第二章 一流への道 8.5-洗濯機を作ろう 後編

Noirノワール L'aubeローブに一行が帰ると、クロワールが迎えてくれる。

「父さん、みんな! おかえり! オカエリ!」

「ただいま、クロワール。良い子にしてたかい?」

「してた! クロワール、ずっとイイコ!」

その言葉を聞いてハミエルはクロワールのトサカを撫でてやった。

「さぁ、私は私の仕事をしようか」

ハミエルは腕まくりをして気合を入れた。

***

「ということで、『洗濯機1号』ができたよ」

「展開が早くないかい!?」

それは翌日のこと。ハミエルの言葉にいつぞやと同じツッコミを入れるトレイン。
すると、パタパタとレストランから住居スペースに降りてくるアレンが声をかけた。

「トレインさん、ぼく休憩入ります!」

「お、もうそんな時間か。アレン君、洗濯機1号が出来たみたいだから、どんな感じか代わりに見ておいてくれないかい?」

「そうなんですか!? もちろんです!」

アレンがキラキラとした目で駆け寄ってくると、ハミエルは傍らの機械を持ち上げる。
それはタライに洗濯板が斜めに取り付けられていて、手の代わりのような棒とモーターが添えられていた。

「それじゃあアレン、浴室に移動しよう」

そう言って歩き出すハミエルは浴室に着くと、シャワーでお湯をタライに入れた。

「この次はどうするんですか?」

「この手のような形の棒の先に石鹸を取り付けるんだ。できるかい?」

「はい!」

アレンが言われるままに石鹸を取り付ける。
次にハミエルがあらかじめ浴室に置いておいた汚くなった雑巾を持ってきて、洗濯板にセットした。

「さて、どうなるかな」

「楽しみです!」

「アレンがボタンを押すかい?」

「いいんですか!?」

目を輝かせるアレンにハミエルがスイッチを持たせる。

「じゃあ、押してみて」

「はい!」

――ポチッ

ズガガガガガッ!!!

目にもとまらぬ速さで石鹸のついた棒が雑巾の上を往復し、お湯をまき散らす。

「うわあああ! って、え!?」

アレンとハミエルが異変に気付いて洗濯機1号を止めてみると、無残にもボロボロになった雑巾が。

「ぼ、ボロボロになっちゃいました……」

「ふむ。力が強すぎたのかな。それに石鹸の減りも思ったより早いし、お湯も飛び散ったし……なによりずっと見ていないといけないから時短にならないね」

アレンはこれがもし誰かの服だったらと思うとゾッとした。

「試運転に付き合ってくれてありがとう。色々改善点が見えたから、作り直すよ」

「せっかく作ったのに……」

ハミエルが穏やかな表情で話すが、アレンは悲しそうにうつむいた。

「アレン、いいかい。発明というものは失敗を糧にして成功を生み出すんだ。失敗は無駄なものなんかじゃない。失敗は、『糧』だ。貰えてむしろありがたいものなんだよ」

「そう、なんですか?」

「だから私は失敗してよかったとすら思っているんだ。大丈夫、次はもっといいものができるよ」

「わかりました! ぼく、応援します。頑張ってください!」

アレンの言葉に、ハミエルは力強くうなずいた。

***

「とは言ったものの、困ったな……」

ハミエルは悩んでいた。どうすれば洗濯物を傷つけず、放置してる間に洗濯もできる機械が作れるんだ。
おそらく、ドツボにはまっている。

「ちょっとみんなに相談してみようかな」

ちょうど今日は休業日で、リビングに人もいるだろう。

「……ということで、洗濯機を発明しようとしたけど上手くいかなかったんだ」

ハミエルの話を聞いたダルクたちは「なるほどな」とうなずいた。

「そこで俺たちの力を借りたい、と」

「まぁそんなところだね」

するとトレインは得意げに髪を払う。

「発想豊かな僕たちの腕の見せ所じゃないか。きっと素晴らしいものができるよ」

「頼りになるね、ありがとう」

ハミエルは期待を膨らませた。

……のは悲劇の始まりだったのかもしれない。

スヴァンは洗濯機1号を動かしながら何かひらめいたようだった。

「おいハミエル、これは使えるぜ」

「そうなのかい?」

「ちょっと待ってろ」

そう言ってレストランの冷蔵庫から持ち出してきたのは……大根。

ハミエルは嫌な予感がした。その温和な笑顔が凍り付く。

「大根なんて何に使うんだい?」

「まぁ見てろって」

スヴァンがこちらに背を向けて洗濯機1号に何かをしている。そしてスイッチを押した。

ズガガガガガッ!!!

