省エネ主義の私が、“感動”を求めて攻めた夏
やりきった…!
今年の夏は、やりきった。
このnoteは、息子の全国大会に行って価値観が大きく変わり、インドア派で省エネ主義だった私がアクティブに動くようになった夏の記録です。
この夏にやったのは、こんなこと。
息子の全国大会に行って、準優勝をこの目で見て。
チーム役職の引き継ぎをして、仕事して、子どもたちと海に行って。
全国大会の後処理をしつつ、代替わりセレモニーの準備をして、仕事して、指導陣へのサプライズプレゼントのうちわを作ったりもして。
年1の家族旅行で那須に出かけ、仕事して、娘と一緒に初めてのディズニー・オン・アイスにも行った。
人生初の講座『ChatGPTにモヤモヤを話して自分を知ろう』も開催できた。
念願のレオ・レオニ展にも行けたし、ずっと気になっていた映画『国宝』も観に行った。
こんな感じで今年の夏は、プライベートも、仕事も、趣味も、やりたいことを片っ端からやった。リストアップしていたことは全部できたはず。
できてないのは、家の掃除くらい。笑 あと写真の整理。
省エネ主義でインドア派の私が、ここまでプライベートで攻め気味に遊ぶ時代が来るなんて、想像もしてなかった。
この夏に感じたことと私に起こった変化が、これからの自分につながる気がしたので、ここで一度noteにまとめておきたい。
きっかけは、全国で知った”ここでしか味わえない感”
振り返ってみると、この夏の変化のきっかけは全国大会だったと思う。
チームの運営を担う立場だったんだけと、遠方への大人数の移動・宿泊・現地での動きの全体をとりまとめるのは初めてで、かなりプレッシャーを感じていた。
この遠征がチームにとっていい経験になるのかというドキドキもあったし、そもそも無事に行って帰って来られるかとずっと不安だった。事故に遭う夢を何回も見た。
準備も幅広くあって、春からずっと忙しかった。忙しさのピークは出発前の1~2週間。ご飯を作る余裕もなくなり、総菜やお弁当が増えて息子にブーブー言われた。ごめんよ。
いまだから言えるのだけど、全国大会の直前の試合が、かなりイマイチだった。私は大好きな仕事をセーブしてまで運営する時間を捻出していたので、大きなショックを受けた。悔しくて泣いた。
全国という場で、嫌な流れを引きずったまま、もし力を出し切れずにあっさり負けたら…と想像するだけで怖かった。
でも私にできるのは裏方の準備だけ。試合のことは指導陣に任せることしかない。チームを信じて、できることは全部やろうと心に決めた。
蓋を開けてみると、大会ではものすごい勝負強さが出て、どんどん勝ち進み。気がついたら決勝の場にいた。びっくりした。
結果としては…決勝で負けた。でも私にとっては結果そのものを大きく上回るような感動がいくつもあった。
まず泣けてきたのは、ベンチに入れなかった選手達が声を枯らして応援してくれた様子を見たとき。普段は大人しめな選手まで声を張り上げてソロパートをやり、キラキラ楽しそうに飛び跳ねながら応援する姿が尊かった。
父母たちの間で「来年もまた、この場所に来たいね」とモチベーションが上がったことも、内心すごーくうれしかった。
親としては、息子の成長した姿を見て。ああ、報われたな思った。
いちばん感動したのは、他チームが応援してくれたこと。前日、当日に戦った相手チームがスタンドに来てくれて、いっしょに応援歌を熱唱してくれたのだ。こんなことがあるのか、と驚いた。
会場が一体になる、とか、会場が揺れるというのはこういうことなんだな〜と震えた。超テンションがあがったし、めちゃくちゃ感動した。
帰ってきて1か月以上が経つけど、いまだにあの日の応援歌を口ずさみながら息子と娘と踊っている。あの光景は、たぶん一生、忘れない。
人が集まると、ものすごいパワーが生まれるんだ…!
