あの頃、わたしはイカだった 2
わたしの人生には「あの頃、イカだったな」って時期が、何回かある。
今回は、10代の頃の「イカ期」について話したい。
そう、あれは美術系高校1年生の、秋だった。
デザインの授業で、スルメイカを描かされたことがある。
カッピカピに干された、でっかいやつ。
クラス全員に1枚ずつ、本物のスルメが配られた。
配られた瞬間、教室がざわついた。
だって、チューリップとかイチゴとか可愛いのじゃなくて、花の女子高生たちに、等しくスルメである。
なに、この授業。
でもデザインの先生怖かったし、文句も言えない。
だから全員真剣な顔をして、スルメを睨みながらガリガリ描いていく。
わたしも「うまそうだな」って思いながら、スルメをじぃっと観察する。
なぜ、イカなのか。
たぶん「描きごたえがあるから」ってことだったんだと思う。
実際、描きごたえあった。
吸盤。
まだら模様。
乾燥のムラ。
ちょっと反ってるエンペラ。
見れば見るほどイカのかたちは複雑で、描く筆が止まらない。
……なにこれ、ちょっと楽しいじゃん。
気づけばわたしは、夢中でスルメを描いていた。
けれど、描き終わらない。
ディテールが細かくて、描きどころが多すぎるのだ。
終わらないから、家にスルメを持って帰って、夜遅くまでスルメを描く。
翌朝、またスルメを持って登校する。
わたしはしばらく、スルメと生活をともにしていた。
制服着て、スルメを持って満員電車に乗る。
スルメ持ちがバレないように、ジップロックを何重にもする。
スルメを携えたまま、帰り道に新宿アルタでアイス食べる。
スルメと一緒に渋谷PARCOにも行く。
スルメをカバンに忍ばせてアイス食べる女子高生って、冷静に考えるとおかしい。でも、課題が終わらなかったんだから、仕方ない。
女子高生が、どこに行くにもスルメと一緒。
ぬい活ならぬ、スル活である。
記事を書いているうちにスルメに愛着が湧いてきたので、ここから先スルメのことは「スルたん」と呼ぶことにする。
日が経つごとに、スルたんの磯の香りは強くなる。
わたしの手もスルたんの匂いになる。
その手で作品をさわるから、画用紙もうっすら、スルたんになる。
教室も、わたしの部屋も、だんだんスルたんの香りに包まれる。
作品の展示会場も、ほんのりスルたんを感じる。
どこもかしこも、スルたん、スルたん。
なんか、すごかった。
クラスメイトもみんな、鼻をスンスンさせてた。
これ即ち、「鼻」の女子高生たち。
(わかってる、寒いのは自覚してる)
課題が始まった頃は、わたしも思っていた。
「なんでイカ描かせるんだ、この先生」って。
が。
いま、わたしも自分のアート教室で、平気な顔して生徒にイカを渡している。モチーフとしてのイカの魅力に気づいてしまったからだ。
「描きたまえ、イカを!!!」
「追いたまえ、吸盤のカタチを!!!」
人生、こうやって静かに魚介に、いや業界に染まっていくんだなと、つくづく思う。
ちなみに今、どう頑張っても思い出せないことがある。
あのスルたん、その後どうなったんだろう。
わたし、持ち帰ったって記憶がない。
スルメは学年全員分だから、たぶん250枚はあった。
もしかして……先生が全部食べた?
いやいやいや。健康診断で引っかかるわ。
ああ、スルたん。あんなに仲良く過ごしていたのに。
衰えた記憶力のせいで、彼はどこかへ消えてしまった。
スルたん、どこ……?
……ま、たぶんわたしが食べたんだろうな。
記憶ないだけで。
第一印象「うまそう」だったし。
…あれ?
愛着、なかったのかもしれない。
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