そしてスイッチを一度止めてタライの中をみんなに見せながら言った。

「見ろ! ……大根おろしができる」

「洗濯じゃないじゃないか!」

トレインのツッコミが響く。

「いい方法を思いついた」

「なんだい、ダルク君?」

そして決め顔でダルクは言った。

「ゴム手を付けた俺が洗濯する」

「……、ダルク君。ゴム手袋を使うのは良い発想だけど、それは洗濯機ではないよ」

「あ」

ダルク撃沈。

「アレン君の手の心配もしてるんだよね? それじゃあクリーニング屋に任せればいいんじゃないかい?」

トレインの言葉に今度はスヴァンがツッコミを入れた。

「俺たちにそんな金あるわけねーだろ」

全然頼りにならないシェフとホールと皿洗いの言葉にハミエルの頭はどんどん下がってうつむいていく。

すると一連の会話を聞いていたシューレはポツリと言った。

「服が傷つくなら、服を入れる袋を作ればいいんじゃないー?」

「!」

ハミエルはうつむいていた顔を上げた。そしてシューレの手を固く握る。

「その発想はなかった! 天才的だよ、シューレ君!」

「それほどでも~」

……しかし、やはり洗濯機の方のアイデアはなかなか出てこなかった。

その時。

「お洋服が勝手に動いて汚れを落としてくれたらいいのになぁ」

……と、アレンが呟いた。

「……!」

ハミエルはハッとアレンを見た。

「なーに言ってんだよ、アレン。そんなこと出来るわけねーだろ」

「そうですよねー」

スヴァンが呆れてアレンが苦笑していると、そこに時雨がやってくる。

「なんだか楽しそうじゃないか」

そう言ってコーヒーをダイニングキッチンで注ぎ、ハミエルの隣にカップを持って座る。
しかしハミエルは考え込んでいて、気づいていない。

そうだ、洋服の方が動けばこちらは動かなくていい。

でも、どうする? どうやって動かす?

その時、視界の端で映った時雨の手元の方を見た。

時雨はみんなの話を聞きながら、角砂糖をコーヒーに入れてティースプーンでくるくる回す。
すると角砂糖は回りながら溶けていった。

――グッ!!

ハミエルは時雨のコーヒーカップを持つ手を掴んだ。

「これだ!!」

「……え?」

何もわかっていない時雨が目を丸くしたのは言うまでもない。

ハミエルが次に作り出したのは大きな箱型の『洗濯機2号』だった。
この日は営業日だったため、ダルク、スヴァン、トレイン、シューレはレストランの方に居る。

汚れた雑巾を数枚入れて色々セットしたハミエルと、スイッチを持つアレン。

「今回は水流を使って洗濯してみるよ。箱型にして水も飛び散らないようにしてみた」

「水流……! かっこいいです!」

「それじゃあアレン、スイッチを押してごらん」

「はい!」

――ポチッ

ズゴゴゴゴゴゴッ!!

「「え」」

洗濯機はとてつもない音と振動を出しながらガタガタと回転しながら走り出した。

「うわーーーっ!!!」

アレンとハミエルは洗濯機に追いかけられる。しかもこの洗濯機、かなり速い。

リビングでの騒ぎに気付いたロンとクロワールは一度自室から顔を出す。クロワールは「父さん! 父さん!」と言って一目散にハミエルの傍へと飛ぶが、

「……いつものことか」

と、ロンは冷静に判断して自室に戻っていった。

一方、レストランでは。

「なんか、地鳴りがしてないか……?」

客が一斉にどよめき出す。その不安は厨房にも届くが、

「……なんか嫌な予感がする」

と、スヴァンは苦い表情をした。

ダルクはすぐにトレインに指示を出す。

「トレイン、ちょっとリビングを見てきてくれ」

「わかったよ」

トレインがその場を去った後、シューレは悪気もなくつぶやいた。

「もしかしてハミエルさんの作った洗濯機が暴走してたりしてー」

その間にダルクはホールに出て、「皆さん落ち着いてください! 現在原因を突き止めているところです!」と呼びかける。

トレインは急いで階下に向かい、ガタガタとうるさい音に負けまいと声を上げる。

「ちょっとちょっと! 何が起きたんだい!?」

すると、

「トレインさん、たすけてー!!」

アレンの声が廊下の向こうから聞こえた。

「アレン君!?」

トレインはすぐさま奥の廊下へと走っていくと、アレンとハミエルを追いかける洗濯機がこちらを向いた。

「え」

トレインの背筋が凍る。

ズゴゴゴゴゴゴッ!!!

