小説『砂漠を横切るラクダのように』【8】(全13話)
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カラフルな色の光で、あなたの心を照らし出してみませんか?
“じっくりと自分の内側と向き合える”そんなセミナーや、
リラックスしてゆるゆると『色』を体感しながら楽しく学ぶ
少人数制ワークショップなど、気ままに開催しています。
また「誰かに話を聞いてほしい」「一歩踏み出すためのきっかけがほしい」
そんな気分のときは、気軽に個人セッションの申込みを。
1回目のセミナーが開催されたのは2011年11月、月曜日の夜だった。
驚くほど順調に予約が埋まり、キャンセル待ちまで出て、当初は「20人」を予定していた定員数は「24人」へと変更になっていた。一人でやろうとしていたら……こんなふうにスムーズな展開、どう考えたって実現できなかっただろう。自分の企画に見知らぬ誰かが興味を持ってくれて、お金を払って申し込んでくれて、そうして人が集まって、本当に開催できることになるなんて……その一連の現実が夢みたいに嬉しすぎて、不安や恐怖など少しも湧いてこなかった。全力を尽くそう、愛を込めよう、ハートで繋がろう、と夢中になって準備を進めた。
そして90分――、あんなにも「完全燃焼できた!」と感じられたのは、人生で初めての経験だったと思う。意外にも最初は緊張して声がなかなか定まらず(腹に力が入らないのだ)資料を持つ手も(勝手に)震えていたが、そんな自分を客観視しながら徐々にペースを掴んでいった。センタリングするということ、心から話すということを身をもって学べた空間だった。楽しかった。
しかしやはり体には力が入っていたのだろう。家に着くと肩から背中までがバキバキに固まっていて、その日の夜は頭が興奮状態でなかなか寝付けなかった。達成感よりも「次の一歩へ、また進むぞ!」と高まる意欲で、内なる炎はメラメラと燃え上がっていた。
そうして翌日、先方にお礼のメールを送ったところ(感謝の気持ちに次回開催への熱意を添えて)、すぐに2回目のセミナー開催日が決まったのだった。
「カラーセラピスト」でも「カラーカウンセラー」でも、肩書きなんて何でもいい。
これまで私が夢中になって学んできたこの『色』をツールに、ひとりひとりが自分の心と向き合って、ちょっと前向きになれたり安らぎを感じられたりするような「自分のための時間」を提供できないか、そんな「場」を作れないか――。
地震後の“ただ生きるだけで精一杯”のような日々の中、人との「繋がり」や「絆」、その大切さというものを耳にするたびに、いつも「ここでは誰とも繋がれていない」という壁を感じながら、それでも“何かできないか”と想い続けた私が、ようやく手にした……これは神様が用意してくれた、特別なマイルストーンだったのかもしれない。
つまり、ここから先はまた自分の実力次第。奇跡はそう何度も起こらない――?
2回目のセミナー(最初のセミナーから一ヵ月後の同じく月曜日の夜だった)こそ満席だったが、年が明け、2月に開催した全2回のセミナーでは全然人が集まらなかった(設定されたのは金曜日の午前中で、先方は「夜に参加するのが難しい若い主婦層」を狙ったらしかった)。それでも……少しでも宣伝になればと思い、5月にはショッピングモール内での無料セミナーにも挑戦し(参加者は10名程度。あまり手応えは感じられなかった)、新たな活動の場を得るために老舗のカルチャーセンターなどにも足を運んでみたが、無料説明会を開く機会を与えてくれたのは1社だけで(しかも参加者はまさかの1名で)、新境地開拓には至らなかった。
――本当にニーズなんてないのか?
――それともただ、ニーズのある人たちと繋がれていないだけなのか?
