【S2|生命とデザイン】生物とのコミュニケーション──デザインの視点から #3
第3回 翻訳の罠──人間目線の勝手な決めつけ
イルカの声を“言葉”、模様を“カモフラージュ”と呼ぶのは、すべて人間の想像にすぎない。
1.翻訳という行為
私は以前の連載でも「デザインは通訳である」と書いた。
異なる領域をつなぎ、橋を架けるのがデザインの本質だと今も思っている。
だが、生物や自然現象に対して行われてきた「翻訳」には、危うさが潜んでいる。
2.人間目線の勝手な解釈
イルカの声は「言葉」、動物の模様は「カモフラージュ」、植物の化学反応は「会話」──。
こうした説明はすべて人間の行動に準えたものだ。
つまり、人間目線の勝手な想像に過ぎない。
私たちは理解できないものを、自分たちの言語に引き寄せて解釈している。
だが、その瞬間に「相手本来の意味」を切り捨てている可能性は大きい。
3.観察できない内面
誰も生物の内面を観察することはできない。
何を考えているか、何を感じているかを知る手段はない。
仮に電気信号や化学反応を測定できても、それを「言葉」や「感情」と呼ぶのは人間の都合でしかない。
私たちがやっているのは、あくまで「人間が理解できる形に置き換えた仮説」であって、真実ではないのだ。
4.デザイン的な視点から
では、こうした翻訳の罠にどう向き合うべきか。
デザインの立場から言えば、「勝手に決めつけないこと」こそ重要だと思う。
例えば、模様を「カモフラージュ」と決めつけるのではなく、単なる「パターン」として捉えてみる。
そこに余白を残しておくことで、別の意味や価値を見出す余地が生まれる。
デザインは、解釈を一つに固定するものではなく、多様な可能性を開く装置であるべきだ。
5.次回予告
第4回では、人間以外の生物が持つ「コミュニケーションの形」を改めて考える。
人間の翻訳を離れ、生物自身の営みをデザインの視点で見直してみたい。
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