小説『砂漠を横切るラクダのように』【1】(全13話)
天王星がはじまりの場所である「牡羊座」へと移動したのは、2011年3月12日のこと――。あれから私はどう生きた? もうすぐ(2019年3月6日)天王星は次の星座「牡牛座」へと歩みを進める。……不思議だ。あのときの私は、自分が今、そんな宇宙的サイクルのリスタート地点に立っているなんて知らぬまま、ただ目の前の“現実”を生き延びることで精一杯だったのに……こうして振り返ってみると、“あの日”から続くこの一人きりの孤独な戦いの日々は、まさに私の「天王星×牡羊座時代」そのものじゃないか!!? ――革命の星、天王星。そう、これは私の人生をかけた革命の物語。魂の記録。
※原稿用紙で220枚くらいの作品です。1冊の『本』のように、誰かの心にそっと寄り添えたら……。
そう。そんなふうにこの作品を、ここ“note”に置いて……6年以上のときが流れた。笑っちゃうほど→無表情になるくらい、実感ないし全然届けられていないのだけど……どうやらこの「天王星」、今年の7月7日には次なる「双子座」へと、また1つ、歩みを進めるらしい……(ちなみにそれは私の太陽星座。どうする? 来ちゃうよ?「天王星×双子座時代」⚡︎☺︎⚡︎ 笑)。なので、私の初めての有料マガジンであるこの作品ですが、今回の「#創作大賞2025」のタイミングに乗っかって、全文無料でもう一度、公開してみようと思います♪(今より一人でも多くの人に、届くといいな♪) そしてリポストを試みながら……私も久々に“あの日々”を、心の中に甦らせてみたいと思う。
※全話分のリンク、後日しっかり貼り付けまーす♡ →OK!
砂
漠
を
横
切
る
ラ
ク
ダ
の
よ
う
に
この魔法を最大限に使えるのは――
今、
この“夜明け前”の私。
・1・
「あなたが今これを読んでいるということは、わたしはもう――」という物語のはじまりなら、あちこちに転がっている。確かに、人の心を動かしたければ『悲劇』を利用するのが手っ取り早い。そこには魔力が宿りやすく、言葉は重みを増して受け取られていく。
しかし、今のところ私には『死の予定』は入っていない。……さっそく、がっかりさせただろうか? 冒頭数行、ここで手を止め本を閉じるのも、この先へとページを捲るのも、貴方次第。貴方の自由――。できることなら私としては、他人の人生の貴重な時間を無駄に奪いたくはないから、これから貴方が費やすであろう時間とエネルギーに見合うだけの“何か”を提供できるよう、内なる可能性を最大限にひらく覚悟で誠実にこの物語を綴っていけたらと思うのだが……まずは、その強い意志で臨む決意を、ここに記したい。
そう、いつだって肝心なのは「信頼」を得られるか、それが最初の鍵となる。そして私はまだ、この物語がどんなふうに展開していくのかを知らない。……だから、ここからは内なる湖水に潜り込み、言葉を紡いで紡いで、道すがら、そして最後にどんな景色が私を待つのか――大いなる“物語の意志”に身を委ねてみようと思う。
では、はじめよう。
* * *
【2017-08-12 18:34/まだ獅子座の季節、太陽の季節なんだろう?】
仙台、連日雨。じわじわ雨。まだまだ雨。梅雨明けしたのかどうかもわからぬまま「もう秋なのか?」「このまま秋なのか??」な日々が続いてる。
夏布団のままなので長袖を着て寝てるくらい、冷たく湿った灰色が心にも体にも浸み込んできて……すっかり暗い。じっとり重い。
「まだ獅子座の季節だよね?」
「本当は太陽の季節なんだよね??」
あまりにも元気が出ないので、ブログを書くことにした。
布団の上でゴロゴロしていてもますます暗くなるだけだし、図書館から借りてきた本はもう、2冊いっき読みしちゃったし。熱いお茶で体を温めながら、これを書く。
2017年、スペシャルな獅子座の季節。
「獅子座の新月」が2回もあって、2回目(8月22日)は日食で、さらに8月8日の水瓶座の満月は月食で「ライオンズゲート」ってやつとも重なっていて(ライオンズゲートは7月26日~8月12日まで開いているらしく、MAXが8月8日だったらしい)、しかも8月4日には「私の金星」に現行の金星がヒットして(久々にキラキラしたくて美容院に行ったりした。担当さん、本当にLOVEだ♡)、8月7日には「私の木星」に現行の金星がヒットして、8月8日の満月&月食&ライオンズゲートの日にはドラゴンヘッドが「私の土星」とほぼ重なっていて(@獅子座)、そのドラゴンヘッドと「私の土星」がぴったり重なるのがおそらく今日8月12日の午後で、しかも今日は「私の火星」に現行の太陽がヒットしていて、8月17日には「私の土星」に現行の太陽がヒットし、8月20日には「私の火星」に現行の火星がヒットして、8月28日には「私の土星」に現行の火星がヒットして……。
太陽が乙女座に移動する前に2回目の獅子座の新月&日食があって、8月25日には土星の逆行が終了し、土星はこのまま(12月20日の「土星×山羊座時代の幕あけ」に向かって)射手座で最後の総仕上げ的な時間へと突入するわけで……?