ホームページを立ち上げ、レンタルスペースなどを調べてはワークショップを企画し、情報をアップして……。当然、ほとんど知る人のいないサイトに申し込みや問い合わせが来ることもなく、頭の中のヴィジョンは形を成すことなく流れては消え、流れては消え、それでも企画することだけは続けられるから「もはやこれは企画ごっこか?」で、どこまでも一人遊びの延長のような時間が続き……「やっぱり宣伝だ。知ってもらわないことにははじまらない!」とチラシを置いてもらったり、イベント情報サイトのようなところに書き込んでみたりしたところで結果は変わらず、だからと言って地元色の強い夕方の情報番組の告知コーナーなどにパネルを持って登場するような勇気はなく、中途半端……ですらない完全に『ゼロ』『無』な状態で。……ばかみたい、ばかみたい、ばかみたい。“おまえの考えてることなんて、誰も必要としてねぇよ。てか誰だよ、おまえ。有名人でもないおまえのワークショップなんかに人が集まるわけねぇだろ”って、わかってる、わかってる、わかってる。
それでも、諦めたくなかった。あのとき魂で感じた「やっぱり自分が心からやりたいと思えることをやって、これからの人生、毎日悔いなく過ごしていきたい!」という強い想いを忘れられなかった。忘れたくなかった。初めてのセミナーが決まったときの、あの奇跡のような瞬間も――……。
だけど7~8月の全3回のセミナーを開催する頃にはもう、私の頭の中は「はやく次の仕事を見つけなきゃ」でいっぱいになっていた。そして、このセミナー(参加者は4名だったけれど、これこそが本来やりたかったワークショップのような内容で、とても打ち解けあった雰囲気の中、濃密な時間を共有することができたのだった)を最後にしようと考えていた。
2012年8月22日、水曜日。残暑厳しい今日この頃。新しい仕事探しに奔走している今は、現実の厳しさもずっしり重い。
震災から半年後、ひっそりと「セミナー講師」のチャンスを獲得し、頼まれもしないのに一人で奮闘し、試行錯誤を繰り返し……そんな日々からもうすぐ一年。
振り返って思うのは(当初から自覚していたけれど)、これは自分の中の「何かしたい。誰かと繋がりたい。そういう時間を、空間をつくりたい」という想いを実現させるためにはじめたことで、それによって誰かの心がちょっとだけ緩んだりするのなら私自身が嬉しくなるから、“そういう自分を満たすため”にやってきたことなんだよな~ということ。
「人を救いたい」とか言う人の多くは、結局それで自分が救われたいだけで、そこを自覚せずに誰かに何かを押し付けて、実は「感謝」という大きな見返りを求めている――そういう人にはなりたくないと思い、きちんとお金をもらって「give&takeだけど、精一杯シェアするので多めに(?)持って帰ってね」という気持ちでやってきた。
その結果、私自身も相手から笑顔だったりキラキラのエネルギーが出てくる瞬間だったりを見せてもらい、お金じゃないものをたくさんもらった。
そしてさらに思うのは、そうやって目の前の人が笑顔になれば自分も嬉しいから、だから「誰かを笑顔にしたいんだ」は全然『偽善』じゃないんだよなーということ。「なんかそういうのって嘘くさくない?」って今までは思っていたけど、もうそんなふうに思わなくなって、真っ直ぐな気持ちで「人を笑顔にするようなことがしたい」って声に出して言えるようになった感じなのだ。
現実的なことを振り返れば、結局ワークショップは一度も開催できなかったし(宣伝力がなさすぎた)、個別カウンセリングも申し込んでくれたのは数人だけだったし(それでも確かに存在したのだ)、最初は定員オーバー&キャンセル待ちだったセミナーも3回目以降は全然人が集まらなかったし(それなのによく「全3回」のセミナーなんてやらせてくれたなぁ……)、私はなんとかこれを「ボランティア」ではなく「仕事」としてやっていけないものかと模索してきたわけだけど、それはかなり厳しく現実的でないということがどんどんハッキリしてきて、最後のセミナーに来てくれた女の子に「先生、また会いたいです! でも、すっごい忙しいんですよね?」なんて予約入りまくりの“超多忙カウンセラー”みたいに思われてたようだけど、現実の私は「いつでも会えるよ。お茶でもしようか?」のほぼ毎日フリーの専業主婦で、「また就活はじめるか~」が今のリアル……。
でも、すっかり満たされたんだと思う。
出会えた人は多くはなかったけれど、彼女たちに私の想いをシェア“させてもらって”それを好きなように受け取ってもらって、簡単に言えば「気が済んだ」のだろう。
これが数ヵ月前ならまだ「もっとどうにかできるんじゃないか?」って諦められない感じだったけど、ここへ来ていっきに「一区切りついた……」みたいになって、スーーーっと自分の手から離れていったような、なんだかそんな感じなのだ(本当に、サロンの廃業で味わったあの挫折感とは全然違う、清々しいような達成感……? とはいえ今回も何も達成などしていないのだけど。結局はある意味、また挫折したわけだし。だけどサロンのときは「何もはじめられないまま終わりを迎えた」って感じだったから、これでもものすごぉーく成長したのだ。……ザ・自己満足。でも「自己満足」できて、今回は嬉しい!)。
諦めずに手を尽くし(もっといろいろな方法があるのだろうけど、私なりに全力でエネルギーを注いできた)、そこで出会えた数少ない人たちと心と心で何かを交流して、私の中のある種の「震災ショック」もようやく落ち着いたのだろう。
ここでもらったものを手に、いざ次へ!
「さぁ、ここからだよ!」って相変わらず厳しい現実だけど、GOサイン出されてる気がするのだ。
だから私は進みたい。人生の新しいページを捲りたい。
*
こうして意を決して臨んだ私の再就職活動は、1社目――「ここで働きたい!」と珍しく熱く恋焦がれた会社に、見事に玉砕したところから幕をあけた。
34歳。今からの職探しがいかに大変かはすでに重々承知している。だからこそ、地震のあとに仕事を辞めるなんて正しい選択ではなかったのだ……なんて考えたところで意味がない。後悔だってするつもりはない。だけど……結局またここに引き戻された。
『金と仕事』――。
私の中の大きなテーマは、巡り巡って何度も目の前に現れる。
――逃げているから?
――何から?
