小説『砂漠を横切るラクダのように』【11】(全13話)
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1つの星座に二年半ほど滞在する土星が蠍座に位置していたのは2012年10月6日~2014年12月24日。そこから一度、射手座へと歩みを進めるのだが逆行し、2015年6月15日には再び蠍座に戻ることになる。
土星というと「社会」とか「責任」とか堅苦しい大人の世界のイメージで、お子様気質の私にはなかなか捉えられないような厳しさと重々しさを感じていたのだけれど、「この社会の中に自分をどう立たせるか」を真剣に考えるようになったとき、タイミングを合わせるかのように「土星の動き」にも意識が向くようになった。
そうして振り返ってみると、私の「土星×蠍座時代」は自分でも笑いたくなるほど露骨で、“よくわからないけれど本当に、流れってあるものなのね~”と感心するばかりだ。おかげで今の自分の輪郭も不思議とハッキリしてくるから面白い。
《2012年10月6日~2014年12月24日》
震災を機に仕事を辞め「やっぱり自分の道で生きていきたい!」と試行錯誤のチャレンジを続け、想い描く理想と現実の狭間で何度も玉砕しながら結局「もう一度働こう」「とにかく稼がなきゃ」ということになり……。
短期のアルバイトとして再スタートをきれたのが、ちょうどこの《2012年10月》。しかし契約更新することなくあっさりと三ヵ月で辞め、《2013年》には春と秋に2回、また短期のアルバイトに身を投じ(その合間に祖母の体調悪化で実家に戻り、強烈な癒しを味わい、反動でぎっくり腰になったりして)、休息の年末から一転、北海道への移住計画が持ち上がり(そう、そんなこともあったのだ)、その移住計画の失敗から幕をあけたのが私の《2014年》だった。
無い袖は降れなくて――(移住先での仕事が確定していない状態でアパートなどを借りるのはとても難しく、なんとか契約できる物件を見つけ審査も通過し、あとは最後の書類を送るだけ……と安堵していたら、見積もりを取った引っ越し費用がまさかの「25万」。長距離の引っ越しだとトラックが「2トン」か「4トン」で、いくら小さなサロンだったとはいえ処分していない店の荷物があったりして「2トンじゃ無理ですね~。割引しても4トンだと25万です」と圧倒的な予算オーバーで。ペシャンコに打ちのめされた私たちにはもう「数日中に荷物を減らしまくって再見積もりしてもらう」というパワーなど残っておらず、泣く泣く見合わせることになったのだった)――結局はまた『お金』だった。
こうして『お金』というものに嫌というほど向き合わされ、吐くほど考えさせられたのが“私の「土星×蠍座時代」の前半戦”ということになるのだろう。
そして勝負はここから後半の“真実の戦い”へと移り変わっていく。
移住計画が泡のように消えてしまったこの冬。寒さとともに気力も生命力も低迷していく中、深夜のオリンピック中継だけが私の救いとなっていた。見ているだけで底冷え感が増すような雪山や氷の世界の映像は、廃人と化しつつあった私の心を夜な夜な温め、こちら側へと繋ぎ止めてくれていた。
そうして這うように《2月》を生き延び、《3月》からは『本』に支えられて日々を過ごした(車から自転車生活になり、好きだった県立図書館はすっかり遠くなり……しかし近くの図書館には何度建物の前を通っても立ち寄る気になれなくて。そんなとき、自転車で前を走っていた女性がスーっと駐輪場へ入って行く姿に導かれるようにして、なぜか私はその高齢者の溜まり場のような図書館に足を踏み入れたのだった)。
『物語』はいつだって私を別世界へと連れ去ってくれる特別な入口なのだ。どんなにボロボロに弱っていても、その中で心を羽ばたかせている間、私は自分の胸の高鳴りを感じることができる。ページを捲るたび、ポトリ、ポトリ、何かがチャージされていく。消えかかっていたものを思い出す。取り戻す。そして、蘇る――。
動き出したのは《7月》。図書館通いがふいに終わり、気がつくと“一人遊び”のように、はじめていた。そんなふうにいつの間にか夢中になって取り組んでいる自分を私自身、最初は不思議な目で眺めていたと思う。それが《8月》になると「いよいよ、これだろ?」に変化を遂げ、私は小さく決意する。
「なんとかしようとせずに進め!」
そうだ。私がこの人生でなんとかしたいのは「金」のことじゃなく、自分の夢とか可能性とかを「実現」させることなんだ。これ以上、金のことに振り回されて貴重な時間を損ないたくはない。ここからはもう「お金のことを“なんとかしなきゃ”」と考えることをやめ、金との戦いを丸ごとポイっと放棄して、短い人生の中の「今」という時間を自分のために使うことを、本気で自分自身に許可し、与え、実行することにしよう――。
そこには覚悟が必要だった。「選ぶ」ということは、一方を「捨てる」ことでもある。そして選び取った結果、私は「目の前の人生」と「これからの未来」にますます真剣になる必要があった。それは、私の選択を尊重してくれた家族への礼儀であり、自分自身への礼儀でもあった。
――この取り組みは実を結ぶだろうか?
