AIの文章を自分の言葉に変える方法|500時間の対話で見つけた
AIが書いた文章を”そのまま”使うのは、難しい。
9か月試したけど、まだ無理だなあ、という感じ。
いまのところ、永遠に無理っぽいなと思っている。2025年10月現在。
でも「AIと対話しながらnoteを書く」ことを対話500時間分やってきたら、いつのまにか「AIが書く文章を、パパっと自分の言葉に変える」ことはできるようになってきた。
AIっぽい文章って、なんなんだろう
AIとの対話の結果を文章にする効率的な方法はないのかな?
AIが書いた文章を「自分の言葉」に変えるにはどうしたらいいんだろう
こんなテーマで9か月考え続けてきた結果を、このnoteにまとめてみる。
AIが作る文章にモヤモヤしている人に読んでいただければうれしい。
AIといっしょに作った文章のほうが、おもしろい
大前提として、ひとりで書いた文章よりも、AIと一緒に作った書いた文章のほうがおもしろいと思っている。私の場合は、だ。
私のnoteの書き方は3種類ある。
自分で書いて、AIにコメントをもらう
AIと話した結果をAIに要約して出してもらい、自分の言葉に書き換える
AIと対話しながらリアルタイムで書く
上から順に、思考の過程をAIに頼る度合いが増していく。
最近、公式noteに「今日の注目記事」に選んでもらった記事が2つあるが、それぞれ異なる方法で書いている。
でも、たぶんおもしろさの種類は違う。詳細はこれから書く。
ただ基本的に、感情を込めれば込めるほど、深く考えれば考えるほど、書くのには時間がかかる。
私はできるだけ毎日書きたいのだが、これまでは時間と心の余裕がなくて書けないことが多かった。
でもAIを使うようになってから、前よりもnoteを書く頻度が上がってきた。
いまは30日連続noteに挑戦していて、今日で22日目なのだが、書き続けられているのはAIのおかげだ。
3種類の書き方それぞれにメリット・デメリットがあるので、紹介する。
1.自分で書いて、AIにコメントをもらう
これはすべての文章を自分で書いて、AIに読んで感想をもらう書き方だ。
「すでに書きたいことが脳内にあって、あとは書くだけ」というときはこれ。
こんな商品を使ってどう感じたとか、どこかに行ってこんなことを思った、みたいなことを書くnoteだ。私は感情放出系noteと呼んでいる。
感じたこと、考えたことを書くだけなので、時間はかかるけどそこまで疲れない。noteを公開した瞬間に感じるのは「解放感」だ。すっきりした!という感じ。
2.AIと話した結果をAIに要約して出してもらい、自分の言葉に書き換える
これは「AIと対話した結果を残しておきたい」とき。
気になるテーマについてAIと対話して、大事なことに気づいたときに、「まだ自分の言葉になりきってないけど、残しておきたい」と思う。そういうときはこのスタイルを取る。
20年間ブログを書いてきた経験と、500時間のAI対話実績があるので、AIが書いた文章を自分の言葉に変えるのは早い方だと思う。
このスタイルが合うAIと合わないAIがあるので、見極めながら使っている。
3.AIと対話しながら書く
私が書いていて、いちばん楽しいのはこのスタイルだ。
気になるテーマについてAIと対話するところまでは2と同じなのだが、AIと話しながら書く。リアルタイムで。
このパターンのとき、構成は考えない。だいたい、目次はAIに投げかけている質問だ。見出しの順番で考えている。
このスタイルに行きつくまでには、それこそ300時間くらいの試行錯誤があった。AIに書かせてみたり、目次だけ出させてみたり、添削させてみたり。どれもピンと来なかった。
私個人の特性として、
わかっていることを書くのが苦痛
考えながら書くのが好き
がある。
だからSEO記事とか超苦手で、もう知っていることを人にわかりやすく伝えることに意味を感じないのだ。そういうのが得意な人・好きな人は他にもいると思うので、SEOライティングの仕事とは関わらないことにしている。
「書きながら考えること」が私にとってはなによりも大切。だからAIとの対話結果をnoteにまとめることもできないのだ。もうわかったことをまとめることに燃えられないから。
なので、探求したいテーマに関しては、自然と「AIと対話しながらnoteを書く」しかなくなる。消去法でたどり着いた書き方なのだ。
