日記。。。自分の言葉に酔いしれて
自分の記事について。
この記事の中で、次のようなことを書きました。
その「カエル」には多くの人が知恵と費用を注ぎ込み、生息地を整え、何百匹も放流する。・・・一方で、人間社会では高齢者の生活や尊厳がしばしば「コスト」として語られる。・・・自然を守ることは尊い。
しかし、人間の命に対して同じだけの優しさを持てているだろうか、と考えてしまいます。
ふと、この「カエル」を、「子ども」とかに替えると、
児童福祉等・・・・いえ、福祉と言われる業界の問題が見えたような気がしました。
福祉に携わっている人を悪く言うつもりはありません。むしろ、その
労働環境が いまだもって改善される方向に決着しないのはなぜだろう、
と考えています。
本当にバカな考えをします。
置き換えてみます。
「子ども達」のために、多くの人が知恵と費用を注ぎ込み、「子ども達が安心できる居場所」や「環境」を整えていますが、一方で働くオトナ側の生活や尊厳がしばしば「コスト」として語られる。・・・「子ども達」を守ることは尊い。しかし、働くオトナ側の命に対して同じだけの優しさを持てているだろうか・・・・
意地悪く書き換えてみました。
アニメ「窓際のトットちゃん」(2023年)の1シーンを思いだします。
それは、小林先生(役所広司)が大石先生(滝沢カレン)を叱るシーンです。
大石先生は、男子生徒のことを「おさるさん」だったか「おさるさんのお尻みたい」っていうようなことを言ってしまいました。
たしか、男子生徒が何かで顔を真っ赤にした時のことだったと思います。
たしかに、大石先生の発言は、とくに「お猿のお尻」は問題だと思います。
でも自分が気になったのは、
小林先生が、子どもに対してするような優しさを見せず、大石先生を責め立てたことです。
「そう言われた子の気持ちになったことがありますか」
その言葉は間違いではありません。
しかし、小林先生が見せていた子どもたちへの態度と、大石先生への態度が違いすぎるように感じました。
子どもに対してできることが、なぜオトナに対してはできないのでしょう。
映画では、ただただ反省する大石先生を映しています。
頭を下げて、すみませんでした、と。
その後、大石先生は、その男子生徒に謝りに行ったと記憶してます。
小林先生には、オトナと子どもを区別する、何かモノ(基準?)があったのでしょう。
それは、ある意味 普通のことです。
オトナなんだから。先生なんだから。オトナなのに。先生なのに。
繰り返しの問いになりますが、
子どもに対して見せる優しさを、
同じ職場で働く仲間に向けられないのでしょうか。
これも繰り返しになりますが、子どもとオトナは違う。
今風に言えば、
オトナは仕事でしょ、それで給料もらっているんでしょ、
と言えるのでしょう。
でも、オトナだって人間です。それは子どもと一緒です。
年長者や経験者が、教え指導する、という点では、子どものオトナも同じではないでしょうか。
自分は、昭和世代で、それこそ「いじめられる側が悪い」と担任教師から言われ、母と一緒に「いじめた子」に謝らされました(根に持っています)
そういう世代からみても、子どもを大事にしたいのなら、同じ職場で働く人に対して「安全・安心」な立場を用意することが必要だと、と思います。
オトナが不安定になれば、子どもに対してキツクあたってしまうのは普通のことです。 聖職者のような人は限られています。
いえ、むしろ聖職者だからこそ、陰で常軌を逸した行動を取る、というのは、よく描かれていることではないでしょうか。
そういう意味では、小林先生も同様で、子どもには優しいかもしれませんが、オトナに対しては冷たく、例えば傾聴・共感の姿勢を持って大石先生と、男子生徒への発言について一緒に考えれば、大石先生も、小林先生を恐れることなく子ども達とムリなく関われたのではないかな、と思います。
つまり、なにがいいたいのか、というと。
想像にはなりますが、
福祉の職場の皆さんはプロ意識も高く勤められていると思います。
そのプロ意識が高いゆえに、他人(働くオトナ:同僚・部下など)に厳しくなっているのではないでしょうか。
だから、離職率も高く、安定した雇用が生まれないのではないでしょうか。
「歎異抄」のことばで、「『人を助ける』ために直接的にすべきことは、自らの功徳を積むことではなく、阿弥陀仏の慈悲を信頼し、その心に生きること」と言っています。
これを(都合よく)言い換えれば、
「人を助ける」ためには、無理な状態(功徳を積む)ではなく、自らが安全な状態になる(阿弥陀如来の慈悲を信頼する)ことから始まる となると思います。
子どもの安全・安心を守るためには、子ども達に関わるオトナの安全・安心も不可欠なのではないでしょうか。
それは、福祉に携わる人たちだけでなく、親御さんも同様だと思います。
子どもと「カエル」を一緒にしたのは、難があるとは思いますが、
繰り返しになりますが、福祉の現場で、福祉の仕事をしている人同士が傷つけあっていたり、いろいろな方向で無理をしているから、「仕事がキツイ」「ブラックだ」という認識もついて回るのではないでしょうか。
人が、「子ども」だけでなく「オトナ」に対しても優しくなれることが大切ではないでしょうか。
この文中、「子ども」に限定するような言い方をしていますが、
「福祉」全体の事として、言っているつもりです。
「子ども」だけではなく「障害を持った人」や「介護の必要な人」など、「健常者」も含めて、あらゆる人について、それぞれが優しくなれれば、と思っています。
とても難しい話しではありますが。
ふと、自分の言葉に酔いしれてしまいました。
もちろん、「お金」の問題=給料が安い(金額的に低い)ということもあります。
でも、自分が知っている限りですが、基本「子どもが好き」とか「ひとを助けたい」っていう気持ちの方が強い人が多いようです。
ある人が言われていましたが、
「『お金』は後からついてくるものです、この仕事(保育)の仕事がしたいから、この道を進んでいます」と。
タテマエかもしれませんが、でもその方の本音だと思います。
「仕事」について献身的で、つねに「その子にとっての最善」を考え行動されているようです。
そういう意味では、その方は小林先生なのかもしれません。
映画「窓際のトットちゃん」の最後の方、戦火で燃える園を見ながら、再起を誓う小林先生の姿は印象的でした(覚え違いをしてるかもしれません💦)
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