな汚い場所へ何のご用で……。足元が汚れます、戻りましょう」

 同行するセバスチャンが困惑して声をかけるが、私はそれを無視して一匹のシュリンプを拾い上げた。泥にまみれているが、その身は驚くほど張っている。

「セバスチャン。これを一籠、屋敷へ持ち帰りますわよ。……あと、私が学園で『私物化』したあの茶葉の残りを持ってきなさい。出し殻で構わないわ」

「は、はあ!? あれは王都でも手に入らない最高級品で……。出し殻といえど、まだ香りは残っておりますが……」

「いいから、持ってくるのよ。これは、リヒトハーフェン領の未来を決めるための研究開発――R&Dですわ。資産を寝かせておくほど、今の我が家に余裕はありませんの」

 屋敷の厨房。私は料理人を追い出し、自らフライパンを握った。

 前世の食品メーカー時代、私は「誰も見向きもしない未利用資源」を加工技術でヒット商品に変える企画を出したが、現場を知らぬ私の立案は、開発部から『机上の空論だ。あんた、自分で包丁を握ったこともないだろ』と一蹴された。

(……いまの私には、知識も、この手もある。そして、失敗できない理由(現場)もある)

 オリーブオイルにニンニク、香草。そして、エリザベートが放校の原因の一つとなった、あの最高級茶葉。その出し殻を乾燥させ、消臭と香り付けのスパイスとして粉砕し、シュリンプと共に投入する。

 ジュ、という激しい音と共に、香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが立ち上る。

 一口、その身を噛み締める。

(――勝てる)

 濃厚な旨味。そして、茶葉の香りを活かした雑味の払拭。これは「貧乏人の食べ物」でも「高級食材の代替品」でもない。まったく新しい、富裕層向けの「体験価値」になり得る。

 問題は、これをどうやって市場に適合させるか。マーケティングにおける最大の難関、PMF(プロダクトマーケットフィット)――顧客が真に求めている製品を、適切な市場に届けられているか、という問いだ。

「セバスチャン。お父様を呼びなさい。いえ、最高経営責任者(CEO)を呼びなさい。……リヒトハーフェン辺境伯領という名の『垂直統合型・食品スタートアップ』、その創業計画書のプレゼンを始めますわ」

 私は学園から持ち帰った数少ない私物――上質な紙とペンを握りしめた。

 前世で「頭でっかち」と笑われた知識が、初めて「現場」の泥と混じり合い、熱を帯びる。

(待っていて、王都の美食家たち。そして、私を『不純物』として切り捨てたアルフレート殿下。あなたたちの常識を、私の『数字』と『味』で、根底から破壊して差し上げますわ)

 エリザベート・フォン・リヒトハーフェンの、潮の香りと焦燥に満ちた「第二の創業」が、いま、産声を上げた。


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#悪役令嬢 #異世界転生 #経営 #MBA #内政  

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金森努@マーケティング・研修講師/コンサルタント ありがとうございます! これからも頑張ります。