見出し画像

見徳一炊夢③~芦野屋清太郎の五十年の夢もいよいよクライマックス

 五十年の夢を買った二十一歳の清太郎せいたろうも七十になって、夢の世界も終わりに近づいてきた。
 
 黄表紙きびょうし見徳みるがとく一炊夢いっすいのゆめ」は、朋誠堂ほうせいどう喜三二きさんじ作、北尾きたお重政しげまさ画(?)、天明元年1781年、蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう版。
 三巻三冊の現代語訳(かなり意訳)を三回に分けて紹介する三回目、最終回。

 


下巻
十七

 芦野屋あしのや清太郎せいたろうは、七十になりければ、五十年の昔を思い出して、なぜかわががなつかしくなり、浅草茅町かやちょうの自宅をたずねる。

 


十八

 芦野屋あしのや清右衛門せいえもんは、せがれの清太郎せいたろうが千両の金を持って家出をして、行方ゆくえ知らずとなったので力を落とし、ほかに家をゆずるべき者もいないので、手代てだい代次だいじ養子ようしにし、百万両の身代しんだいを渡し、清右衛門せいえもんは亡くなった。
 さて、清太郎せいたろうが家を出た日を命日めいにちとし、今日は五十年法事ほうじをおこない、お坊さんを呼び、盛大なもよおしをする。
 
僧侶「感心なこころざしに、ごていねいなごちそうでござる」
向かいの僧侶「百年には魚類も出ると聞きました。わたしも長生きをして、このような料理をなまぐさい魚類で食べたい」
代次「このほとけはわたくしと同じ年でござりました。わたくしが、この家をついだのは、この仏がいらっしゃらぬゆえのこと。どんな盛大せいだい法事ほうじをしてもりませぬ」
 
男「お汁の熱いのにおかえなさいませ」

 


十九

 場面一転、清太郎せいたろうが五十年に使った金をすべて書いた帳面ちょうめんをもった借金しゃっきん取りがやって来て、百万両渡せと言う。
 
代次「はてさて、その清太郎せいたろうは、五十年前にこの家を出て、昨日五十年の法事ほうじが終わったわいの」
番頭「詐欺さぎです詐欺さぎです。清太郎せいたろうに使われたという証拠しょうこを出せ出せ」
借金取り「はてさて、清太郎せいたろう様のご印判いんばん証拠しょうこじゃ。使い道は帳面に書いてあるとおり。しめて百万両と金二銀六もんめふん、二いくらかはまけてやろう。百万両をお出しなされい」

 


二十

 こんなことになっているとは知らず、清太郎せいたろうは五十年ぶりにやって来ると、手代てだい代次だいじの世となりて、さらには百万両の身代しんだいを、まさに今、たたむところなれば、清太郎せいたろうは五十年の歓楽かんらく、この一日に終わり、まことにや汗たらたらとなる。
 
代次「わたしの百万両の身代しんだいは、もともと清太郎せいたろう様のもの。わたしは少しもかまわぬが、大旦那おおだんなに対してはもうしわけない。さあさあ、くらのカギをお渡しもうすから、そっちの勝手になさいませ」
借金取り「どう見ても百万両の現金が、耳をそろえてはないだろう。そっちが所有しているそれぞれの家屋敷いえやしきも計算に入れましょう」
番頭「とんだことだ、さりとはつらいね。まず、今日でおれの番頭ばんとう家業かぎょうもおしまいだ」

 


二十一

 代次だいじは、番頭、手代、家財かざいぐるみわたし、そのほか、ほかの場所にある家屋敷いえやしきなどもみな渡して百万両をおぎなって、からだひとつの無一文むいちもんとなり、あまりのなさけなさに、まことに夢のなりとさとりければ、清太郎せいたろうも同じくさとりをひらき、二人そろって頭をり、諸国しょこく巡礼じゅんれいの旅に出ようと言い合わせる。
 
代次「百万両持っている人も、百万両使いててしまう人も、ともに生まれたときは丸裸まるはだか、あら、おもしろや、南無なむ阿弥陀あみだ南無なむ阿弥陀あみだ
清太郎「夢のめたようなとは、このこと。邯鄲かんたんの能をしたときのさとり顔、今、このときに思い知られた」 
 
左の画面
代次「おまえ様は今、少し居眠いねむりをなされましたが、夢でもごらんなさったか。まだ夢の中にいるような顔をなさっておる」
清太郎「さてさて不思議な夢もあるもの。夢の中で夢を見て、五十年の栄華えいがをきわめて、夢の世とさとって出家しゅっけしたが、栄華屋えいがやの店も邯鄲かんたんのうも、みな夢であったのか」
 
小僧「第六天神のとみくじが当たる予言の夢だったらいいのに」

 


二十二

蕎麦屋「もし、今、ご注文ちゅうもん蕎麦そばができやした」 



 蕎麦ができるあいだの夢が終わって、
あけましておめでとうございます
 黄表紙は正月に発行していた。

 


 朋誠堂ほうせいどう喜三二きさんじは、本名平沢ひらさわ常富つねとみ、秋田久保田藩の江戸留守居役るすいやくで、同じく武士であった恋川こいかわ春町はるまちこと倉橋くらはし寿平じゅへいとともに、黄表紙の発展に功績こうせきがある。
 喜三二きさんじは、狂歌では手柄岡持てがらのおかもちの名を使っている。ちなみに、春町はるまちの狂歌の名前は酒上不埒さけのうけのふらち

 

吾妻曲狂歌文庫より模写

とし波のよするひたのしみより
くるるはいたくしまれにけり

年を取り、額にしわが増えるのと、年が暮れるのはしまれる。
ついでに「くるる」とは、穴に棒をつっこんで戸を開ける道具。穴につっこむとは、お下劣な想像も、わざとさせている。



喜三二きさんじの黄表紙作品は、以下のものを紹介している、


 

狂歌については次を参考に、


 

 中巻九場面には当時の人気役者の似顔絵が描かれているが、私が描く挿絵さしえ模写もしゃは手抜きをして着物のもんもいいかげんに書いている。当時の人は、挿絵のちょっとした書き込みや紋で「ああっ」と感じるものがあったのだろう。そんなことを思いながら模写をしていると、十九場面と二十場面の借金取りの顔が、かなり個性的に描かれている。これも誰かの似顔絵だろうか。私の挿絵ではわかりにくいので、原本を見て、誰かわかる人がいたら教えてください。


 

いいなと思ったら応援しよう!