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虚言八百万八伝①~江戸の小咄の黄表紙的表現

 ウソばかり言うことを虚言うそ八百といい、ウソを一万回言う人間は、本当のことは八つしか言わない、つまりウソつきを万八まんぱちという(千のウソに三つは本当というのは千三せんみという)。まあ、ウソつきの話、現実にはありえない話という題名。
 落語の原型ともなる短い笑い話を小咄こばなしという。落語が江戸時代に発展したように、小咄の本も広く読まれた。そういう小咄を黄表紙きびょうしとしたのが本作である。
 遊里ゆうり文学である黄表紙というよりも、それ以前の赤本、黒本的な作品ではあるが、こういう作品も大人が楽しんでいた。
 
 「虚言うそ八百はっぴゃく万八伝まんぱちでん」は、四方屋よもや本太郎ほんたろう作、画工は北尾重政しげまさと考えられ、安永九年1780年、蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう版。
 三巻三冊の現代語訳、当然意訳だが、それを三回に分けて紹介する。
 こんな笑い話を江戸の人々は楽しんでいた。

 


上巻
じょ
  万八伝

 万八まんぱち筑州ちくしゅう、福岡県の人なり。
 父は滅法めっぽう弥八やはち、母は欺城屋だましろや傾城けいせい虚言そらごと。大みそかの月の日に四角な卵を飲んだ夢を見て、天甫てんぽうそ八百年洒落しゃれの年の秋六月の冬至とうじの日、万八を産む。
 旧暦きゅうれき(月の動きで決まる太陰暦たいいんれき)の月末、みそかは毎月新月になり、月は見えない。四角な卵なんてあるわけない。
 万八まんぱち幼名ようめい千三せんみつ。成長して弥次郎やじろうという。生まれつき頭がよく、才知さいちは鳥やけだものにまさり、鳥獣ちょうじゅうるのが、きわめてうまかった。
 正月が三回やってきたある年、唐土もろこしこと中国へ渡り、すってんぽうにのぼり、うその鉄砲てっぽうをはなってとらを手に入れる。その数は、一石いっこく六斗ろくと二升にしょう八合はちごうなり。さあ、早口言葉で言ってみな。
一石いっこく六斗ろくと二升にしょう八合はちごう
 帝王ていおうは、そのすばらしさに感じ、著猪羅国ちょちょらこく親玉おやだま任命にんめいする。
 このとき中国人らが歌っていわく、
著猪羅ちょちょらの王様日本人、日本で親玉おやだま、市川団十郎だんじゅうろう
 その後、東西南北あらゆるところを遍歴へんれきし、うそ筑紫つくしに千年で、うそ筑波つくばにまた千年、東海道に九千年、浦々島々九十九夜も住んでいれば、もりもって万八年の万八歳。
 そこで、わが名を万八まんぱちあらためた。本人から直接聞いた話なれば、ゆめゆめうたがうことなかれ。
  神無月かんなづきのみそかに四方屋よもや本太郎ほんたろう正直しょうじきここにしる

 


 万八まんぱちいわく、
すずめをとるには、
庭のくぼみに酒をこぼし、また、酒にひたしためしをたくさん庭にまいておけば、すずめがたくさん集まり、酒のめしをたくさん食べ、さて、例の酒を水だと思って飲めば、だんだんいがまわって、足元あしもとがよろよろとし、立つこともできぬようになったのを見すまし、丸い木の実をばらばらとまけば、すずめたちは、その実をまくらにして、すやすやとねむります。いびきをかきはじめるのを合図あいずに、ほうきではき寄せて、カゴの中へばらばらばら。

 


 万八まんぱち信濃国しなののくに、長野県に二三百年住んでいたが、
信濃しなのとても寒い国で、冬には酒屋の酒樽さかだるの口を開くと、つつっと流れ出た酒が、じきにしゃっきりとこおるので、それをちょっと分厚ぶあつ山刀やまがたなで、ぽきぽきとって、そのれた酒をなわで五本、十本、あるいは七本ずつにつないでおけば、
「酒を一束ひとたば買ってこい」「二束ふたたば買ってこい」
と買いにきて、火でかして飲むという。

 


 あるとき、何者かが家の裏に良い酒を落としていったとひろってきて、火でかして飲むと、全然酒の味がしない。よく聞けば、小便のこおったものだった。万八まんぱちは気分が悪くなり、その小便をいてしまったけど、その反吐へどが、下まで届く前にまたまたこおって、おおいに困ったということだ。

 


 万八まんぱちは、越後国えちごのくに、新潟県にも二百四五十年住んでいたが、ここもとても寒い国なり。
 冬は、朝早く起きて、かご背負せおって、こしにはかまをさして、田んぼや山を歩けば、がんかもがいくつもこおりついているのを、かまって、かごに入れて帰る。
 春になり氷がけると、例のがんかもの足からが出るので、それを取ってきて、雑炊ぞうすいにしますという話だ。
「それはなんと申すものでござる」
と問えば、万八まんぱちが答えていわく、
鴈足がんそくじる

 


 万八まんぱちいわく、
小鳥をとるには、
たわらの中に入って、手首てくびすみで黒くめ、手のひらに米を乗せて、たわらの中から手を出す。そこへ小鳥がやって来て、米をつつこうとするところを、つかんではたわらの中へ入れ、また、つかんでは入れて入れて、たわらがいっぱいになったころに、ちょうど日がれます。

 


 きじをとるには、
人形つかいの着る黒子くろこというものを着て、木のかげからなわを出し、へびのようにくねくねさせると、きじは本当のへびだと思い羽に巻きつかせようとする。きじへびが好物なので、わざと羽に巻きつかせて、その後羽ばたきして蛇の体をちぎって食べると思われていた。ところが羽に巻きついたなわは、いくら羽ばたいてもいっかな切れぬ。
 万八まんぱち、声を出して、
きじ一羽、めしとった~」

 


このように笑い話を並べて次回につづく、

 


黄表紙の始まりといわれる恋川春町こいかわはるまちの「金々先生栄花夢きんきんせんせいえいがのゆめ」(1775年)の現代語訳は、こちら、

黄表紙の代表作、山東京伝さんとうきょうでんの「江戸生艶気樺焼えどうまれうわきのかばやき」(1785年)の現代語訳は、こちら、

これらの中に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。

 

こちらにも時代別に並べた黄表紙の紹介がある、

 

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