【連載小説】 ともだち Chapter6−2
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※生々しい表現はできる限り避けておりますが、いじめや虐待の描写があります。取り扱っている内容は重いです。ご自身の判断でお読みいただければと思います。
因みに、全文をChatGPTに評価させたところ、ChatGPT自体のコンテンツ違反に該当する表現はありませんでした。それを示すオレンジの警告文も出ませんでした。
GPT:この文章の描写には、虐待やいじめの状況を詳細に説明する部分がありますが、直接的で生々しい描写を極力避け、心理的・社会的背景を重視した説明に留めているように感じます。また文章は単に社会的問題を指摘するのではなく、問題に対してどのように向き合わせ、理解させ、解決に向けて進むのかを示す方向に向かっていると捉えることができます。
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土井と香夜は卜部メディカルセンターの院長室に通された。二人がソファにつくと、簡単な自己紹介がされた後、美月が立ち上がって、用意されていたホワイトボードの前に立った。彼女はにこやかに一同を笑顔で見渡した。
先ほどの璃玖との出来事ですっかり気持ちは落ち込んでいた。しかし、祈祷師見習いの彼女にとっては、今からすることは業務の一つだ。仕事にプライベートを持ち込むべきではない。美月は自分自身に言い聞かせていた。
「では、私から今回、暁人くん、綾人くんから聞いた話をまとめてお伝えします。まず、体は綾人くんですが、主導権を握っているのは加賀暁人くんです。なお、綾人くんですが、名前は二人で考えたもので、本名は、狭山颯といいます。しかし、この名前は耳にするたびに息苦しくなるそうなので、ここでの名前は綾人くんで統一します。」
彼女はまず、二人が一つの体に入るまでの経緯を手短に話をして、加賀の意識が戻って以降の行動について要約して語った。病院を抜け出してから、ゲームセンターに到着するまでの足跡、誰に会い、何を食べ、何をしたのか、どんな会話をしたのかについて、主要なものを伝えた。
「簡単ではありますが、足跡については以上で、もしもさらに詳しく情報が必要な場合には、警察官の土井さんや香夜さんが後でもう一度、本人に確認していただく必要はあるかと思います。」
彼女の言葉に、土井と香夜は互いに目配せしてから、美月の方を見て『了解』というふうに、しっかりと頷いてみせた。その様子に笑顔で答えると、美月は続けた。
「ここからが、今日の本題なのですが、本人の希望からお伝えすると、綾人くんは本名を変えてこの街での生活を望んでいます。ここからは、綾人くんがここまで来る経緯です。あと必要があれば特に、警察官のお二人には随所随所で質問してもらえたら助かります。」
美月の言葉に、香夜と土井は「了解」と真剣な面持ちで頷いた。
まず最初に、美月は目を閉じて深くひとつ深呼吸して自らの気持ちを落ち着けるように務めた。綾人の過去は過酷などという言葉では到底表現できないほど、残酷だ。口頭で詳細を語るのは、美月にとって、心の負担が重すぎた。
彼女は覚悟を決めた様子で、目を開くと「まずは詳細を書きます。補足説明を口で。」と言いながら、ホワイトボードに、綾人の幼少期からの経緯を時系列で書き始めた。
ホワイトボードに詳細が書き進められるに従い、一同の表情は深刻さを増していった。いつも元気で前向きな香夜でさえ、表情は曇り口元を両手で押さえて、目にうっすら涙を滲ませた。
卜部は一旦ホワイトボードから視線を逸らし、組んだ手に額をつけて俯き、土井は、大きなため息と共に、片手で両目を押さえた。天狗と死神は感情の読み取りにくい無機質な表情ではあったが、真剣な瞳でホワイトボードを睨みつけていた。