わからない。ここで時間を使っても、新たな道がひらける保証なんてどこにもない。だけど、わからないからって諦めている場合じゃない。やってみないことには何もはじまらない。そして、どんなに壁にぶち当たって血だらけになろうとも、この人生で輝く自分を見つけたいと願うなら本気の勝負に挑み続けるしかないのだ。本気で勝ち取りに行かないことには、一生かけても目指す場所には辿り着けない。こんな生き方しかできなくても、この人生を貫きたい――。
気がつくとそこは新しい道の上。
先へ進むには“光の側面を生きること”への覚悟が必要。
そして私はここから、魂の真実を試されるような挑戦の日々へと突入していく。
《2014年12月24日~2015年6月15日》
土星がいったん射手座へと歩みを進めた《2014年の年末》、さっそく私に突きつけられたのは1回目のチャレンジが失敗に終わったという事実だった。
そのショックのためか、年が明けてから二度も熱が出た。どちらも38度超えだった。
「今度こそ見つけた! 私が人生かけてやりたいこと・やっていきたいことは、これなんだ!」と確信を深めつつあった私は(もちろん過去でも毎回そう信じてやってきたわけだけど)、そこに“辿り着けた”という感触に舞い上がりすぎていたのかもしれない。ここに至るまでが長い長い道のりだったから、この「これだ!」を手にすることさえできれば(私はそれをずっと探し求めてきたから)、あとはスムーズに道がひらけていくものと夢見ごこちで考えていたのだろう。そして今回のチャレンジは過去最大の集中力と真剣さで取り組んできたものだったから、私には無邪気な「自信」があったのだ。
だから同じだけの無邪気さで「この先もう、何を信じて生きていけばいいのかわからない……」となるくらい落ち込み、簡単に「こんな人生が続くのなら、今すぐここでやめてしまいたい……」と絶望し、打ちのめされた。
――本当に、このまま進んでいく覚悟があるのか?
1つ目の扉は高く分厚い壁となり、私に問いかける。
高熱の中、私は何度もイメージしてみた。
紫色の炎が、私の悲しみや恐れや怒りをすべて焼き尽くしているのだと。
それは錬金術の炎。私はまた「新しい私」になる――。
そうして私は知るのだ。全力でぶつかって、身も心も玉砕して「これでダメなら、もう終わりだ」と嘆き苦しんでも、慣れ親しんだ沼の底で分析・分析・分析を繰り返し、頭を冷やし、心を癒して、「やっぱり、ここで終わりたくなんかない!!」と浮上するならば、そこには必ず「次の扉」が待っている(不思議だった。キラキラのヴィジョンは、何度粉々に砕け散ろうと私の中に復活してきた。新しい、より具体的な形をとって)。そして、そのためには「クールな分析」と「消えない情熱(というより欲望か?)」が必要不可欠であることを。
「求め続ける限り、それは目の前に現れる」
だから、私は何度でも動き出すことができるのだろう。
この純粋な「信じる心」を失ってしまったなら、その瞬間に負けは決まる。
頭を使って、しっかりと体力も蓄えつつ、どんなにゴールに“ひとっ飛び”したくても、コツコツコツコツ行くしかなくて……。
だけど――それからの日々、私は感じることになる。こうして全力で挑戦できているということがもう、一つの大きな「チャンスの中」なのだ。それは、自分で人生かけて本気で掴み取りにいった結果でもあるし、その覚悟を理解した家族が私に与えてくれた時間でもあって、とにかく私はもうすでに「大きなチャンスを手にしているのだ!」と。
そして反芻する。……そうなのだ、たぶん。まずは自分が本気で「欲し」、それに人生かける「覚悟」をし、そんな自分を自分で「許し」「認め」、その道に進む「決断」をし、この魂の「決意」を世界や宇宙に向かって堂々と「表明」して、そこで初めて、それに取りかかる「チャンス」が与えられるのだ。その先に広がる未来を想い「チャンスを下さい」と願いながら人は懸命にエネルギーを注ぎ込むわけだけど、結果の向こうに「チャンス」の有無があるのではなく、何かに全力で取り組むことがもう「チャンス」の中。自分の大きな可能性に挑めるということは「ラッキー」なことなのだ――。
それでも結局、ここでの2度目のチャレンジも実を結ぶことはなかった。
今となれば……土星がいったん射手座へと歩みを進めたこの時期は、いずれやって来る「土星×射手座時代」の“予行練習”みたいな時間だったのだと思える。
私は未来に胸を膨らませ、自分のイメージを眩い光の中に立たせて、一人きりの孤独で自由な「挑戦」に没頭することができた。そしてクールにタフに、情熱を注ぎ続けた。
《2015年6月15日~9月18日》
そうして忘れ物を取りに行くかのように再び土星が蠍座へと戻ったとき、私は緊急入院してしまった母のもとへ駆けつけるために実家に帰省したばかりで、この《6~7月》のほとんどを母の付き添い(入院→転院→手術→術後の日々)に捧げることになった。
――そこで私は何を得た?
