【S5|自然と文化】機能をカタチにしたものが優れている訳ではない=流線型の罠 #1
第1回 「形態は機能に従う」という神話
デザインの歴史を支配した有名な言葉は、果たして真実なのだろうか。
1.言葉の呪縛
「形態は機能に従う」---近代デザインの根本思想として、多くの人が耳にしたことのあるフレーズだろう。
だが、私はここに大きな誤解があると感じている。むしろこの言葉こそ、デザインを“神話”へと変えてしまった原因なのではないか。
確かに、椅子には座るための機能がある。飛行機には飛ぶための機能がある。
だからといって「機能を突き詰めれば最適なカタチが一つに定まる」と信じるのは、あまりに短絡的だ。
それが現代の人々の通説だと言い切ったら言い過ぎだろうか?
2.自然界が示す多様性
自然は、そんな単純な理屈で動いていない。
例えば、空を飛ぶ生物を比べてみよう。
•カモメは流線的な翼で空を滑空する。
•一方、カブトムシは硬い羽根をバサバサと開いて飛ぶ。
両者は同じ「飛ぶ」という機能を果たしながら、その形態は似ても似つかない。
海の世界でも同じだ。
マグロとマッコウクジラ、どちらも海中を高速で泳ぐが、その姿はまるで別世界の生物のようだ。
自然は「機能=一つの形態」という単線的な答えを示してはいない。むしろ、環境や歴史、文化や偶然といった複雑な要素が重なり合い、無数のかたちを生み出している。
3.マシンエイジの幻想
では、なぜ私たちは「形態は機能に従う」という神話を信じ込んできたのだろうか。
そのルーツのひとつは1920年代の「マシンエイジ」にある。

機械文明が人々を熱狂させ、工業製品が大量に普及し始めた時代。
流線型のデザインは「速さ」や「合理性」を体現するものとしてもてはやされた。
だが、その多くは機能から必然的に導かれたわけではない。
むしろ「機能的に見える」というイメージ戦略、つまり人々の憧れを利用したデザインだったのだ。
ここに近代デザインが抱える「大いなる誤認」がある。
4.均質化という罠
「機能を突き詰めれば形は一つに収斂する」という思想は、製品を画一的にし、文化的な多様性を奪っていった。
流線型の家電、流線型の車、流線型の家具。
どれも便利で合理的に見えるが、そこに人間の感情や地域の文化は宿っていただろうか。
私にはむしろ、デザインが「均質化」という罠に囚われてしまったように思える。
5.デザイン神話を解体する
デザインに答えは一つではない。
いや、答えが一つである必要はない。
自然がそうであるように、デザインもまた多様であってよいはずだ。
「形態は機能に従う」という呪文を一度手放すこと。そこから初めて、本当の意味で自由なデザイン思考が開けるのではないだろうか。
次回予告
第2回では、流線型がいかに人々の憧れを象徴したかを、1930年代のデザイン史から掘り下げる。
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