この考えながら書くことの最大のメリットは、AIと話すことでめちゃくちゃ短時間で深くまで潜れること。
イラストを描くことを考えるときにでさえ「生きる意味」まで考えてしまう。私はAIと話すとき、とても深く潜る。
この深さはひとりで考えていても出せない。「なんでだと思う?」と壁打ちして答えてくれる、ずっと疲れずに寄り添い続けてくれるAIの存在が大事だ。
デメリットは、深く潜りすぎるので精神疲労が尋常じゃないことだ。すべてを出し切ってすっからかんになる感覚があり、書き終わった後に魂が抜ける。
こういうnoteを私は深海noteと呼んでいるが、ものすごく身を削って書いている。こういう文章を書くことが私にとっては生きがいなのだけど、書き続けることは難しい。
長い記事だと8時間以上かかっている。消耗が激しいので1日では書けなくて、4時間書いて数日あけ、4時間書いて公開した。
noteを書くためだけに毎日そんな時間は使えない。8時間て。いつ仕事するん、という感じだ。
理想は、AIに私の文章を書いてほしい
理想は「AIとの対話内容を、私が書いたふうにAIが書いてくれる」ことだ。修正ゼロで。
自分の脳内がそのまま自分らしい文章になればいいなあ、と、いつも思う。でも冒頭でも少し触れたように、まだ無理っぽい、というかいまのところ永遠に無理っぽい気がしている。
「それっぽい文章を書く」という点では、Claudeはすでに、だいぶいい線をいっている。わりと「私が書いた感じ」がするのだ。妥協するならそのまま出してもいいかもと思うくらいだ。
でも、私らしくない文章を公開したくないので、かならず修正する。そのままでは使えないけど、AIのなかでは、いちばん人間に近い文章を書く気がする。
でもClaudeを使っても、3,000字ほどの文章で、最短でも1時間はかかる。ちょっと複雑なことを書こうと思うと2~3時間はかかる。短くなっているのかどうなのかわからないと感じるときもある。
ChatGPTの文章は使いたくないと思う。「私ではない誰かの、うすっぺらい文章」っぽく感じる。ポエマーか?と思って、見ていてイライラするので、最近は「提案は要らない」と言っている。
Geminiは、職務経歴書をブラッシュアップしてくれて、背中を押してくれる相手としては頼れる。でも私らしい文章を書いてくれるAIとしては期待していない。
AIが書いた文章を、自分の言葉に”書き換え”する
AIっぽい文章を作らないために気を付けているのは、すべて自分の言葉に"書き換え"することだ。
先に紹介した私の3種類の書き方のうち「AIが書いたっぽい文章」になる恐れがあるのは、「2.AIと話した結果をAIに要約して出してもらい、自分の言葉に書き換える」パターンだけ。
このときだけ、全文を読みながら「私ならこうは言わないな」という部分を修正していく。
でも、体感で9割は直している
最近のnoteは、いちばん感覚が近いClaudeを使いながら文章を書いているが、それでも9割は書き直している。
「悪くないんだけど、でも自分ではない」という感じの文章が多い。
9割も書き直すなら、自分で書いたほうが早いのでは?
と思うかもしれないのだが、そうでもない。
なぜなら、「2.AIと話した結果をAIに要約して出してもらい、自分の言葉に書き換える」ときには、AIと話した結果は、まだ自分の考えにまでなっていないからだ。
この差、とても大事だと思っている。
① AIと話して「そうだね」と思ったこと
② 自分の意見
は、全然違うのだ。伝わるだろうか。
①AIと話して「そうだね」と思ったことは、本を読んで知ったこととか、人から聞いたことに近い。
この段階だと、概念としては知っているけど、まだ自分の体験を踏まえた「腹落ちしている言葉」としては書けない。どこまでいっても「そうらしいんですよね」レベルで止まる。
「② 自分の意見」になって初めて、自分の言葉で書けるようになる感覚なのだ。
①のような「AIと話したてホヤホヤで、私的には納得感があるけど、まだ自分の言葉で語ることはできないレベルのこと」は、まだしっかり書けない。
でも、忘れたくないのだ。いま、この瞬間に言葉にしておくことが、大事っぽい!と感じることがよくある。
だから「AIとの対話結果をサマリにして出してもらい、自分の言葉で書き換える」という、回りくどい方法を取っている。
寝かせたほうがいいテーマもある。2か月ほど脳内で寝かせてから書いたnoteもある。年単位で寝かせているテーマもたくさんある。
