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小説『砂漠を横切るラクダのように』【5】(全13話)


・3・


 そんなこんなで、私の契約更新は白紙になった。

 あんなにも苦心して手にした「決断」だったのに、それを私はあの揺れの中に落っことして(もしくは投げ捨てて?)きてしまっていた。戻れるわけがなかった。

 無責任だな、と思う。あの地震でぐちゃぐちゃになった机の上も、引き出しの中も、やりかけの仕事も、全部ほったらかしにしたまま辞めるなんて……。でも、あそこで死んでいたら? ……同じじゃないか。この仕事をしていく人間の代わりなんて、いくらでもいる。だけど今、私を守れるのは私だけ……。罪悪感の欠片もなく素直にそう思えた。思おうとしていた。



 ただ“本来あるべき状態に”戻るだけ――。そして実際、私一人がいなくとも会社は問題なく動き出すのだ。「自宅待機」が解かれ「来られる人は出社して」となったのはいつのことだったろう。同期の女の子が(あんなにも完璧な服装とメイクで、カラコンまで装着して出勤していた彼女が)すっぴん&眼鏡で出社し、会社の給湯室で髪を洗ったことをメールで知らせてくれた。これまでと変わらない、むしろ非常事態を楽しめているような雰囲気。ほかの社員もすぐに出社し、社内は一致団結ムードで盛り上がっている様子だった。同じ現実を味わったはずなのに……そこはまるで完全に文化の異なる世界のようで、彼らが皆、遠かった。

 だけどそんなの、今にはじまったことじゃない。最初からずっと『異物』なのは私のほうだったじゃないか。彼らも彼女らも、そんな私にやさしかったじゃないか。それなのにいつだって本心を見せようとしないのは、群れようとしないのは、私だった。

 だからやはり、物事は“本来あるべき状態に”揺り戻されただけなのだと――誰も失う者のいなかった私は、無責任に……思う。







 3月24日、木曜日。前日に夫が朝の7時前からガソリンを求めて出発し、待ちに待って15時過ぎにやっとのことで手に入れてきてくれたおかげで(前々日にもガソリンスタンド巡りをしてきてくれたのだが、見事に惨敗だったのだ)、ついに山形のかみのやま温泉へ。素泊まりで一泊、源泉かけ流しの湯宿。リニューアルしたばかりの大浴場で、垢がモロモロ出てきたこと、たぶん一生忘れない。お湯が濃厚で、ぐったりしながら久々に……本当に久々に、心の底から寛げたこと。あの解放感も――。なのに(そこで過ごす時間が惜しすぎたのだろうか)眠れなくて、とにかく風呂に入りまくった。

 もう一泊したい。帰りたくない。まだ二週間なのに、全然ついていけてないのに(ガスだってまだ復旧していないのに!)、社会は何事もなかったかのように動き出そうとしている。どこまでも『お金』を作らなきゃ生きていけないようになっている。無事生き残ったって、より厳しい現実が待っているだけじゃないか。それなのに……仕事、辞めることしか考えられない。もう騙し騙しは無理だ。けど今は、次の道なんて何も用意できてないし、金もない。ここで辞めたら、また彼に大きく負担をかけることになる。でも辞めたい気持ちは変わらない。辞めるなら、新しいバイトを探すなり、とにかく金を稼ぐ方法を考えないと。どこまでいったって、世の中『金』なんだ。ボランティアじゃ生きていけない。ピンチはチャンスなんて、夢のように遠い話だ。



 怪我もなく、自宅が倒壊したわけでもないのに「出社できる状態じゃありません」とか言って自宅待機を続けていたのは私だけのようだった。みんな、すごいと思う(今でも思う)。あんなことがあったのに? まだ二週間しか経っていないのに? これまでと同じように電車に乗ったり、ビルの下を歩いたり、平然と……たとえそうでなかったとしても、そう見えるような振る舞いで平然と、元の生活に戻っていけるなんて。

「しょうがないよ、お金を稼がなきゃ暮らしていけないんだから」

 そう言って、ちゃんとそのとおりに生活できる人たちが、心底うらやましいと思った。なんで自分は、そんなふうに生きられないのだろう。どこかでそれを“よし”としてしまっているのだろう。

 ――でも、と思う。やっぱり思う。

 そんなふうに生きられるような人たちは、何も感じなかったのだろうか?

あの世界の裂け目のような揺れの中で、この世の終わりみたいな夜の闇の中で、これまでの自分の人生やこれからの人生のことを、1つの後悔もなく、すべて受け入れることができたのだろうか? 魂が揺さぶられるような「決意」のようなものを、あの“目を覚まさせられるような衝撃”を、何も感じなかったと――?

 だとしたら、それはきっと素晴らしいことなのだろう。けれどもしも感じていたのなら、それを忘れて暮らしていけるのか? 忘れてないけど……とか言いながら、これまでと同じ生活を繰り返していけるのか?

 ――Seriously?!