というのを体感して、自分の価値観が大きく変わった。具体的な変化は2つある。
その場にいなければ得られない種類の感動がある
ひとつは、ずっとインドア派で省エネ主義だった私が、現場に行きたいと思うようになったこと。
「その場にいなければ得られない種類の感動が、世の中にはある」
心からそう思うようになったし、その場に行って雰囲気を味わいたいと思うようになった。
スポーツ中継があっても人が会場に観戦しに行く理由、少し待てば家で見られる映画を見に映画館に行く理由、推しの姿をこの目で見にライブに行く理由。
そういう場に、わざわざ行くことの価値が、少しわかった気がした。
これまでだったら「行きたいけど、その時期は忙しいかも」とか「疲れているかも」など理由をつけて行かなかったような場所にも行きたいと思えるようになった。
「行きたい!」と思った瞬間にチケットを予約できるようになったし、「なにが起こってもその時間を捻出しよう」と自分に約束できるようになった。
これらのすべてが、私にとっては大きな変化。
もともとアクティブな人には伝わりづらいかもしれないけど、インドア省エネ派の私にとっては天変地異レベルの、明日もしかしたら空から槍が降ってくるかもしれないような変化なのだ。
疲れることやペースが乱されることへの怖さよりも、未知の世界を知れるんじゃないかっていう好奇心とか、感動できるんじゃないかっていうワクワクのほうが強くなったのかもしれない。
この夏、行動するエネルギーの源が、大きく変わったんだと思う。
感動できる場に関わりたい、と思った
もうひとつの変化は…「仕事でも、あんなふうに感動できる場に関わりたい」と思うようになったこと。
人が集まる場所に、ドラマが起こる場所に、もっと行きたいと思うようになったのだ。そのとき、その場にいたいと思うようになった。
人混みが苦手だし、飲み会も苦手だし、電車が苦手だから外出もできるだけ避けたいし、遠出の翌日は休む時間を組み込まないと不安なほど外出に慎重だった私が、ここまで変わるのかと。
「感動したい」という気持ちは、私にとって、疲れも吹っ飛ばすようなパワーを持っているらしい。…ということに40歳目前でようやく気付いた。
自分でやったから、味わえる感動がある
遠征準備は、めちゃくちゃ大変だった。二度とやりたくない。
なんだけど、運営する立場で全体を見ていたからこそ気づけたこともたくさんあって。あの立場にいたからこそ味わえた感動も、やっぱりある。
まとめる立場の人が言い出すよりも、チームのメンバーが言い出してくれた方が共感が広がって、うねりになって大きなパワーになるとか。
誰かの「私はこういうのが好き!」「やりたい!」みたいな思いをきっかけにはじめたことが、チーム全体の雰囲気をよくするんだなとか。
参加する側だったら見えなかった現象を見ることができたし、フリーランスとしてひとりで仕事していたら味わえなかった種類の喜びも味わうことができて。
「自分らしいリーダーシップってなんだろう?」って悩み続けたのもあってか、この1年での学びや気づきが本当に大きくて。ああ、ここまでやってきてよかったな、と、すごーく思った。
超大変だったから二度とやりたくはない。けど…なんていうのかな、やる範囲の広さと感動は、わりと比例するのではないか、という感覚も少しある。
これからの人生は、自分ひとりでは起こせない、なにかおもしろいことをやりたいなと思った。
仕事でも「人と人が関わるから起こるドラマ」とか「現場にいるから味わえる感動」を求めたくなったし、その変化を自分で起こしたいと思うようにもなった。
全力で感動を求めに行く人生、いいかも
そんなわけで、この夏の私は、外に出たい!やってみたい!感動したい!という感じだった。
これまではできるだけ疲れないようにとゆとりを持って生活してきたけど、モードが切り変わった感じ。
疲れ果てて記憶もなく寝る日も多かったけど、爆睡すると目覚めも体調もいいし、こんな感じで、味わい尽くす日々も悪くないなと思った。
最近は、全力でやりきった先にある満足感とか、もう次はないかもって思える瞬間への感動を、仕事でも味わいたいモードが強い。
この感覚、この夏に私に起きた変化そのものを、これからも大事にしていきたいな。
秋からは自分時間とか家族のための時間を味わいたい。少し生活を整えたら切り替えて、全力で感動を求めに行く日々を始めたい。そんなことを思っている。
