見出し画像

小説『砂漠を横切るラクダのように』【2】(全13話)


・2・


 あの日、私は仙台市の中心部にいた。古めのビルの四階で、金曜日ならではの忙しさに追われながら、遅めの昼食をとっていた。いや、正確には“昼食をとったあと”だった。

「食事をとるなら、デスクではなくここで」と指定されていたその部屋は、窓があったはずだが薄暗く、壁には資料などがみっちりと詰まったスチール製の本棚が並んでいて、よほど業務に追われていない限りは利用する気になれない場所だった。それでも、すっかりと食事をとるタイミングを逃してしまっていた私と同僚はあの日、何かに追い立てられるように外食ではなくコンビニを選び、めずらしくその部屋でおにぎりなどを食べていた。

 ベージュとグレーが混ざったような濁った空気――。

 思い出そうとすると、そんなイメージが浮かんでくる。どんな天候だったか、雪はちらついていたか、外は寒かったか――あくまでも、そのときはまだ「日常」だったから、細かいことは全然記憶に残っていない。

 六畳ほどの部屋の真ん中には茶色い長テーブルが“2×2”の状態で置かれていて、私たちはギシギシするパイプ椅子に座り、窓のほうを向くようにして横並びになっていたのではなかっただろうか……。食べ終わって、しばしの休憩中(たぶん60分の昼休みのうちの、45分くらいが経過していたはずだ)。同僚が「ちょっと電話かけてきますね」と廊下へと出ていき、一人になった私はぼんやりと……何を考えていただろう。

 そのとき、あの地震が来た。


「もう終わるでしょ」

 最初はいつものように構えていた。

 それなのに、終わらない。それどころか激しさを増していく――――――。

「床」とか「建物」とかが、今までとはまったく違うもののように感じられた。まるで巨大な生き物の上に乗っているような、それが突然目覚めて動き出したような(気づかずにいたけれど、私たちはずっと“何か”の上で暮らしてきたのだ)――と、あとからならいくらでも例えられそうだが、あの瞬間はただただ「嘘でしょ!?」の連続だった。

 信じられないような揺れの中、思ったのは「こんなところで死にたくない」ということ。テーブルの下で一人、その日は仕事が休みで家にいるはずの夫のことばかり考えた。

 たぶん、あのときにはっきりと私は思ってしまったのだ。

「もう好きでもない会社に来て、納得のいかない仕事をしながら死ぬのなんていやだ」と、心のどこかで強く強く――。







【2011-02-01 13:35/沼の底】

 不安定な今日この頃。理由はわかってる。

 3月が今の仕事の契約更新月だから、心が揺れ動いているのだ。

 とりあえずは「契約期間中は途中で投げ出したりすることなく、精一杯働こう! 力を注ごう!」とやってきたけれど、ここでふと立ち止まってしまっている。

 このまま、また半年か一年か……契約期間中、がんばり続けられるのか? この日々に、人生の時間を捧げ続けられるのか? 自分をキープし続けられるのか?(もはや危うい)

 決めたら、やるしかない。

 だから決められずに、うだうだ苦しんでいる。

「新しい道がはっきりするまでは、この底の底を耐え忍ぼう」

 そう心に決めて、やり過ごしてきたけど……もう疲れた(笑)。このまま耐え続けても、何かが変わる気がしない。だから、パッと新たな環境に身を置きたい。そしたらまた何か新しい風が吹くのでは――? そんなことばかり考えている。

 ……現実逃避なのか? いや、この心暗い日々を続けるより、本当に何か変化が訪れるかもよ!? なんて、ネガティブと調子のいい考えを行ったり来たり。

 毎日つまらん。

 自分の人生、限りある時間を、こんなふうに使いたくはないんだ。

 だけど、生きるのに『お金』は必要。お金より、自分が輝ける人生が大事だけど、お金がないと暮らしていけない。仕事がないと、新しい土地で部屋を借りることもできないのだ。そういう現実の厳しさは身に染みている。

 それでも、この生活から抜け出したいと心が叫んでる。

 その叫びを聞いてあげられるのは自分だけなのに、そして救い出せるのは自分だけなのに、今の私には何も思いつかない。



 沼の底。いい加減うんざり。

 自力で飛び出したいよ、もう。





【2011-02-16 13:26/青空がしみる】

 さて、どうしよう。今日も考えている。

 納得して一歩一歩進むために、決心がつくまで考え続ける。無駄みたいでも。

 無自覚に、自分の心を無視したまま生きるようなことはやめたのだ。選択の余地がなくても、いちいちいちいち心に問うのだ。

 続けるという覚悟、辞める勇気……。

 一人の私は「楽しくないから辞めちゃえ!」と誘い続け、もう一人の私は「今辞めたって、何も用意されてないよ。こんなの耐えられるはず」と守り続ける。

 心は?