綾人は七歳まで両親のもとで生活していた。両親と言っても血が繋がっているのは母親だけだった。綾人出生時、母親に婚歴はなく、彼は私生児だった。三歳の時母親が結婚したことで、父親ができた。
父親との関係性は記憶のあるかぎり、最悪だった。共同生活は殴られた記憶から始まる。それ以降、あざが絶えることはなく、虐待を疑われることを恐れた両親により、綾人は保育園に行ける日が徐々に減っていった。最初は優しかった母親は次第に父親と共に綾人に手を上げるようになる。
虐待が疑われ、児童相談所から声がかかるるたびに、転居をした。小学校入学の年までの転居回数は四回。六歳になる頃には保育園に行けなくなった。七歳の時、腹に傷を負っていた綾人を一人家に残し、両親は旅行にいった。
そこまで聞くと、「ごめん」と言いながら香夜は美月の方を見て手を挙げた。
「お父さんにお腹切られて、病院には行った?」
『数えきれねぇくらい怪我したけど、一回も行ったことねーよ。』
自嘲気味な綾人の声が部屋に響いた。卜部の術で、綾人の声が霊感がない人間にも聞こえる状態になっていた。綾人の告白に、皆、一点を見つめたまま固まった。確かに、彼の体の見えている部分、手の甲や首元にある傷痕に、外科的な処置が施された痕は見えなかった。
「…ありがとう。ごめん、止めて。続けてください。」
香夜がようやく重たい口を開き、美月に続けるよう促した。美月は小さく頷くと先を続けた。
綾人の両親は彼を放置して行った旅先で、違法薬物により検挙された。家宅捜索で訪れた警察官が劣悪な居住環境の中、腹を押さえたまま意識を失って倒れている綾人を発見する。綾人の全身に点在する、タバコの火による火傷の痕、刃物による傷痕は全て両親によるものだ。
ここまで話すと美月は、自分の気持ちを整えるために小さく一つ息をついた。綾人の受けた仕打ちを想像しただけでも、息が詰まる。全てを一息に伝え切ることは難しかった。彼女は昨日まとめたノートから顔を上げて一同に視線を向けた。
「両親がその後どうなっているのかはわからないそうです。おそらく、土井さんや香夜さんにお調べいただければ、わかるかなと。」
「ああ、我々の方で必要に応じて調べる。」
土井の声は無表情で静かだった。声が無表情な時はその分、心中穏やかではないことを意味している。香夜は少し心配そうに、横目で土井を盗み見た。彼は無表情ではあったが足と腕を組んで、少し俯き、平静を保とうと意識を集中しているようだった。
「後、ごめん、私からもう一つ。記憶がある範囲で構わないんだけど、近所付き合いとか、知り合いとか、親戚でもいいけど、綾人くんの両親以外に誰かとやり取りはあった?」
『覚えてないな…』
「保育園はなんていう保育園だったとか、先生はどんなだったとか覚えてる?」
『保育園の名前は覚えてないな…でも,先生たちはいつも忙しそうだったよ。だから迷惑にならないようにしてた…大人を怒らせたくなかったのも覚えてる…面倒起こすなって両親に言われてたし…つーか結局、親怒らせたくなかったんだろうね…』
綾人はまるで他人のことを話すようにそういうと、乾いた笑い声を上げた。
どれほど抑圧されて怯えた毎日を過ごしていたのか。幼少期の綾人が直面したような事態を全く経験したことのない香夜には、彼の置かれていた状況を想像して理解することは難しかった。だが逆に、少しも想像できない状況ということ自体が、彼の過ごした環境の異常さと極限の状態を物語っているようにも思えた。
他に質問がないことを確認すると、美月は続けた。綾人は施設に入所して、小学校にも通えるようになった。施設長は優しく、よく話相手になってくれた。
