辞闘戦新根②~江戸の本屋と擬人化された流行語のバトルマンガ絵本
「大木の切り口太いの根」は「太いやつだ、ずうずうしい」、「どらやき」「さつまいも」は「うまい」、「鯛の味噌吸」は「飲む」、「四方の赤」「一杯飲みかけ山のかんがらす」は「酒を飲む」、「放下師の小刀のみこみ印」は「わかった、飲みこめた」、「ならずの森の尾長鳥」は「ならぬ、できない」、「天井見たか」は「まいったか」、「とんだ茶釜」は「あてがはずれた」の意味の、当時の流行語。これらが人の形をして出版業界に戦いをいどむ。
黄表紙「辞闘戦新根」は、恋川春町(1744~1789)作画、安永七年1778年、鱗形屋孫兵衛刊。
上下二冊の現代語訳(学術的ではなく、かなりの意訳)を二回に分けて紹介する二回目にして最終回。
下巻
七

さつま芋「それがしは、最初の生け花の先生役だけで、たいした役もなく残念なので、何かしたいけれども、さて、何も思いつかない。さつま芋の守平忠度が右手を切られても左手で敵を投げ捨てたというように、版画を刷る板ずり職人を投げ捨てる姿、あんまりたいした思いつきでもないさ」
板ずり「さても冷やっこい手だ。もう一足早く逃げればよかった」
板ずりは、逃げようと後へひく。
八

画工、草紙屋、板木屋三人、初春の新板仕込もうと気はいそげども、このごろ家々であやしきことが続出するので、なにかわけがあることだろうと、集まって評議する。
草紙屋「今夜は化け物も出ないでしょう。きばらしに、これで酒でも飲みましょう」
彫師「これは大きな盃だ。このまえ、わたくしは、化け物に味噌くさい川へはめられました。それでいまだに頭痛がします」
画工「しかしながら、ばけものは徳をつんだ人には勝てないと申しますので、こちらの心がけかも知れませぬ」
彫師「なんだか知らないが、ぞくっとする、流行り風邪にでもなったのかな」
茶釜は、化け物のことを知らせようと思えども、自分の姿があやしいので、出るに出られず、様子を立ち聞きする。
茶釜「はて、きのどくな。化け物のことを知らせたいものだ」
九

四方の赤「古くさいけれど、われらが工夫の見越入道、ちょっと見てください」
天井「なんと、天井見たか。こう、にらんだところはすさまじかろうが」
化け物本におさだまりの坂田の金平のかっこうで、目に物見せんという場面のままに、
板木師「やれ、ごめんごめん。これは板木半生、いやいや、半死半生の目にあうようだ」
丁稚「夢になれ、夢になれ、恐いの恐いの飛んでいけ~」
十

画工、草紙屋、板木屋、化け物たちになやまされ、今はどうしようもなく、蔵の中に逃げ込もうとするときに、不思議や不思議、蔵から稲妻模様の光とともに本物の坂田の金平、渡辺の武綱、牛若丸、はちかづき姫、あらわれ出て、化け物どもを踏み散らす。
四方の赤「南無三宝、化け物に禁物のやつらが出た。早く逃げよう」
大木の切り口「ごめんごめん、こう踏みつけられては、頭が、大木の切り口痛いの根だ」
金平「戸が開くのを、今や今やと待っていたぞ。うむ、逃がすものか」
どらやき、さつま芋「ああ、せつなや。どらやきとさつま芋は、死ぬにも一緒だ。因果な腐れ縁だ」
十一

金平、化け物どもを皆殺しにしようとするところへ、茶釜がかけつけ、命をこいけるので、命を助け、意見する。
茶釜「このものども、不届きにはござりますれど、また彼らなくては草双紙屋が難儀いたします。このたびは、わたくしにめんじて、命ばかりはお助けくださりませ」
金平「今は洒落の世の中なので、なんじらも草双紙に書き載せている。われらが書かれた昔の草双紙には、いやしき言葉は使わず、みな古い短歌を引用して描かれた。それだからこそ、なんじらが草双紙に書き載せられることをありがたしと思い、以後、きっとつつしみおろうぞ。憎いやつらなれども、なんじらがいなければ草双紙の趣向はあがったりじゃ」
大木「茶釜どのの言うことを聞かず、今では後悔千万、面目しだいもござらぬ」
かんがらす「最後はこんなことだろうと思った」
放下師の小刀、ならずの森の尾長鳥、天井見たか、四方の赤、さつま芋、どらやき、おのおの、茶釜のおかげで命が助かり、おそれいる。
十二

大木の切り口、そのほかの化け物ども、金平に怒られ、道理を知る。多くの化け物は、一度にぱっと消え、二冊の草紙を残し、虚空に一行のタイトルをあらわせり。
三人の者、不思議に思って開けば、大木の切り口のたくらみ、はじめから残らず書き表した草紙なり。このままにするのもおしいと、さっそく今年の新版にし、春雨のおなぐさみにそなえはべるのみ。
めでたしめでたし
当時の流行語と、黄表紙の流行を、作者、春町自身も登場させながら描いた江戸マンガはここまで。身分社会の苦しい生活の中でも、こんなしゃれを言いながら、こんな本を読んでいたのが江戸の人々だった。