「辞めたい」

 もうそれははっきりとわかっている。

 だけど。現実の厳しさは経験しちゃったからなぁ~。想いがあったって、形にならないことばかり。

 くさるよりは働け! 会社のコマとして働かなきゃいけない限りは、今の仕事がベストだろ? 自分で何かやりたい以上、どこへ行っても満たされないことはわかってる。

 ……わかってることばかり。

 望む道への進み方は、何一つわからないままなのに。



 今日の空はものすごく青くて、朝、バスの中から何度も何度も何度も見上げた。





【2011-02-21 21:13/これが“苦渋の決断”か……】

 とりあえず、あと半年、仕事を続けてみようと決意した。

 仕事を続けるという決断。これは、いやな言い方をすれば「今は続けるしかないんだ」という諦めのような、覚悟のような……そんな感じ。「そうするしかない」っていうか、「今すぐにでも逃げ出したいけど、きっと続けることが正しい(?)のだろう、必要なのだろう……」という自分の深いところでは前からわかっていたことを、やっと受け入れたという感じ。

 そう、“今はまだ「現状」を耐え抜くしかない”と、本当はとっくにわかっていた。わかっていることに気づいていた。それを受け入れたくなくて、ぐちぐちぐちぐち逃げ道を探していただけ。

 きっと今辞めたって同じ繰り返しで、望む扉はまだ開かない。その準備がまだできてない。なんとなくだけど、自分的にはハッキリとそう思うのだから、そうなのだろう。

 なにより、ここしばらくずう~っと、ぐちぐち・うだうだしてたから、もう飽きた! もう諦めた!(笑)

「受け入れて進もう」なんて言うのはカッコつけ過ぎ。しばらくはもう諦めて、また力を蓄える。そしてまた半年後にぐちぐちすればいいさ。

 あとは半年後の自分に任せて、今はもう楽しいことを考えよう。ずいぶんとエネルギーを無駄に使っちゃったから、しばらくは楽しいことを考えるのにエネルギーを使おう。

「そうだ、もう、そうしよう!」

 そう割り切れるのはきっと、充分にぐちぐち・うだうだしたからだ。

 飽きるほど自由に、自分の心を味わえばいい。どんなに時間をかけたっていい、自分の時間は全部自分のものだ。人生は自分のもの。自分がしたいようにすることだけが、自分にとって最善の方法だと信じて、必要なものだと信じて、自分を生き抜く。



 もう少し力をつけて、もっともっと高く飛べるように。深く深く潜れるように。

 ときがきたら、きっと「今」がそのときの自分を支えてくれる。

 もう一度、もう一段階レベルアップした「信頼」を自分の中に描き直そう。

 そんなことをぼんやりと決意しながら、しばらくは新しいエネルギーを吸収します。





【2011-03-11 09:33/騙し騙しでも】

 前回のブログではスッキリ・さっぱり、カッコイイこと(?)書いたけど、今回の決断は実に苦しい選択だった。

 あんなふうに書いたところで、次の日にはもう「やっぱり辞めようかな……今ならまだ間に合う」って何度も何度も考えた。

 今でもまだ苦しい。

 頭は「あと半年がんばろう」と言うけれど、心は必死に抵抗する。全力で。

 そんな心の声をしっかり聞きながら、それでも今辞めたって何も用意されてないことは痛いくらいはっきりしてるから、あと、ニュートラルな自分は「やれる」と感じていることを知っているから、心に背いて決断した。

 こういう無理の仕方をすると、とたんに体が壊れ出す――。

 恐れていたら、はじまった不調。めまいや吐き気。メソメソして弱気になってたけど、あの不調の原因は、先日の地震やら突然の雪やらだったか? 今はまた大丈夫になった。



 沈んだり浮いたり、日々繰り返しだ。

 落ちてるときは書けないから、少しでも浮上してるうちに心の記録。

 スッキリと割り切って、こうして社会的リハビリにも慣れ、少しの自信と大丈夫な自分を取り戻した分、これからは心にも余裕を持って、10月には新しい道が見えてるように前を向いて。ありがたく、時間稼ぎと金稼ぎの「今」を受け入れて。