しかし綾人が九歳になる頃、四歳年上の難波が入所すると、彼の生活は一変する。いじめが始まった。最初はものを隠されたり、体の傷痕を侮辱する言葉の暴力が中心だった。施設長に相談すると、すぐに彼を注意し、その場は収まった。それ以降も時折、言葉の暴力はあったが、それを見つけると、職員が注意していた。注意されるたびに、彼の素行は表面上、良好になっていった。注意をされて素直に従い改める、将来有望だと施設長のお気に入りになっていった。
しかし、実際は注意されればされるほど、大人に見えないところでいじめが繰り返されるようになった。大人たちが気づかないことを確信すると、難波の綾人に対するいじめはエスカレートしていった。さらには、難波に対する施設長の信頼が厚くなるほど、いじめは巧妙化していき、綾人の訴えに施設長は耳を貸さなくなった。
「お前は、あいつが信頼されているから妬んでいるんだろう。」
「お前の訴えは、僻みからくるものだ。」
そんな風に言われるようになっていった。訴えは全て難波に筒抜けで、その度に殴られたり、髪を切られた。
難波が成人し、施設を出ると、しばしの平穏が訪れた。しかし施設長を「お父さん」と親しみをもって呼ぶ彼は、時折施設に顔を出し、ボランティア活動にも積極的に参加し、表面上は好青年で、彼に対する周囲の評価はさらに高まりを見せていった。
土井が「ちょっといい?」と言って遮った。今まであまり言葉を発していなかった土井の発言に、周囲の視線が一瞬で彼に集中した。
「一般的な感覚から考えると、これだけのことがあったら、職員が気づく場合もあるんじゃないかと…内部告発があってもおかしくない気もするんだが…でも、それが起きないとしたら、施設長の力が強すぎる気もする…何か理由がある?」
『ああ…それは…』
綾人の声色が先ほどまでとは少し変わり、うんざりしているような響きを含んだ。
『地元の名士ってやつなんだ。昔から大地主だったとかでさ。可哀想な子供を集めて施し与えてって尊敬されてたよ。』
「なるほど。」
土井は納得した。小さな町の地元の名士であれば、施設長は生まれたての赤ん坊の時から殿や姫のように扱われていたかもしれない。そうだとするならば、道徳的態度である限り、やったことは全て正しいと肯定される人生を子供の頃から送ってきたことだろう。そういう環境に身を置く人間は、理想を掲げ盲目的に子供の純粋さを信じ、疑念を汚れと捉え、子供との信頼関係を盲信する場合がある。常に正しいとされる側にいた人間だ。自分の信じたものに異を唱える人間を良しとしなくてもおかしくはないだろう。自身の経験に照らし合わせても、状況は容易に想像できる。土井はため息を漏らした。
『たださ、悪人かって言ったらそうではない部分もあるのが始末悪くてね。』
綾人は皮肉っぽく笑った。彼はプログラミングが得意で、中3からは小遣い稼ぎにアプリを作り、ネット上で販売するようになった。販売を開始しようとしたとき、未成年のため保護者の同意が必要だった。
「手に職をつけるいい機会だからやりなさい。」
アカウントの開設や銀行口座の設定など、施設長が後ろ盾となり、とても協力的だった。発生した報酬を搾取されることもなかった。純粋に、不幸な境遇で育った人間が独り立ちする術を身につけようとしていることを手助けする姿勢だった。
バズるほどではないが、作ったアプリはそこそこ売れて、月に1−2万円ほどの収入が入るくらいにまでなった。しかし、残念なことに、綾人の近況は施設長が信頼してやまない難波に伝わっていた。世間話程度の近況報告の感覚で綾人のことを彼に話していた。
高校生になると、当時好意を寄せていた女の子や同級生に過去や体の傷についてバラすと難波に脅され、カツアゲをされるようになった。施設長に相談すると、逆に叱責された。
「散々世話になった先輩を悪く言うなんて、お前の性根はどうなっているんだ?面倒見が良い後輩思いのアイツがそんなことをするわけがない。なぜ嘘をつく?あいつを陥れたいのか?」
