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【S3|身体性の哲学】かたちが語るもの──カーデザインから読むデザインの思想 #2

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第2回 魂のデザイン──N360が教えてくれたこと

60年代の日本車には、今は失われた“作り手の魂”が宿っていた。

1.クラウンと対極にあったN360

第1回で語ったクラウンが「徳川の権力美学」を引き継いだ存在だとすれば、私にとってのN360はまったく逆の象徴だった。
20歳から約20年、私はHONDAの小さな国民車、N360に乗り続けた。すでにクラシックカーの部類だったが、ハンドルを握ると「作った人の熱」が伝わってくるような不思議な感覚があった。

2.エンジンに宿る意思

N360は空冷2気筒エンジンで、ラジエターすら持たない。
そのエンジン音は、まさにバイクそのもの。高回転まで一気に吹かし、限界まで引っ張って走ると、人馬一体ならぬ「人車一体」の感覚があった。
そこには単なる移動手段を超えた、作り手と使い手の魂の共鳴があった。

3.故障と修理の哲学

旧車なので故障は日常茶飯事だった。だが、その修理こそが楽しみでもあった。
N360の基本構造はバイクに近く、修理は推理と挑戦の連続だった。
「オートバイ修理技術と禅」という本があるが、まさにその世界。
壊れるたびに悩み、試し、直し、また走る。その繰り返しが不思議と楽しく、いま思えば最高の時間だった。

4.Miniとの“誤認”

N360はその車格やデザインから、当時から英国のMiniに似ているとよく言われた。つまり「パクリだ」という批判だ。
だが、実際に長年N360に乗っていた身として言わせてもらうと、それは全くの誤認である。
MiniもN360も「最小限の居住空間と非力なエンジンをどう組み合わせるか」というパッケージの必然性から形が導かれただけなのだ。
結果として似てしまっただけであり、むしろその相似こそがデザインの不思議さ、奥深さを物語っている。

5.魂としてのデザイン

N360に限らず、当時の日本車には“作り手の顔”が見えた。
本田宗一郎の理念や情熱がデザイン全体に宿っていて、ただの工業製品ではなく「生き物」に近い存在感があった。
いまのテスラやジャガー、マセラティが「エンブレムの違い」でしかないほど均質化してしまったのとは対照的だ。

私がN360から学んだのは、デザインはスペックや合理性の前に「意思の痕跡」である、ということだ。
60年代の日本車は、作り手の魂がかたちとなって現れていた。
それは、いまの大量生産・グローバル基準のデザインでは得られない強度だったと思う。

次回予告
第3回では、日本車がグローバル化の中で“均質なデザイン”へと収束していく過程を考察する。 第3回を読む ▶

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