 私には無理だった。元に戻ることなんて、忘れることなんて、できなかったししたくなかった。だから……ここにこうして取り残されることになるとしても、それはもう仕方のないことなのだと心はとっくに覚悟を決めていたのに(それでいい。そっちのほうが絶対いい。私はあの「決意」を、魂の衝撃を、なかったことになんてしたくない!!)、また頭が、このカチンコチンに洗脳されてしまっている頭が、なかなか受け入れようとしなかったのだと思う(だけど、そんなことは命に対する冒涜だ! 私たちはあの日、あの瞬間、それを学んだのではなかったか? この『金』で回っている社会の洗脳から、少しだけでも解かれたのではなかったか?)。



 辞めることを相談したとき、私の心は“正しい選択をした”という清々しさで満たされていたと思う。「では落ち着いてからでいいので、一度退社手続きには来て下さい」と、会社の反応は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。

 なるほどな、と思う。私を雇ったときは人手が足りず困っていたけれど、むしろ今この“業務がいつから再開できるかもわからない状況”の中では、一人でも人件費を削減できるほうが会社にとっても好都合なのだろう……。そう考えると微かに残る後ろめたさまで吹き飛ぶような気がしたけれど、すかさず目の前にやってきたのは『金』『金』『金』のこと。

 ――ばかな選択だったのか。

 ――がんばって働くべきだったのか。

 後悔はなかったが、何度も何度も考えさせられた。私がしたいようにすると、わが家はいつも金に苦しむことになる。震災から時間が経つにつれ、現実的な問題が重くのしかかるようになっていた。

 一番は、やはり「お金のこと」だった(まぁ、いつだって私の前には「お金のこと」が立ちはだかっていたけれど)。災害という非日常下に置かれ、ますますテーマは剥き出しになり、目の前を覆い隠す。たぶん、お金のない人はよりはっきりとお金の問題に直面させられ、病気の人はより病気というものに、寂しい人はより寂しさに、直面させられていたのではないだろうか。

 あのとき、わが家の3月分の給料はいつもの半分もなかった(夫は時給制の派遣社員で、震災後はしばらく自宅待機だった。そして時給制の契約社員だった私は、あの日から一度も出社しないまま辞めることを決めたのだ)。それなのに、もちろん支払いはいつもどおりだから暮らせるはずもなく、とりあえず車を手放すこととインターネットを解約することにして「削れるものは削って、生き延びる方法を考えるしかない」という現実に直面させられていた。

 しかし、ローンで返済中の車は簡単には売れない。「ローンの残金」から「買い取り額」を差し引いた金額を“一括で”支払わないことには、手放すことはできないのだ。

 毎月の駐車場代はもちろん、タイミングの悪いことにちょうど車検で、自動車保険料や自動車税も必要になるという時期だった。もう車を手放さないことには生活のめども立たず、いずれにしろ『現金』がないことには話にならない――。

 いつもギリギリの生活をし、お金より心の自由に重きをおいてきた私たち夫婦。

「また窮地に立たされたよ」と泣き続けるわけにもいかず、時間はいつだって待ってはくれない。

 親が振り込んでくれた10万円を感謝と情けなさを噛み締めながら受け取り、さらに10万円、社会福祉協議会が特例で実施した『生活福祉資金(緊急小口資金)』というもの(延滞しない限りは無利子で、返済も一年後の4月からでいいという大変ありがたいものだった。――今、引っぱり出してきたその書類を見ると『平成23年東北地方太平洋沖地震による生活福祉資金緊急小口資金の特例に関する借用書』とある。まだ「東日本大震災」と呼ばれるようになる前だ。日付は『平成23年3月30日』となっている)も利用して、なんとか乗り切ったはずだが……思い出そうとすると目の前が暗くなるような圧迫感ばかりが蘇ってくる。

 “親には迷惑かけないように”

 “国は助けてくれない”

 いつだってそう心に留めて暮らしてきたけれど、完全に自業自得だった。

 数10万円の貯金さえないようなどん底庶民のくせに「金を稼ぐこと」を最優先にできないような私たちは、どこまでいっても「社会不適合者」で、それなのに……その現実的厳しさを吐くほど味わっているはずなのに、それでも私は「自由を生きること」への渇望を“止められない”“止めたくない”で――。

 この『金』との戦いは、どうしたって終わらない。




 その日も来る気配のないガス(“順次復旧中”となったまま、風呂にも入れずコンロも使えず、毎日毎日待ち焦がれて過ごしていた)を諦め、さっと髪を洗い、一人ドキドキしながらバスに乗り――私が『退社手続きのために会社へ行ってくる』を実行できたのは、あの日から四週間が経った木曜日のこと。カレンダーは無慈悲に「4月」を示し、街にはふつうに人々が行き交っていた。

 驚きだった。見る限り、すべてが元どおりで(聞いてはいたけど、実際に目にしてみるとその“変わらなさ”は圧倒的で、海側の状況とはあまりに対照的で)『街』はどこまでも『街』だった。私以外の人間はみんな「あの日」の記憶を消され、社会を正しく回していくためにプログラミングし直されたのだと……そんなSFみたいな世界を想像しながら、足早に会社を目指した。

 ――ここが「あの日」の延長線上にある未来?