――金を稼ぐことから……。
私にとって「仕事」とはいつも「想い」と直結しているものだった。だけど、叶えたい想いを優先させると「稼ぐ」ことから遠ざかるばかりで、いつしか「自分はお金とは縁がない人生なんだ」と諦めのような気持ちを抱くようになっていたと思う。
その呪縛を振り払おうと今回は「バリバリ働いてガッツリ稼ぐ自分」をイメージし、これまでの自分ならノックすることもなかったような業種にも果敢にアタックしてみたけれど、どの扉も最後には「ご縁がありませんでした」で、いつだって本気の私は毎回みっちり落ち込んで……。
――どっちが妥協や逃げになり、どっちが必要なチャレンジなのか。
追い込まれ、挫折や葛藤を繰り返しているうちに、いろんな想いが行き場もなく流されて、なんだかもう……どうでもよくなってくる。なんでもよくなってくる。
そうして私はいい意味で“からっぽ”になったのだろう。
「そうだ。もう“なんでもいい”じゃないか。どこで何をしようと私は私で、仕事の内容に関係なく、今のこの“ここにあるもの”を心を込めて、愛とともに、その瞬間瞬間に込めていけるか、気前よく分かち合っていけるか、そういうことが次のステージのテーマなのだろう?」と、なんだか急に“金と握手したような”気分で思えたのだ。
それはプライドやこだわりが砕け散った瞬間だったのかもしれない。
そんなふうに「なんでもいいから、とにかく働こう。金を稼がせてもらおう」と心からポジティブに思えたのは初めてのことだった。
しかし、今度こそ簡単に通り抜けられると思って選んだ扉さえなかなか開けることができなくて(「だって誰でもいいんでしょう?」と思えるような仕事ほど、落とされたときのダメージは大きかった)、それでも現状を変えるには起き上がって自分で動くしかないわけで。誰も助けてはくれない、自分の道。ぎゅっとハグしてくれたり、手を繋いでくれたり、優しい言葉で心をあたためてくれたり、いつもそばで見守ってくれる人がいる幸せと、いつだって自分の人生を切り拓くには、自分一人で挑むしかないのだという現実と。
――何を試されているのだろう? ……なんてことを考えているからダメなのか。もっと無心になるべきなのか……。そうしているうちにどんどん自分が小さくなってきて「何の価値もない、自分だけのお城に住むお姫様」のように思えたり。だけど……私が大切にしているものなんて人から見たら何の価値もないものだとしても、私はそれを大切にしたいし、自分が大切にしたいものを守れるのは自分だけだって知ってるから、誰にもわかってもらえなくても私は勝手にそれを守っていくのだけれど……。
「それはそれ、仕事は仕事」と人生で初めて割り切って働くことを決めたのに、どんな仕事でも「やれそうな気がする!」って思えたのに。人生はやっぱり、簡単には進めない。
ここまでの決意に至った自分に自分自身が一番驚いて「あとはスムーズに道がひらけるはず」と思っていた私は甘い。
――まだまだ乗り越えなければならないことがあるのか?
――それをクリアしない限り、次の扉は開かないのか?
落ちに落ちて、どん底までいったら、あとは浮上するしかない。何度それを繰り返すことになっても、浮上して、立ち上がって、自分自身で動かない限り、目の前の景色は変わらない。眠ってる間に誰かが私をどこかへ運んでくれることなんてないのだから。自分の足で、進むしかない。
*
短期のアルバイトが決まったのは9月下旬のこと。
10月から12月までの三ヵ月間、私の日常は「お金のために仕事をする」に費やされることになった。
それからの毎日、私は驚き続けていたような気がする。これまで重要視してきた“やりがい”を一切考慮せずに選んだ会社は、私の「どうせ誰でもいいんでしょ? だったら私のことも働かせてよ」という思いを見事に再現したような劣悪な職場だった。顔はとってもカワイイのに真っ黒なものを撒き散らさずにはいられない性悪ギャル、本当は賢いであろうにギャルの前では声のでかいチャラ男に成り下がるヤンキー男子(ギャルが休みの日は居眠りばかりで、ほかの人とはコミュニケーションがとれない)、信じられないくらいミスを連発する不思議おばさん(いや、まだ若いのか?)。社員である上司の男はいつも顔色が悪く内臓が腐っているとしか思えない息を吐き、同じく社員でチームリーダーのような立場の女の子は高卒の未成年で、アルバイトの私たち(世代もタイプもまるでバラバラ)をまとめ上げる力なんてあるはずもなく(だからチャラ男は野放しで私語や居眠りし放題なのだ)、少しでもまともそうな人たちはみんな“われ関せず”に徹する能面ロボットで……。いろんな人たちが隙をみてはサボりながらテキトーに仕事をし、それでも『時給900円』が保証されているなんて、まったく……凄すぎる!!
その「お金」を稼ぐことの大変さとありがたさが身に染みている私にとっては、乗り越えなければならないことが多すぎて、10月末にはもう「辞めたい……」のピークだった。
~【9】へ続く~
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“はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