――この「獅子座の季節」をものにする!
――内なるLEOを立ち上げる!
と意気込んでやってきましたよ、えぇ。……だけど、何これ? 何、この感じ??
そうか、新しいフェーズに完全移行する前に、この「これまでの心地悪さ」みたいなものをしっかりと味わい尽くしておけってことか……なんて考えてみたりもした。けどね、全然、光射してくる感じがしないじゃんよぉーーー!!
まじか、世界……。まじなのか、社会?!
ただでさえ「今年一番おもしろい8月!」とか言われていたこの「8月」が、私個人にとっても「かなりスペシャルな8月」だと知り、どれだけ励まされてきたことか(一年前の『星ダイアリー』を見てみたら、やはり星の配置が全然違ってて、本当にこれは今年だけの特別なものなのだな~と感動したのだ)。
“宇宙の流れは完璧じゃないか!”
私の心は奮えたよ。……でも、どうしてだろうね。それを知って、それを励みに日々を意識的に過ごし(そう、行動あるのみ!)、なのに……現実は本当に、相変わらず1ミリも変化の兆しを見せなくて、私はなんだかもう、どんなふうに生きていけばいいのか、何を信じ、何を想って生きればいいのか……わからなくなりそうです。
そして、それは結局「信じきれていないから!」とも考えたりしたけど、こんなにも信じているから、苦しいんじゃないの???
……わっからーーーーーーーん!
わからないなら、そして考えても仕方のないときは、どーーーんと放っておきましょう。きっと、それがいい。天気もこんなに暗くて湿っているしね……。それにまだ「8月」は終わっていないのだ。この「獅子座の季節」だって、次の「2回目の獅子座の新月」だって、まだこれから。まだまだまだまだ、未来は変えられるかもしれない。
……呼吸が浅いね。押し潰されそうなときほど、深い呼吸ができてない。
まだまだまだまだ、未来は変えられるかもしれない。まだまだまだまだ、未来を変えたい気持ちは、この情熱は、死んだりなんかしないはず!
「そうだろう?」
そう問いかけるこの声に応えてくれる人は、世界は、いつやって来るのだろう?
【2017-07-09 18:52/山羊座の満月、私は新しいフェーズに移行する】
七夕の夜、寝る前に思ったのは「願いたいことは、願うより叶えろ」ということと「叶えたいことなら(今夜に限らず)毎晩願ってる」だった。去年の私はあんなにも願いたい気分だったのに、今年の私はすでに新しいフェーズの中へと移行しつつある。
もう、願うだけで満足してるなんて、古い。これからは、叶えて生きる時代。
もう「叶う」って決めちゃって、そのための「今」を生きるのだ。叶えた未来の自分のために、しっかりと今、準備しておきたいから。
そうして迎える、山羊座の満月。冥王星と重なって、私の場合「私の月」とも重なる。なんだかとっても大事にしたいポイント。
だから昨日はがっつりと部屋の片付けに取り組むことができたし、そんなふうに意識的に過ごしていると「宇宙の流れをキャッチして、正しいことをしている」って気分になれて、そういうのって、眠る前もとってもいい気持ちになれる。
――行動が伴わない夢なんて、きっと偽物。
“これからは本物が残る。誤魔化しはきかない”というのが本当なら、私は振り落とされたくないから、新しい世界を生きていきたいから、叶えて進む未来を描き、目の前の日々を生きる。重ねていく。
何にフォーカスして生きるか、それが個々の未来を変えていく。そう信じるのは、こんなにも自由。そして、想像する力と同じくらい(それ以上に?)無意識の力って大きいはずだ。
世界はどんどん二極化しているらしいけど(そしておそらくは「二つ」だけでなく、異なるフェーズが何層にも重なって?)恐怖で社会を見つめれば、誰かが言っているような未来が広がり、私たちは無自覚にそこに呑み込まれていくのだろう? そういうのって、超絶ダサい。私は目覚めて、信じる道を探そう、進もう。
そうだ。じわじわとトランスフォームしてきた「自分」を信じてる。「宇宙」も「世界」も、信じられる。……では「社会」は???