話にならなかった。すると、それがまた難波に伝わっていた。香夜が再び、一旦話を遮った。
「誰か、施設以外に話を聞いてもらえる環境はあったかな?高校の先生とか、友人とか、福祉関係の仕事をしている大人とか。」
香夜の質問に、『ククク』綾人は嘲笑うような含み笑いを立てた。
『相談しても、地元の名士様のお耳にはすぐ入るんだよ。昔からの繋がりがあるし、不幸な境遇の子供を預かっている聖人君子のような施設長に限って問題などあるわけない。施設の子供の相談は保護者の立場でもある彼に共有すべきって雰囲気があって…怖くて相談なんかできねぇよ…施設で叱責されること考えたら、少しでもストレス少ない方に流れるって…』
香夜はそれ以上何も質問できずに口をつぐんだ。大きな街で生まれ育った香夜にとっては、綾人が身を置いていたような小規模な町の様子がわからなかったし、名士がどのようなものかの理解も難しかった。彼女の育った環境では、問題があれば話を聞いてくれる第三者がいて、個人の秘密が守られることは当たり前だった。ただ、土井は、経験があるのか、香夜の横で頷きながら真剣な面持ちで話を聞いていた。
質疑応答が一区切りついたと判断し、「ここからが一番、犯罪性が疑われ、お二人の力で解明する必要もあるかもしれません。」と前置きをして美月は続けた。
加賀に出会う三日前、綾人は難波に身分証、保険証、スマホを取り上げられた。未成年なら刑が軽くなるからバイトを手伝えと言われた。連絡役という人間に無理やり引き合わされた。難波と彼は親しげで、過去にも何度かやり取りがあるようだった。
「断ったらどうなるか。過去をバラされるだけなんて思うなよ。」
犯罪の片棒を担ぐなんてごめんだった。しかも難波のために働く気などなかった。唯一の強みは、『何にもないこと』だった。
『余談だけどさ』と美月の話の途中で、突然綾人が口を挟んだ。
『こんな立場でもラッキーだったことが二つだ。まずは、父親と血が繋がっていなかったこと。血が繋がってたら、成長に従って自分の顔があいつに似る可能性あるからね。毎日鏡の中であいつと顔を合わせる拷問は避けられたわけだ。』
自嘲気味に笑った。しかし、ただ自らを嘲笑っただけではなかった。こんなにたくさん話したい気持ちになることが初めてだった。そんな自分に気づいた驚きでもあった。
初めて話を真剣に聞いてもらえている感覚があって、綾人は心が高揚していた。最初は、話したところで何も変わらないと思っていた。話すだけ無駄なら話したくもなかった。しかし今では、聞いてほしいという気持ちが確実に勝っていた。
『二つ目は、なーんにも守るものがなかったこと。自分の命すら…ね…だけどせめて、最後の砦だけは守りたかった。完全な負けで終わりたくなかった…犯罪を犯すぐらいなら、もう自分すらいらねぇって…」
生きるも死ぬも地獄なら、絶対に難波の言いなりで犯罪だけは犯さないと心に決めた。犯罪で検挙された両親の顔も頭をよぎった。『絶対あいつらと同じにはならねぇ』。彼らに対する精一杯の反発だった。
そして、そのとき手元にあった現金二万円余りを手に、犯行の約束をさせられた日の前夜、綾人は施設を後にした。夜行バスで移動し、この街にやってきた。
「これ以降の綾人くんの行動は、すでにみなさんご存知の通りです。」
美月がそう締めくくると、重たい沈黙が部屋の中に充満した。しばらくの間、個々人が頭の中で綾人の経歴を反芻し、整理し、気持ちを落ち着けることに意識を集中していた。重苦しい空気の中、最初に沈黙を破ったのは土井だった。
「綾人、嫌なこと思い出させてごめんな。でも、しっかり伝えてくれてありがとう。じゃ、ここからはオレが少し。」
そいういうと、土井は立ち上がり、美月と立ち位置を交代した。
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