 こうやって浮上するたびに自分を励まして。

 まったく騙し騙しみたいだけど、少しでも希望のある方に進みたい。







 いったい誰のために発信しているのだろう。ほとんど読む人のいないこのブログに、こうして言葉を連ねたところで何になる――? 読み返すたび、確かにそう思う。

 けれど、自分の心の記録のために書いているのだからいいのだ。

 あとから読んで「わかる、わかるよ!」と自分で自分に言ってあげられること(そこに刻まれている感情や感覚を全部丸ごと理解できるのは「自分自身」だけだろう?)。そして、そのとき生まれる“過去の自分にエールを送りたくなるような気持ち”は時空を越えてきっと届くと、届いてきたから私はこうして生き延び続けてこられたのだと、私には信じられるから。それでいい。それが楽しい。自己満足、最高。

 それに、こうして書くことで、それを宇宙に発信することで、私は私を励ましているのだ。鼓舞しているのだ。「それなら『日記』でいいじゃないか」と言われると、ちょっと違う(ちなみに私は日記も書いている)。きっと“見知らぬ誰か”に読まれる前提で書くからいいのだろう。黒いものをぶちまけないように気を引き締めながら、言葉を選び綴っていくのが、私の、唯一無二の……セラピー???







◆コメント1【2011-03-13 15:04/kanataさんへ(o-wood)】

 お久しぶりです。

 もし、どこかでこれを見られても、お返事はいりませんから・・

 ここから、みなさんの無事を祈っております。

 こんな言葉しか書くことができず、申し訳ないです。




◆コメント2【2011-03-14 14:59/o-woodさんへ(kanata)】

 o-woodさん、私は無事です!

 ニュースでは、恐ろしい映像ばかり流れています。

 もちろん現実ですが、こうして大丈夫だという情報も必要だと思い、o-woodさんのコメントをきっかけにブログをアップしました。

 ニュースのありかた、いろいろと考えさせられますね。

 今回「仙台市若林区」と聞いて、どれだけの人が心配で眠れぬ夜を過ごしていることでしょう。

 私の母も、どれだけ心配したことか。

 心筋梗塞の手前の症状で病院に運ばれ、入院してしまいました(涙)。

 すぐに飛んで行きたいけれど、ガソリンスタンドもほとんどダメだし、余震も怖いので動きようがありません。

 仙台からは、みんな逃げようがない現状です。

 外からわざわざ仙台に取材に入ってくるのに、必要なものは足りず、私たちは移動もできない。

 なんとも言葉にならない気持ちを、連日味わっています。

 それでも、とにかく私は無事です。

 私も「仙台市若林区」ですが、ブログのとおり大丈夫です。

 少しでも誰かの安心に繋がればと思います。

 今、自分ができること。少しずつ考えています。




◆コメント3【2011-03-14 20:24/kanataさんへ(o-wood)】

 あぁ、無事とのこと、本当に安心しました。

 このような大変な時期にコメントの返事やブログのUP等していただき、心より感謝しております。

 お母様も病院へ運ばれたとのこと・・

 どれだけ、みなさんが現地で日々様々な苦しい思いをされているかと思うと、胸が痛みます。

 kanataさんのブログを見て、今も予断ならない状況ですが、遠い私も安心することができました。きっと、みなさんへも希望をもたらす事と思います。

 kanataさん、ご家族のみなさま方

 お身体に、気をつけて、無理せず、なんとか乗り切られる事、ここから毎日祈っております。




◆コメント4【2011-03-14 20:39/o-woodさんへ(kanata)】

 ありがとうございます。

 今こんなに希望を感じられるのは、電気ととにかく水道が復旧したこと、そしてとりあえずの食べ物をなんとか確保できたことにあります。

 一日目から二日目の、あの気持ちは本当に真っ暗なものでした。

 これまでに味わったことがない恐怖です。

 少しでも、できる範囲で、自分が感じている希望を分けることができればと考えています。

 まずは身の回りのことから、今、何が大切か、考えて行動していきたいです。








~【3】へ続く~



いいなと思ったら応援しよう!

湖臣かなた☺︎☞リラックスしてflow♪flow♪(メンバーシップ♡大募集中♡) “はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆

この記事が参加している募集