泡沫のミリオンダラー(2)
アルゴが1億円の契約の面接に行った続き。(その1)
面接できましたよぉ、といかついゲートの前でそういうと、ちょっとお待ちくださいと言われ、5分ほど待った後にゲートが開いた。まっすぐお進みください、と言われたのでそうする。ゲートから車で玄関まで行くってどんな豪邸よ!と思った。玄関の横には、ドーン!ドーン!という感じでフェラーリ、ポルシェなどの高級車がディスプレイされるように並べられており、もちろん、でっかい黒い大きなSUV(窓ガラスにスモーク付)も数台止めてあった。なるほど、我々は今、セレブの家、というか著名なプロデューサーのおうちに来ているのだなぁ、というか、そんな人もボーリングサークルに入ってるんだねぇ……ジワるわぁ、などとぼんやりと思った。とにかくセッティングのいちいちが、まんま「セレブの生活拝見」みたいな番組でみるまんまなのだ。こりゃぁ、きっとおうちの中の床は白の大理石だよ、と思ったら、それもまんまで、思わずニヤリとしてしまった。
通された部屋でプロデューサーを待つ間、アルゴは契約決まったら俺たちもこういう家に住めるんだよ!すごくない?とウキウキしていたが、それは捕らぬ狸の皮算用と日本語で言うのだと教えたら、俺がサクセスするのがうれしくないのか?と憮然としていった。うれしいけどもさ、私は単にあなたが好きなことでお金を稼いで、楽しく、幸せに毎日を過ごしてくれればそれが何よりだし、そりゃ大きな家とかたくさんの車とかあればいいのかもだけど、ビジネスってさ、そんな甘くないと思うよ、と答えた。
プロデューサーは見た目、普通のおっちゃんだった。赤いジャージのハーフパンツとTシャツを着ていた。自宅にいるのにじゃらじゃらとゴールドのチェーンを下げていたのにはちょっとびっくりした。なんせそれはとても大きくて、この人は肩が凝らないのだろうか?と疑問に思った。もちろん、手首にはこれでもかというくらいピカピカのでっかい時計をつけていた。そして、彼は部屋に入るなり言った。
「ね、今さぁ。カナダの方にものすごい才能がある子がいてさ。彼か君、どちらを選ぶか迷ってるんだ。俺が君にミリオン払う理由を見せてくれる?」
……笑うところではないが、私は心の中で大爆笑していた。漫画かよ!!くそぅ、こういうセリフ、漫画の音楽プロデューサーが言ってたよぉぉと思った。悪い癖というかなんというか。真面目な場面や状況にいればいるほど、私はこんな風に心の中で一人ツッコミを行いがちなのだ。アルゴにとってとても大事なタイミングだというのはわかるのだけど、この家といい、この人といい、プロデューサーという役柄を演じている人のような、これぞプロデューサー!的な芝居がかった振る舞いに、現実にいるのに絵空事を眺めているような気がしていた。
そんな私の横でアルゴは音楽も何もなしにラップを始めた。元々がスラムポエトリーの人なので自分でテンポを作り、ラップやヒップホップの歌詞にするのが得意なのである。見た感じ、プロデューサーもノリノリだった。私も同じ空間にいるのだけど、二人をぼんやりと眺めているだけだった。蚊帳の外というやつである。プロデューサーもアルゴの歌に掛け合いを始め、そのセッションは30分ほど続いた。なんかよくわからんが、気に入ってるみたいだし、こりゃほんとに1ミリオン契約いっちゃうのか?と私はごくりと唾をのんだ。
とはいえ、現実はそう甘くない。タイトル通り。ひとしきり、ノリノリでセッションを終えた後、プロデューサーはいった。
You love Hip Hop so much, and I love your style. It follows old school, which is really cool - but you love Hip Hop too much, so I cannot pay.
君がヒップホップを心から愛していることがよくわかったよ。君のスタイル、俺はとても好きだし、古き時代のヒップホップのスタイルでとても良いと思う。でも、君はヒップホップを愛しすぎている。だから俺は金を払えない。
……何をいっているのだ、このオッサン……あんなにノリノリだったのに?そう思った。怖くて私は横に座るアルゴの顔を見ることができなかった。彼は今、これまで築きあげたすべてのもの、歌、歌詞、キャリアを叩き潰されているのである。アメリカ中のイベントで、ヨーロッパで、膨らんでいた夢をぺしゃんこにされているのである。プロデューサーは続ける。
「今の流行りはダンスミュージックなんだ。誰もが気軽に歌えて、踊れて、ってそんな。人生なんかを重苦しく語る風のヒップホップは今はもうウケないんだよ。これが商売だからね、俺が個人的にすごい、好きだ、と思ってもビジネスとなると別の話なのさ」
うへぁ。まぁそうよね、確かに言っている意味は分かる。ラジオや店先で流れているヒップホップ。当時は、パーティだ、お金だ、女だ、うわ~い!いえ~い!みたいな感じの曲が多かった。そして彼は続けた。
「誰でも口ずさめるような、一回聞いたら耳から離れない、そんなポップさも大事だ。君の作品は深すぎるんだ。心に突き刺さりすぎるんだ。わかるかい?人々が求めているのはハッピーソングなんだよ。例えば、君の作品を彼女は歌えるかい?俺の5歳になる息子に歌えるかい?」
いやいやいや、何を言い出すんだ、このオッサンは。アルゴの作品に限らず、ラップやヒップホップ、大体の意味はわかる。でも、しっかり理解して、まんま歌詞を覚えられるような日本人ってそんなにいないというか、滅多にいないと思う。
アルゴの作品。彼がレコーディングする時や、書いている時。私はまず聴く。でも聞くだけではわからない。拾いきれない言葉が多すぎるのだ。私たちは一緒に言葉のひとつ、ひとつをゆっくりと辿る。その時の気持ちや、文章に込められた意味をアルゴは私に丁寧に説明する。すらすらと歌詞をかくのに、出来上がってくる作品はナチュラルに韻を踏んでいて、それでようやく、私はおう、なるほど……となるのだ。だから、私的には、なんかもうちょっとチャンスというか、じっくり彼の歌詞を考えてくださいよ!とか、好きすぎるからダメってなら、独自路線で何か始めるとかいろいろあるでしょうが、と内心思っていた。
重苦しい沈黙が続いたあと、アルゴは言った。
「なるほどね、確かに。あなたの言う通りだよ。俺には今、流行っているようなダンスソングや、馬鹿みたいなパーティソングは作れないし、作るつもりもない。でもそれが今の業界だっていうのなら、俺には無理だ」
一言、一言をかみしめるようにアルゴはそう言った。
(その3-Finalに続く)