――報われなさを味わい尽くしただけじゃないのか?
献身的に母を支えながら、人間の心と体、そして自分の中の天使と悪魔に向き合っているうちに、私の《6~7月》はどこかへ吸い込まれるかのように消えていき、それでも私は「今の自分が捧げられるものすべて気前よく提供しよう」と決めていたから、ハードな毎日でも“母のナイチンゲール”に徹することができたのだと思う。
私は知っていた。どんな状況でも「捧げる・与える」だけでなく、同時に「受け取れる・与えられる」ものがあるはずで、自己犠牲や偽善の精神では自分も相手も満たすことなどできないはずなのだ。だから、相手のために無理をしてがんばるのではなく、自分のために――いつかどこかの時点で後悔することのないように、今の自分が“すべき”と思うこと、“したい”と思うことを、精一杯に(しかし自分自身が潰れてしまうことのないように)捧げようとすることが大切なのだと。
それでも……私の失われた時間は永遠に戻ってこないし、母が劇的に復活していくのと反比例するかのように家族は(特に私は)どんどん消耗していった。この「人生の一部を奪われてしまった」というような感触も、なかなか薄れてはくれなかった(それを承知の上で私は自分の時間を差し出したわけだけど)。そして「自分の心や体を大事にしてこなかった結果、こんなふうに自分だけじゃなく、他人の人生をも奪うようなことが起きたりするのだ」ということを、私の実家の人たちは未だに理解できていない。私が捧げたものの「本質」みたいなものも、母にはきっと届いていないだろう。
だけど、私は“それ”が母のあの驚異的な回復力に少なからずの影響を与えたと信じているし、たとえ母を見舞ったすべての人たちが本当にはそのことを理解せず、母一人の回復力と医学の力によって無事退院に至れたのだとしか思っていないとしても――私は私の成したことを、勝手に誇ろうと思う。そして、母の心の中から「私との日々」があっけなく消え去ってしまっても、私は“自分が捧げたものが母の「肉体」には確かに届き、細胞レベルで刻まれたであろうその記憶はきっと消えないのだ……”ということだけ見つめていようと思う。
そうして平穏な日常生活へと舞い戻り(実際はバタンと倒れ込みそうな状態で)、心と体をメンテナンスしながら再び一人きりの挑戦に取り組んだ《8~9月》。
そう。母に捧げることによって得られたはずの“何か”が私の中の“過去の何か”を終わらせて、それによって私はまた一皮も二皮も剥けることができたのだろう。よりフレッシュに、これまでの何倍もの感謝と喜びに満たされながら、実感していた。
――夢中になれることにエネルギーを注ぎ込める自由って、本当に最高!
――だからこそ、この先へ! もっと深く潜り、もっと高く飛ぶために!!
私は密かに温めていたことを、言葉にする。
「ここからはもう『叶う』って決めちゃって、進んでいこう!」
何度も何度も玉砕しているくせに、そのたびに「もうダメだ。今度こそ終わりだ」と落ちるところまで落ちるくせに、気がつくとまたはじめている。さらにタフに、より一層の確信をもって“これじゃないなら、次はこれ……”と、ハードルを下げるのではなく一段上げて。
――こんなにも鍛えられちゃって、どうするつもり?
――それだけの未来を、私は私に用意してるってことさ。
勝手に思う。信じることなんて、こんなにも簡単。心ひとつ。
だけど私は『有言実行』したいんだ。人生かけて証明したい。
この生き方を貫いていけば、やっぱり叶うんだっていうことを。
そして――これらは全部、私を新しい「土星×射手座時代」へと導くための『鍵』とか『チケット』になりうるものなのだろう――こうして少しずつ掘り起こしてきた宝物を手に私は、さらなる挑戦を続けていくのである。
~【12】へ続く~
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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