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【S6|外伝】帰宅した瞬間に気づく記憶の匂い---再生されるデザイン

匂いは、心のどこかに眠る“時間”を呼び起こす。


他人の家に入った瞬間、
ふと立ち止まってしまうことがある。

玄関のドアを開けた途端、
その家だけの匂いが、ふわっと立ち上がるからだ。

洗剤の香り。
昨日の夕食の名残。
木材や畳の湿り気。
ペットの気配。

言葉にしにくいが、
確かにそこにある。

一つとして、同じ匂いの家はない。

それは、住人の性格や暮らし方を、
静かに語っているようにも感じられる。

几帳面な家。
清潔だけれど、どこか冷たい家。
少し雑多で、温かい家。

匂いは、嘘をつかない。

どれも、
そこで積み重ねられてきた生活の痕跡が、
そのまま空気に溶け込んでいるだけだ。


そして、自分の家に帰る。

玄関の鍵を開け、
ドアを押した瞬間。

「あ、ここにも匂いがあった」

そんな当たり前のことに、
ある日、ふいに気づく。

それまで意識したこともなかった、
自分の家の匂い。

他人の家を知ったあとで、
はじめて輪郭を持って立ち上がる。

その匂いは、
家族の食事の記憶であり、
選んできた家具であり、
繰り返された朝と夜であり、
子どものころの習慣の名残でもあった。

自分の意思だけではない。
両親の選択も、
偶然の積み重なりも、
すべてが混ざり合って、
この匂いをつくっている。

「自分」という個性は、
こうした環境の中で、
知らず知らずのうちに育まれてきたのだと、
そのとき、腑に落ちた。


家という空間は、設計されたものでもあるが、
同時に、設計されていないものでもある。

図面には描かれない、
生活のふるまい。

匂いは、その最たるものだ。

意図されていないのに、
最も強く「その場らしさ」を定義してしまう。

だからデザインとは、
意図を押しつけることではなく、
時間が刻む痕跡を、
どう受け入れ、どう共存するかという営みでもある。

私たちはみな、無意識のうちに、
自分の家を、
自分の人生を、
匂いごとデザインしている。


帰宅して、玄関の匂いを嗅ぐたびに思う。

私は、ここで育まれてきたのだと。

それもまた、
再生されるデザインのひとつなのだろう。


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この文章は、マガジン
「考える前に、ひっかかったこと」
に収録されています。

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私が運営する「D4G Works」では、
デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
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※匂いのように、言葉にしにくいのに、確かに場を形づくっているものがあります。

暮らしの痕跡、空気、違和感、記憶。そうしたものの中には、まだ整理されていない構造が隠れているのかもしれません。

D4G Worksでは、言葉になる前の感覚や違和感を、構造として捉え直す伴走を行っています。
言葉になる前のものを、構造として捉え直す

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