小説『砂漠を横切るラクダのように』【12】(全13話)
* *
「私の星座は乙女座です」というとき、それはその人がこの世に誕生したときの「太陽」の位置を示していることになる。だから正しくは「私の太陽星座は乙女座です」であり、それは「私が生まれたとき、太陽は乙女座のエリアにありました」という意味になる(ちなみに……例えば自分の「月星座」を答えられる人は、どのくらいいるだろう?)。
空を見上げて、ホールケーキを12等分するように区切れば、ぐるりと一周(1エリア、30度ずつの)12星座の部屋が並ぶことになる。それらは「サイン」などと呼ばれ、それぞれにストーリーがあり、特徴的なキーワードなどが割り当てられている。そしてその上を太陽や月、惑星などが移動していることになる。
――すい、きん、ちかもく、どってん、かいめい。
――すい、きん、ちかもく、どってん、かいめい。
私たちは「太陽」と「月」以外にも、自分が生まれたときの「水星」「金星」「火星」「木星」「土星」「天王星」「海王星」「冥王星」などの位置を知ることができるのだが、それらを学校で習うことはまずないはずだ。
さらに、生まれたときの場所と時刻がわかれば、各星座に30個ずつある『サビアンシンボル』というものまで調べることができるのだが(今ではインターネットで簡単に)、私がこれら宇宙の情報を知り得たのはいつのことだったろう。
とりわけ私の土星のサビアンシンボルは、ここからの人生を象徴しているようで奇妙に印象深く、しかしまさかこうして(こんなにも)励まされることになろうとは、この頃はまだ思ってもいなかった。
2015年9月18日、土星が本格的に射手座へと移動した日。
私は未来のヴィジョンを胸いっぱいに広げながら、静かに燃えていた。
“今日から2017年12月20日まで、私たちは「土星×射手座時代」という新たな時間を生きることになるのだ……!!”
これまでの人生と、これからの人生。過去と未来を結びつける「今」に、私は意識的でありたい。創造的に、オープンでありたい。……それでも、どんなに「とにかく今、全力で!」と真剣に取り組んできても、時間は確実に過ぎていき、私は相変わらず“ここ”にいる。ここでやめたら、想い描く未来は絶対にやってこない。それはこんなにも明らか。そして叶えられない限り、未だ1ミリも変化しない(その兆しすら見せてくれない)この「現実」が、このまま一生続いていくことになるわけで……それを思うともう、もう、もう!! 叫び出しそうになってくる。だから、実現させたければ「今やるしかない!」で、どこまでいってもその繰り返し……。
そんな私に「射手座」は勇気をくれる気がする。
“心の奥の深い場所”から“もっともっと外の世界へ”――。
広がっていくこと、拓いていくことを、恐れていた私はもういない。
「世界を信じたい」という気持ちと、「自分のことは信じてる」という確認。
ノックし続けてきた扉の前に、私は立っている。
夢みる力に運ばれて、ここまで来た。
でも、ここがゴールじゃないことはわかってる。
私が立ちたいのは、ずっと探してきたのは、スタートライン。
私が開きたいのは「夢を叶える、実現させる」という扉で、私が行きたいのは、夢の向こう側。現実に夢を生きる世界。描いた夢を、この世界で実践していくこと――。
試したい。もっと世界を遊びたい。
この挑戦を成功させ、貫いてきた人生の先を見たい。
2017年12月20日、そのとき私は「39歳」。
“40代の自分を、このヴィジョンの中に立たせるために――”
ここからが私の大いなる移行期。
リハーサルから本番へ、幕を上げろ!
