見徳一炊夢①~夢で願いをかなえる江戸の黄表紙
邯鄲の夢という故事成語は、人生の栄華や盛衰は、はかないことを意味する。
昔の中国で盧生という若者が、立身出世しようと都へ向かう途中、邯鄲で仙人から枕を借り、五十年の夢を見たが、それは粟が煮える間の夢だったという話からできている。盧生の夢、邯鄲の枕ともいわれる。
黄表紙には、その話をもとにしたものが多数ある。
黄表紙「見徳一炊夢」は、朋誠堂喜三二作、天明元年1781年、蔦屋重三郎版。絵師は記載されていないが北尾重政と思われる。
サブタイトルとなる角書は、「栄花程五十年/蕎麦価五十銭」とある。
三巻三冊の現代語訳(かなり意訳)を三回に分けて紹介する。
上巻
一

昔々のことなれば、ウソかも知らねど、浅草門前あたりに、芦野屋清右衛門という百万両分限とよばれる大金持ちがいた。もとより家のきまりは厳しく、奢りは露ほどもなく、息子の清太郎も厳しき親に育てられ、不自由な暮らしをし、世間で評判の大通と出会うこともなく、常々わが身の上をくよくよ思いつつ二十一まで暮らしける。
手代の代次は清太郎と同じ年で、子どものころからかしこく、清太郎とも仲良く、いつもグチを話し合っていた。
代次「これ、小僧、旦那が帰られたのにまだ準備ができていないぞ。早く蕎麦を注文して来い」
小僧「また亀屋の蕎麦をめしあがりますか」
清太郎「眠気覚ましにはちょうどいいだろう。おれの贅沢は、このくらいのものだ」
二

浅草雷門前に、栄華屋夢次郎という、邯鄲の枕を貸して夢を商売とするものが、このごろ店を開いておおいに繁盛する。
片井国左衛門、喜津井武左衛門の二人、夢を見に来る。
国左衛門「まずためしに半時か一時の夢を見よう。話のタネに南鐐銀貨一枚ひねり出そう」
半時は約一時間、だから一時は二時間となる。
夢次郎「枕は値段によって違います。半時や一時の夢は損になります。あなた様方ならば一日以上の夢でなければ楽しめませぬ。十日か半月の夢になさいませ」
三

国左衛門の家来の若党は、三十二文で一時(約二時間)の夢を見る。
晩の七つの鐘(午後四時頃)を聞きながら新地のあたりをぶらぶら歩き、永久橋にて、舟で売春する舟饅頭を見るとたまらなくなり、夕方のたそがれ時の目には高級遊女花扇のように見え、舟に飛び乗る拍子に、舟はぐらりと、これは落ちてはならぬと踏ん張れども、どっと落ちたと思えば目が覚め、鳥肌がたって、こぶら返りがして足がつっている。
草履取りの折介も十六文出して芝居の夢の一幕を買う。
折介「伴奏の浄瑠璃もセリフも聞こえぬ。役者も誰なのか全然わからぬ」
四

片井国左衛門は、屋敷の門限が六つ時(午後六時頃)なので、吉原の夜の様子を知らず、それをせめて夢でも見たく、四文銭百枚つないだ銭差し一本(一両の十分の一)をはずんで、女郎を買って、もてて楽しむ夢を見る。
女郎「ともかくも新八どん、お客様をあちらへご案内してくだせえ」
若い者「お食事は後でさしあげましょう。まず、お休みなされませ」
国左衛門は、三つ布団の上までは行ったものの、その後のお金がないので、情けなくも追い出され、引け四つ(深夜0時前)過ぎから、土手のあたりをあちこち歩いていると、向こうから大男がやって来たと思えば、相手が刀を抜いて、はっと思えば、夢から覚める。
左の画面
国左衛門「なに、えっちするにはまだお金がいるのか。面目ないが懐にはびた一文残ってない」
若い者「えっちをなされなければ、早くお帰りなされませ。ただで遊ばせる女郎衆はいないさ」
五

武左衛門は、世話をする人があり、今年二十五六になる若後家のところに婿として入りけるが、その朝から後家は病気になり、それでも無理して髪をととのえ衣装を着れば、とても美しく、初めて見た武左衛門はとてもうれしく、三々九度の盃もすみけるが、その夜より、だんだん病気が重くなり、十一日目に、とうとう亡くなってしまう。
仲人「おめでとうござります。お金はたくさんありますし、心配することは何もなし、年中遊んでお暮しできる。このようなしあわせはござりませぬ」
武左衛門は、一夜の枕も交わさず女房に別れ、むなしく日を暮らしけるが、下女のおすけは、女房にもおとらぬ器量よしで、妾にしようと口説く。
仲人「たしかに承知しましたが、奥様の喪が明けるまではがまんなされませ」
武左衛門「喪が明ければ、かならずだぞ」
武左衛門は、待ち暮らして、妻の死の喪の日数二十日が終わり、二十一日目の朝、月代を剃って頭をなでてみれば、ゲジゲジが手に当って目が覚める。
武左衛門の夢は、一か月、銀百匁(約二十五万円)というところなので、かくべつ中身があっておもしろし。
六

芦野屋清太郎は、何を思ったのか、金子千両を盗み出し、ここへ来て、五十年の栄華の夢を見ようと、亭主へ代金千両を渡す。
夢次郎「あなた様のようなお方がいなくては、この商売は続きません。ありがたやまぶきやまぶき」
ありがたいの「ありがた山」と小判のヤマブキ色を合わせたダジャレで上巻は終わる。
夢次郎の商売を紹介し、いよいよ主人公、清太郎が登場して、次回につづく、
黄表紙の始まりといわれる恋川春町の「金々先生栄花夢」(1775年)の現代語訳は、こちら、
黄表紙の代表作、山東京伝の「江戸生艶気樺焼」(1785年)の現代語訳は、こちら、
これらの中に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。