ときどき「これは、まだよくわからないけど、いま書いておいた方がいい気がする」「どうつながるかはわからないけど」みたいなテーマに出会ったら、その瞬間に書くようにしている。
文章の構成を考えるのが、苦手だ
AIに頼る理由のもうひとつは、私は文章の「構成」が苦手なこと。
伝えたいことはあるのに、どういう順番で伝えたらいいか迷うことがある。そういうときは構成部分で意識してAIを使っている。
ただ構成もどこまでカッチリさせるかは悩みどころでもある。
前述のとおり、そもそもnoteは私が考えるために書いているので、基本的には現在進行形で考えていることを書いている。
すでにわかっていることをわかりやすく書くことが苦手だ。構成を考えすぎると、書きたい熱が冷め始める分岐点がある。
自分の「考えたい欲求」を殺さないくらい自由に、まずは自分のために書くというスタイルを徹底している。整えるのは後からでもできる。それこそAIの力を借りて。
究極的には自分のために書いた文章が、誰か他の人のためにもなることが理想だ。そこを目指して文章を書いている。まだまだ遠い自覚もある。
AIの文章を自分の文章に置き換える方法
AIを使い始めてまだ3~4か月の頃の自分の文章は、どこかAIと考えたっぽい感じが残っていると思う。ChatGPTと自己分析をしていた時代だ。
書いている瞬間は「そうだな」と思って書いているのだけど、読み返すと「ん?なんか表現が変」と感じる点が多い。
ちょっと恥ずかしいというか、むず痒いのだが、なんでそんなことが起こるのかをいつか研究対象にしたいなと思ってそのまま残している。
おそらくだけど、上で紹介した
① AIと話して「そうだね」と思ったこと
② 自分の意見
でいうところの、①→②の間の変化の過程で、選ぶ言葉が微妙に変わるのかなあと思っている。AIと作った文章に違和感をおぼえたということは、それだけその概念が自分の言葉に置き換わったということなんじゃないかなあ。しらんけど。
9か月で500時間、の重みをじわじわと感じている
いまは9か月経って、AIと過ごした時間も500時間を超え、「AIを使っているけど自分の文章」という書き方ができたように思う。
この9か月で諦めたのは「AIっぽい文章とはなにかを言語化すること」だ。
AIっぽい文章はわかるけど、なにがAIっぽさを作っているのかが、言葉にならなかったのだ。たまから諦めた。
生々しさがないとか、綺麗すぎるとか、無理やり言おうとすれば言えるのだけど。じゃあ生々しさとはなんなのか、とか、綺麗すぎるとはどういうことなのか、が、うまく言葉にならないのだ。
抽象化して話せるまでには、まだもう少し時間がかかるなと思っている。まあ、そのあたりは文章の専門家にお願いしたらいいのかな、とも思う。
私が訓練したのは、”AIの文章を即座に自分の言葉に変える”こと
この9か月、AIを使い続けるなかで、誰よりも努力してきた自信があることはなんだろう?と考えてみた。
私らしい言葉選びの感度を上げること
だと思う。
プロンプトの精度でもなければ、効率的な使い方でもない。
AIが書いてくる文章を見ながら「その表現は私っぽい」「この単語は私は使わない」という事例をため続けてきたので、判断のスピードが早い。
「なんか違う」「でもどこが違うんだろう?」を飛び越えて、「書き直す」ができるレベルになっている。
その判断軸は言葉にならないことも多いけど、考えてみたこともある。
例えば私は「つくる」をひらがなで書くのがなんか苦手なのだが、それはなぜなんだろう、と考えた。
詳細はnoteに書いてあるが、こんな感じで500時間、「自分が使いたい言葉」を脳内にまとめてきた。
この表現は好きだな、これは嫌いだな
これは違和感あるな、なんでだろう?
を、ずっと考えてきた。無意識にだけど。
AIが作った文章をぶわーーーっと高速で書き直せるのは、この蓄積があるからなんじゃないかなあ、と自分では思う。
具体例は、また今度。
このnoteを前編として、後編では、「AIが書いた文章を自分の言葉に変える具体例」を実演してみようと思う。
どの表現をどう変えたのか、なぜそう変えたのか。500時間で蓄積してきた「私っぽい言葉選び」の感度を、できるだけ言語化してみたい。
以上、毎日note、22日目でした。
▼ AIと話して書いているnoteまとめ