* *
三度目のチャレンジがまたも失敗に終わり(こんなにも、こんなにも、こんなにも、自分の中では変化と進化と成長と、ぐんぐん上昇してきている感触があるのに!)ボッキリと心が折れる音がして、それでも洗濯機を回し、掃除機をかけ、洗濯物を干し、食べたり飲んだり出したりしながら、同じ景色の中。テレビさえつけなければ、死んだように穏やかな日常で。「えぇ、平和ですよ。自由を満喫させてもらってますよ。日々感謝し、夢を想い描き、追い続けていますよ。……でもね、私、もっと燃えるように生きたいの!!」なんて吠え続けて、さすがに負けそうになって、投げ出したくなって、「もっともっと、がむしゃらに喰らい付いてやっていかなきゃ? こんなふうに落ち込んだり愚痴ったりする暇もないくらい次々と、目の前の瞬間に無我夢中になって?? ……わかんない。わかんないよーーー!!(どこまで近づいてる? 何が足りてない??)」といくら世界に問いかけても、どこからも返事は聞こえなくて。
それでも起き上がり、四度目の創作に取りかかりはじめたとき。
「それにしてもこれまでは、実に簡単に仕上げようとしてきたのだな……」と気がついて、これからは『時間』を味方につけようと悟った。
そして思い至ったのだ。
「もっとシンプルに、そして純粋に、やりたいことを、やりたいように、やろう!」
そんな単純なことを、すっかりと忘れていた。アホみたいに真面目な顔をして、難しいことを考え続けて。だけど――。
自分の中からどうしても湧き出してくるこの愛おしくてたまらないぐにゃぐにゃとした塊を、全部丸ごと全力で取り出すための時間なら、こんなにもここにあるじゃないか!!
だって私は今、こんなにも自由なのだから。
それを欲し、求め、こうして手にしているのだから。
「さぁ、またここから! 楽しむぞ、もっともっと夢中になって!」
38歳の誕生日を迎える少し前。夜中に射手座の満月を見上げたら、近くに火星と土星も輝いていた。「あれが土星か~」と意識してこの惑星見つめたのは、たぶん初めてのこと。惑星を意識するようになると天体望遠鏡が欲しくなる。
『ハロー、未来の私。めげずに今日も生きてますか?
こちらの私は現在「37」のゴール目前、最後の直線を爆走中です。
この「37」の年までに私は、想い描いていることの1つくらいは叶えられるものと思って(そして「叶えてみせる!」と思って)生きてきたけれど、いつだって本当に、人生というものは甘くないのね。ナメ腐っていた自分を思い知らされてます。
だけど、夢を描き、魂燃やして生きなくちゃ、何1つとして実現させることなどできませんわな。簡単に捨て去ってしまうことなく、遠くの星々を眺めるような気持ちで、いつだってそこにまだ見ぬ希望を感じながら、じりじりとやっていくしかないのだと、ようやく腹に沁みてわかってきた今日この頃です。
いろんなことを、簡単に済ませよう、済ませられる、そんなふうに考えていました。スピーディーなのが好きだから。だけど、そんな簡単にサクサク進められるようなことを「魂の目的」みたいなものに設定してくるわけないか。
それでも、自分の中で輝くこの“想いが強ければ簡単に叶えられるはず!”という無邪気でまっすぐな「信じる力」は、決して失いたくはない。失うことなく、じりじりと進む持久力みたいなものも身につけていきたいなと、コツコツ筋を鍛えながらの相変わらずの創作の日々であります。
~2016年5月の私より~
追伸
最近読んだ本に書いてあったんだけど、誕生日に“月”が生まれたときの場所に戻ってくるサイクルは「ほぼ19年」なんだって。だから、もうすぐ迎える「38回目」のバースデーには、太陽と月の両方が、生まれたときと同じ星座の同じ角度に位置することになるらしいぜ(あとは「57」「76」「95」か……)。
ここから次の「57回目」の誕生日まで一つの大きな流れがあるとしたら、今回の「37」のゴールラインは、新たなサイクルへと突入する「38」のスタートラインでもあるわけで、そう考えると今度の誕生日は祝福に満ちているな!』
数年後に振り返ったとき、おそらくこの「37」の一年は「地味だけれど、確かに見えないところで大きな変容を遂げたのだ」と実感できるような、特別な場所に位置しているはずだ。
私はようやく理解することになる。
――簡単に手に入るようなものを、私が欲するはずがない。
――それは心からしっくりとくるような、私にぴったりのもの。