そして今度は洗濯機がトレインを追いかけ始めた。

「なんで僕ー!?」

すると、両膝に手を当てて肩で息をしているハミエルが謝る。

「すまない、トレイン君。洗濯機が暴走してしまって……」

「嘘だろう!? スイッチで止めたらいいじゃないか!!」

「スイッチが……僕が強く押したせいで壊れちゃったんです~!」

アレンも泣きながら謝った。

しかしトレインもこうしてはいられない。

「あぁもう! 壊れても知らないけど、構わず僕は逃げるからね!」

そう言ってトレインは無我夢中で階段を駆け上がる。洗濯機はさすがに階段は上れないようで、トレインを追いかけるのを諦めた。
そして今度はガタガタとアレンを追いかけ始める。

「はぁっ……はぁっ、ダルク、大変だ! ハミエルさんの洗濯機が暴走してるよ!」

「なんだと!?」

ダルクが目を見開く横で、シューレは

「やっぱりー」

と呑気につぶやく。

「しょうがねぇ、お前ホールに行って客に嘘の説明でもして安心させろよ。詐欺師だろ?」

「無茶な要求しないでくれるかい!?」

スヴァンの提案にオールバックのバカはGOサインを出す。

「名案だ! トレイン、言ってきてくれ!」

「えっ……、ちょ、ちょっと!」

そうして背を無理やり押されたトレインは客の前に出て行かされる。

「あ、えっと……」

「ウェイターさん、何があったんだい!?」

「れっ……レストランの階下でお祝い事があって、みんながダンスをしていました!」

その背後でスヴァンがポツリと。

「な? あんなんで詐欺師が務まるわけねぇよ」

と言って調理に使っていたコンロの火を止め、階下に降りて行った。

「スヴァンさん、たすけてー!」

アレンの叫び声を聞いたスヴァンは、階段の上に避難していたハミエルに聞く。

「おい、あの洗濯機壊していいか!?」

「スイッチも壊れちゃったからね……仕方ない、いいよ!」

許可を得て、スヴァンは階段の上の掃除用具箱からモップを取り出して、逆に持つ。

「アレン、今助けに行く!」

その言葉に安堵して気が緩んだのかアレンは最後の最後で転んでしまう。
振り返ればすぐそこまで洗濯機は迫っていた。

「あ……」

振り返るアレンの怯えた声さえも、洗濯機がかき消していく。

その時。

――ガッ!!

即座に間に入り込んだスヴァンは中段蹴りを洗濯機に食らわして、モップの柄をその上部に振り下ろした。

すると洗濯機の揺れが次第に収まり、カタンと最後の音を残して止まる。

「す……スヴァンさぁぁん!!」

さすがに怖かったのかアレンはスヴァンの腰に抱き着いた。スヴァンはポンポンとアレンの頭を撫でる。

ハミエルもほっと胸をなでおろした。そしてすぐさま洗濯機の蓋を開けて、中の雑巾を取り出す。

その雑巾は最初に入れたときよりも綺麗になっていた。

「綺麗になってる……。成功だ!!」

「これのどこが成功だ!」

***

結果的に洗濯機は改良を遂げ『洗濯機3号』となってNoirノワール L'aubeローブの浴室に置かれることになった。

リビングに居るみんなの話題はもちろん洗濯機とアレンの話だ。

「これでアレンの手が荒れることもないな」

「はい! これで今度からはお掃除に時間を使えます!」

ダルクの言葉に嬉しそうにアレンはうなずいた。

「アレン君が働き者で僕たちも助かるよねー」

「だな」

シューレとスヴァンもうなずき合う。

トレインは置かれたクッキーに手を伸ばしながら疑問をなんともなしに呟いた。

「しっかし、あの洗濯機2号は怖かったなぁ。ハミエルさん、なんで人感センサーなんてつけたんだい?」

「あぁ、あれなんだけど……」

ハミエルは言った。

「センサーなんてつけてないんだ。どうしてあんな人を追いかけるようなことをしたんだろう……」

「え」

一同は凍り付く。

「も、もしかして……幽霊の仕業、とか……?」

アレンの言葉に不安が可視化されたみんなは背筋をさらに凍らせた。

「寒っ……! 夏じゃねぇんだからこんな話はやめにしようぜ」

「スヴァン、手が震えてるよ」

時雨の指摘にキッと睨みを返すスヴァン。

「てめーは怖くねぇのかよ」

「うん。最初からいると思ってたから。男が一人、ね」

その言葉にみんながさらに恐怖に包まれる中、ダルクだけが神妙な顔をして聞いた。

「その男って、どんなやつだ?」

時雨は優し気な顔で言う。

「白いシェフの服を着てメガネをかけた男。旦那の事を多分知ってるね」

それを聞いてダルクは一瞬言葉をなくすが、嬉しそうに笑った。

「そうか。またそいつの話を聞かせてくれ、時雨」

「あぁ」

「ダルク、僕たちを襲ったそいつは誰なんだい!?」

トレインが自分の両方の二の腕をさすりながらそう聞くが、

「また今度、話す時が来たら話すよ」

と、はぐらかされるのだった。

第29話↑ 


いいなと思ったら応援しよう!