雑談を苦手にしていたのは、私の思い込みだったかもしれない
先月、本屋でジャケ買いしたこの本。おもしろすぎた。

桜林 直子 著 | 新潮新書
きのう、夜更かしして一気読みしてしまった。なにがそんなにおもしろかったのか、うまく言葉にならないのだが、おもしろかった!という記録を残しておきたくてこのnoteを書く。
私は雑談が苦手だ。というか、表面的すぎる会話と大人数の場が苦手だ。とても消耗する。できれば人の集まりは4人まででお願いしたいのだが、生きていると避けられないこともある。
せっかく時間を使うのだからもっと集まりの場を楽しめたらいいなと思って、年末から「雑談って、なんなんだろう?」と考えていた。フリーランス仲間が受けている講座を紹介してもらって受講したりもしていた。
でも、この本の「はじめに」に書かれていたこの言葉を読んだとき、思わず唸った。
「雑談は苦手だ」という人が、安心な場さえあれば話すことができるのならば、本当に苦手なのは「雑談」なのか。「雑談」とは一体何をしているのか。「雑談」の中に含まれている様々な要素を分解しながら考えたものが本書である。
これを読むまで、私にとって「雑談」はわりと表面的な会話を意味していたし、場をつなぐためのものという感じだった。でも、いまは自分のなかでの雑談のイメージが揺らいでいる。
雑談が苦手だと思っていたのだが、雑談を苦手にしているのは自分の勝手な思い込みかもしれないぞ?と思ったりした。
たとえば、自分の話をしすぎてはいけないかな、とか、相手と意見が違うけど、わざわざ言うほどでもないな、とか。いうても雑談だしな〜、みたいな。
うまくいえないのだが、とりあえずこの本を読んで私のなかの雑談のイメージがガラガラと崩れたので、ここからもう一度、私なりの「雑談とは」を構築していきたいと思った。
この本でいちばん刺さったのはこのフレーズかな。
相手をどう扱うかに、自分をどう扱うかがそのまま表れる。相手を尊重しようとするなら、まず自分を尊重するべきだ。
「自分の話を聞いてもらえた」と感じるのはどんなときか、という箇所で出てきた言葉だったと思う。うろ覚えだけど。
先月読んだ『一点集中術』の本に出てきた内容もあったし、去年学んだコンパッションの概念にも通ずるところがあった。
世の中で大切なことは意外とシンプルで、どんな切り口から考えていっても最終的に同じことにたどり着くのかな?と思ったりもした。
もう少しおもしろかったことを具体的に書けるようになったら、もう一度、感想noteを書くかもしれないけれど。今日はこのへんで。
毎日note、133日目でした。
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