――そして全部丸ごと、私にとってパーフェクトな展開でやってくる。
――だから、中途半端なものを欲している限りは、叶わない。
答えはとてもシンプルだ。
「本当に“全部”叶うとしたら、何を望む?」
受け取る覚悟があるのなら、それに見合うだけの“準備”が必要というわけだ。
* *
こうして私は初めて、具体的な目標も期限も設けずに「ゴールに合わせて完成させるのではなく、完成した場所がゴールなのだ」と気持ちを根こそぎ入れ換えて、過去最大の創作活動に臨んでいくことになった。
時間をかければかけるだけ、届かなかったときの絶望は救いがたいものになるだろう。
それでも――“これが正しいやり方なのだ”と私は不思議と確信に満ちていた。この目の前の「自由」の中で、存分に自分の可能性をひらいていくこと・追求していくことこそが、命に対する真の「謙虚さ」なのだと感じはじめていた。
それからの半年、私は短距離ランナーを長距離ランナーへと改造するように、これまでは数ヵ月で仕上げていたペースをぐんと落とし、じっくりと腰をすえて、1つ1つ丁寧に作り上げていくことを心がけながら歩みを進めた。そんな私を、少しずつたくましくなってきていた私の中の「コツコツ筋」が支えてくれていたと思う。そこに新たに「緻密さ」と「完成へのイマジネーション」が加わって、私の意識は「やり尽くすこと」から「やり遂げること」へと成長していった。
今までの自分なら、このあたりで「完成」に向かい浮き足立っていたことだろう。
しかし、ここで私は立ち止まる。
――簡単に「完成させよう」という気になるな。
――ますます本気に、もっと頭も使って、より完成度の高いものに仕上げろ。
自分の中の「大いなる達成」に向け、どこまで本気で現実的になれるのか、ぐぐっと深く考えさせられるようなタイミングだった。
そうして「練り上げること」「磨き上げること」へと意識をシフトチェンジすることに成功したとき、再始動した日々の中で私はまた新鮮な楽しさと難しさ、それを乗り越えていく面白さを味わいながら実感するのだった。
「自分の時間を生きている!」
意図的に過ごそうとすればするほどカレンダー的時間感覚は薄くなり、40代の自分を想い描く未来に立たせるためには本当に「今」の「毎日」が勝負で……。コツコツコツコツ、じりじりじりじり、手を抜かずにやり続けて、やり尽くして、やり遂げて……。そうだ、もう知っている。欲しいものを大きく描けば描くほど、準備は大変なのだ。だからこそ、『時間』を味方につけること――。広い視野と心で最大限の可能性に自分をひらき「一番に欲しいもの」を真剣に考え、それを星みたいにぽーーーんと掲げて、そこに向かって現実を進んでいく。その日々は実に地味だ。だけど……“「私はさらなる宝を掘り起こそうとしているんだぜ!」ってこと、私以外に誰が信じられる?”である。
だからとにかく日々実行。目の前の現実を、今は全然変化のないこの毎日を、消えない情熱とともに、ますます高めながら生きていく。なぜなら、ここはまだ「土星×射手座時代」の中だから。最高に孤独で最高に自由なこの旅は、まだまだ終わらない。
この作品(四度目にして初めて、そう呼ぶことを許された気がする)を仕上げるのに、私は約一年分の時間とエネルギーを注ぎ込んだ。
2016年の冬至を越え、季節は2017年の春分へと向かっていた。
それがそこに現れるまでは“どこまでいっても「完成」なんてしないんじゃないか?”と思っていたのに、それがやって来たときにははっきりとわかった。
「とりあえず、これが今の私の全力の結晶。完成だ!」
あの手応え。忘れない。紡いで紡いで、磨いて磨いて――“ひとりの限界”と“ひとりだからこその自由”の両方を、今の自分の極限まで引き出して――、私は体験したのだ。
これからは、これが「基本」になるのだろう。
――私はここを越えて、超えて、いけるのか?
――いくよ、私は“今の私”を更新し続けていくのさ。
この“今の私”こそが、未来の自分のライバル。そして、ここはもう真実の道の上。
このまま遠慮なんかせず謙虚に、パワー全開で自分の人生を全うしよう!
~【13】へ続く~
(次回、いよいよ最終話です!)
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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