虚言八百万八伝③~江戸の笑い話を黄表紙で描く最終回
万八という人物を狂言回しにして、当時の笑い話、小咄を次々ならべた黄表紙。
「虚言八百万八伝」は、四方屋本太郎作、北尾重政画(?)、安永九年1780年、蔦屋重三郎版。
三巻三冊の現代語訳を三回に分けて紹介する三回目。
こんな話を江戸の人々はおもしろがっており、それが現代の落語にもつながっていく。
下巻
十三

万八が壇ノ浦に住んでいたころ、
ここは平家一門が滅んだ場所なので、海の中で毎晩亡霊の陰火が燃えるので、
紙で袋をたくさんこしらえ、陰火を袋の中に取って入れて持ち帰り、風が当たらない場所に干してつるしておいたという話。
「それは何になります」
と問えば、
提灯の代わりにするってよ。
十四

万八は、唐土、中国へ渡り、
千里続く竹藪の中へ、五尺、約1.5m、三尺、約0.9mほどの穴を掘り、中へ入って、上へ安っぽい雨戸の戸板を一枚ふたにしておくと、
虎がやって来て、
みっしりと踏み抜いたところを、その足をつかんでしばる。虎がうろたえさわいで、また片足を踏み抜けば、そこもつかまえてしばる。とうとう四つ足ともにしばって、戸板ごと引きずって、家へ帰りながら、
「戸板見さいな見さいな。虎を見さいな見さいな」
と言えば、虎も怒りの目をやわらげて、
「まず、足の縄をといたといた戸板からといた」
十五

万八が大蛇を生け捕りにした話を聞くと、
天秤棒の真ん中に丈夫な紐をむすびつけ、それを小脇にかかえて大蛇に立ち向かえば、大蛇は一口に飲みこもうと口を大きく開けるところへ、しゃにむに飛びこみ、上あごと下あごへ天秤棒をつっかえ棒にして、口をふさげないようにして飛び出し、すぐさま丈夫な紐を引いて、
「よいしょ、よいしょ、よい蛇、よい蛇」
十六

万八、嶋田の駅、静岡県島田市の宿場町に住んでいたとき、
蟒蛇、大蛇の子を飼っていたが、
わずか百年で、長さが一里ほどに成長した。
一里は約4㎞だが、約654mを一里とする単位もあったので、ここでは654mだろう。
あるとき、大井川が洪水で川留めとなり、この大蛇を嶋田から金谷まで、大井川の上に橋としてかけ、大名はじめ行き来の人を渡して金もうけをし、水がひけば、提灯のようにたたんだそうな。
万八の知恵で、川を渡ることができ、人々の助けとなりたれども、渡る人は、生きた心地もなく、みなみな口の中で、
「うわばみだんぶつ、うわばみだんぶつ、なむあみだんぶつ」
十七

鷲のとりかたは、
猿の皮をまるまるむいて、皮の中へ砂利や小石をつめこんで、石がこぼれぬように皮をぬって、岩の下において、生きているように動かせば、鷲がやって来て、皮をひきさくと、中の小石を猿の肉だと思ってガツガツ食べれば、腹が重くなって飛ぶことができなくなり、
「ほんに、ワシとしたことが」
と、ぼやくのを合図に生け捕る。
十八

万八、唐土、中国の揚子江の沿岸に住んでいたころ、
今の江西省は潯陽の揚子江のほとりに、酒をたくさん置いておけば、
猩々という猿のような怪物がやって来て、
酒を思いきり飲みつくし、前後も知らず寝込んだら、その猩々をそっと裸にすれば、酒のにおいにひかれて蚊がたくさん集まって、猩々の体一面にとりついて、血をしたたか吸って動けなくなったところを、ほうきで蚊を集めて、それをしぼって血を集め、その血で真っ赤な猩々緋を染めて売り出せば、黄金や白銀財宝は泉のごとく。
万八は万八歳の齢を重ね、末永きことこそめでたけれ。
めでたしめでたし
上巻でも紹介した黄表紙の中にもあるが、小咄的な黄表紙としてはこちらも、