この「山羊座の満月」に思うこと。それはきっとこの先の「土星×山羊座時代」へと繋がっていき、さらにその先の世界(水瓶座そして魚座へと“真のユートピアは訪れるのか?”とか)を創造させる。私は「信じられる社会」のある世界へと、進みたい。
やりたいことをやって、生きていくぞぉーーー!!
きっとそこには仲間とかチームとか、信頼できる人間関係が広がっている。
どんな世界を、社会を、想い描き、行動していくのか。そのための「今」を、どう生きるのか。想像と創造。
この山羊座のゲートを抜けて、本来の山羊座のエネルギーを取り戻し、「封印解除!」とか言っちゃいながら、新たなフェーズへ!!
「私は行くよ!」
※今、初めてのヘナ染めをしながら(セルフで。思ったより難しかった! 初めてだからね。そして、オーガニック・ヘナ、めっちゃ抹茶のにおい!)。こんなふうに「ケミカルなヘアカラーはもうしない!」と決めたのも(決めてからしばらく経つが、今年に入ってから急激に白髪が増えた……)私のトランスフォームの1つのあらわれだろう。冴えた頭で生きるため、できることはまだまだあるし(内から外から)私は自分の「脳力」をもっとアップさせていきたいんだよねー。
*
部屋の中が暗い。最後に太陽の光を感じたのはいつのことだったか。テレビでも「この夏、特に東日本の太平洋側では日照時間が例年の半分にも満たないところが多い」などと報じていたが、本当に……昼間でも電気をつけたくなるくらい窓の向こうは決まって灰色。天気予報の太陽のマークさえ、ここしばらく目にしていない。雨が降っていなければラッキーで、降っていないと思っていると霧雨が細かく舞っていて、太陽のあの真っ白い光は分厚い雲に遮られたまま、肌寒いほどの湿った日々が続いている。
とは言え、私の場合は基本的にずっと家にいるのだから、それほど支障があるわけではないが。困るのは洗濯物が乾かないことと、とにかく気分が沈むこと(今年の夏は自殺者が急増するんじゃないか?)。だけど、獅子座の季節が終わろうとしている今、私はこうしてまた「新たな物語の立ち上げ」に着手することができたのだから、これを完成させるまではきっと、しぶとく生き延びようとするだろう。
そう、この“うんざりするような沼の底”感ならもう慣れっこなのだ。
ひたひたに浸りながらでも、抜け出せることを信じて、夢みて、這い上がろうともがき続けることができる。もがき続けることをやめたときが「死ぬ」とき。この沼のようなものに完全に身を預けたときが、私が人生に負けるとき――すなわち「死」だ。
だから何度絶望しようと、そのたびに底辺を覗き込むことになろうと、私は浮上する。
ここから抜け出し、光を浴びるために。
風を感じ、向こうに広がる景色を見たいから。
*
【2017-05-28 18:17/38→39 未だ「夜明け前」】
5月がびゅんびゅん過ぎていく。今年の誕生日は雨だった。
暗くて、じっとりしていて体が重くて、気分もいまいちで。気分なんて、天気に関係なく好きなように設定しちゃえばいいのに、簡単に雨と湿気と暗さに引っぱられる。だけど悔しいから、なんとか街へ。
今、一番に欲しいものは、どこにも売ってない。
お金で買えるようなものじゃないから、苦しい日々。
……おかしいよね、苦しむために選んだ道じゃないはずなのに、本気になればなるほど、真剣であればあるほど、お気楽な「希望」みたいなものからは遠ざかっていく。
イギリス生まれのカラーセラピーと出会って夢中で学んで、サロンを開業してあっという間に閉じて、再就職に追われては辞め、追われては辞めを繰り返し……。震災があって、契約更新するつもりでいた仕事を結局また辞めることにして、セミナーやってみたり、カウンセリングやってみたり、とにかく「今の自分にやれること」を精一杯、考え、行動し、何度も何度も玉砕し……。結局どれも『仕事』にはならなかった。