 ――「あの日」の前日にタイムスリップしたのではなく?

 目が(もしくは脳が?)入ってくる情報を信じようとしない感じだった。ふつうに営業しているカフェ、服屋、雑貨屋、ドラッグストア。ガラスの向こうには着飾ったマネキンたちが並んでいて、変わらない……強い色彩の看板の群れと、流れる人、人、人、人――。

 わくわくするような気持ちなんてミジンコほども生まれてこなかった。心や体のどこかが常に「余震が来ませんように」という緊張と警戒でピンと張り詰めていたような気がする。

 そんな私は、いったいどんなふうに映っていたのだろう。久々に登場した私を、彼らは相変わらずの人の善さで明るく迎え入れてくれた。仲間になることを拒み、自分の世界へ帰った裏切り者の私に「いつでも戻っておいで」と言ってくれる人までいた。この場所で、彼らと一緒にがんばることができていたら、どんなに良かったか……。手続きはすぐに済み、一人一人に挨拶して回っているうちに気づけば18時を過ぎていた。

 しばらく味わっていなかった種類の疲労感を引きずって家へと帰り、こんな日はゆっくり湯船に浸かりたい(せめて熱いシャワーを浴びたい)と思いながら「やっぱり今日もガス来なかった」と落胆し、夕飯を終え、就寝前の歯磨きをしていたとき――。

 震度6強、宮城県沖! 縦揺れに飛び上がり、ハブラシをくわえたまま二人で外へ飛び出す。もしもガスが復旧していたら、長々と風呂に入っていたかもしれない……そう思うと怖かった。そして、こんなふうに大きな余震が来るたびに「やっぱり会社になんて行けないよ。こんなに揺れて、仕事なんてできない。辞めてよかった」と思い知る。

 ガスが復旧したのは、翌日のことだった。







 ビフォー、アフター。あの日の「前」と「後」。世界は変わってしまったのか、結局は何も変わらないままなのか。忘れたくても消えない記憶と、忘れたくなんてないのにどんどん薄れ、遠くなっていく記憶と……その違いはどこにあるのか。

『日常』とはなんなのだろう。電気やガスや水道が以前のように“あたりまえ”に使えるようになれば、そこはもう『日常』なのか? それなら、ここは――?

 あの日々がすっかりと遠くに感じられるようになっても、ちょっと長い地震があると瞬間的に「あの日の闇」が体に蘇った。忘れたようにして過ごしていても、肉体には強烈に刻まれている。そしてそれが「良い」とか「悪い」とか「悲しい」とかではなく、ただただ「刻まれたんだな~、体験したんだな~」と、しみじみ静かに思うだけ。

 生きているということは、時間を戻すことはできず、また立ち止まりたくても本当の意味では止まることもできず、ひたすら先へ先へと進んでいくもの。いくら過去をやり直したくても、できることは「今」や「未来」を変えることだけ。“変えたい”と今、行動することだけ。

 あの日から確かにときは流れて、まるで『日常』のような時間が戻ってきているのに、自分の中の“何かしたい”という想いだって消えていないのに、“何が本当にやりたいことなのか”がよくわからなくて、考えるほどに遠く離れていくようで、結局ズルズルと何かを引き伸ばすようにして過ごしていた。

 毎週泣きながら観ていたドラマ(どれだけ私の心を救い上げてくれていたことだろう)の中のセリフに「やさしくされると“あなたに何がわかるの”って思いました」「“前向きに生きよう”って言われると、死にたくなりました」というのがあった。

 時間は同じように流れているように見えても、人それぞれ違う。

 その人の時間を早めたり、ゆっくりにしたり、それは他人にはできないことで、できるとしたらせいぜい「相手の心にじっと寄り添う」ことくらいで(しかもそれは簡単なことではなくて)、それによって何か“きっかけ”を生み出すことができたとしても、直接変えられるのは本人だけで。

 だから、どんなに後ろ向きな考え方に聞こえようと「がんばれる人だけ、がんばればいい」「がんばりたい人だけ、がんばればいい」と思っていた。“きっかけ”を与えてあげることは素晴らしいことだけど、それは“無理”を与えて相手を苦しめることにとても近い。だから中途半端に、じっと相手に寄り添う覚悟もないままに、手を出すべきではないと……。



 時間は自分のもの。焦らずに、自分のために使っていいのだ。








~【6】へ続く~



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湖臣かなた☺︎☞リラックスしてflow♪flow♪(メンバーシップ♡大募集中♡) “はじめまして”のnoteに綴っていたのは「消えない灯火と初夏の風が、私の持ち味、使える魔法のはずだから」という言葉だった。なんだ……私、ちゃんとわかっていたんじゃないか。ここからは完成した『本』を手に、約束の仲間たちに出会いに行きます♪ この地球で、素敵なこと。そして《循環》☆