「私がやりたいことは、お金を稼ぐこと(商売)じゃない」と思っていたから、自己価値とか、自分が提供するサービスの価格設定とかを私は低く見積もりすぎていたのだと今ならわかるけど。本当に、どれも『仕事』としては成立しなかった(そう、意外と人は「良心的な価格」を求めているのではなかったりする。まるで「そこそこ高い金額」を支払うこと自体に価値があるかのように、自分のためにお金を使うことを求めていたりするものなのだ……と気づいたときには遅かった)。
だから、いつだって『お金』の問題に引き戻された。何度も何度も、もう嫌ってほど向き合わされて、そのたびに信念に背いてバイトを探し、働いては「やっぱり無理!」「自分の道で生きていきたい!」で、最終的には短期の(期間限定の)バイトの良さを知ることにはなったけど――。
「小金を稼ごう、稼がなきゃ」という考えを、私はもう捨てたのだ。
「私はこれで生きていく、生きていきたい!」と、それを自分に許すことにして、完全に自分の人生から『お金』にまつわるあれこれを放棄することにして(もう全部、夫に丸投げ。「私のことは猫だと思ってください」だ)、そうして『お金』に対して無責任になることを決めたら、いっきに『お金』のことを心配したり不安になったりすることがなくなって、本当に不思議なくらい楽になった。これからは「自分の道に集中!」だ。
わがままに貫くのだから、自分への礼儀としても家族への礼儀としても、真剣に挑むこと。成功すること、名前や存在が知られること、たとえば“大金を手にすること”だって、全部「恐れ」は手放します! 「叶う」という現実に、最大限の可能性に、自分をひらきます!
そうして「信じる」の先、「知っている」の向こうにまた「信じられるか?」の大きなゲートがあって、無心になって、無心になって、それでも焦りは生まれてきて、「少しくらいの焦りさえ、OK! 全然大丈夫!」の向こう側。さらなる先。
“APPLAUSE! APPLAUSE!”
「そうだ。私はもう、世界に愛されてしまおう!」なんて思ってみても、誰にも祝福されているような気がしなかった、バースデー。
――欲しいものは、ここにはない。ここにはない。ここにはない。
「だから、叶える。叶えて、進む!」
リピート、リピート、リピートだ。
『夜明け前の空が、もっとも暗いのです』
もうずっと暗いまま、つづく道。
明けるのか? 明けるなら、耐えられるんだけどな……。わからないから、苦しい。
「明けなかったら?」は考えない。言葉にしない。
苦しくても、今の苦しみを丸ごと味わって、未来を見つめることをやめない。そのための「今」を生きる意志を、捨てない。……どうでもいいけど、「~ない」の否定形で意図するのは良くないって聞くけど、今はそんなのどうでもいい。
“サンキュー! サンキュー!”
39になったよ、30代の最後の一年に突入してしまったよ。
38歳は、とにかく疲れた。全力出し尽くした。
「種は実を結ぶのか?」
知らないよ。結ぶと信じてやるしかないでしょ。
やったよ、私の全部で、やり遂げたよ。
そうして続けていくのだろう――?
現実は変わらず、まだ「もうずっと暗いまま、つづく道」の中だけど。叶うかどうかもわからないような『夢』みたいなものに手を出したのは自分。それを求めているのは私自身で、叶えられるのも私自身。
答えはまだ出ていないのだから、この道を、あの星に向かって、進み続けよう。
苦しくなったら、こんなふうに吐き出して、何度でも立ち上がって、貫く。生きる。生きていく。
それしかないわけじゃなくても、そうしたいから。
そうしたいってことが、もうわかっちゃってるから。
“あ、ほら。今、窓から西日がギランと射してきた!”
がんばれー。踏ん張れー。宇宙が応援してくれている。
それを感じられる限り、まだまだやれるはずだ。
~【2】へ続く~
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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