【S6|外伝】強みがないとダメですか?──差別化というデザインの罠
差別化を求める社会ほど、似たものがあふれていく。
1.「強みは何ですか?」という呪文
新しい事業でも、アートでも、学生の卒業制作でも、最初に問われるのは決まっている。
「あなた(たち)の強みは何ですか?」
この問いには一見、正義がある。だが、問いかけられた瞬間、思考は“比較”に縛られる。
「他と違うところを見せなきゃ」という焦りが、自由な発想を奪っていく。
強みとは、他者との比較の上にしか成り立たない言葉だ。
そこには“あなた自身”という存在の希少性が、最初から見落とされている。
2.「差別化」という名の同調圧力
ビジネス書でも、デザインの現場でも、「差別化」は魔法のキーワードのように扱われる。
だが、社会を見渡してみればどうだろう。
ファッション、自動車、家電、Webサービス──どれも似たようなものばかりだ。
「差別化」を追いかけるあまり、人々は“正解”を探すようになる。
そして、その正解はすでにどこかに存在しているものだ。
結果として、差別化を目指したはずのデザインが、
気づけば「似たようなものの群れ」の中に埋もれていく。
3.共鳴のデザイン
人は影響を受けながらしか生きられない。
リスペクト、オマージュ、シンパシー──これらは模倣ではなく“共鳴”だ。
音楽も、建築も、アートも、同時代に同じ波長を帯びる瞬間がある。
それは偶然ではない。
社会が「今はこういう感性を欲している」と訴えかける声を、
多くの人が無意識に受け取っているからだ。
「似ている」ことは、必ずしも「劣っている」ことではない。
むしろ、時代と響き合っている証拠でもある。
4.個性というワガママ
強みを探すより、自分の“好き”を貫くほうがずっと健全だ。
個性とは、他者との比較ではなく、
「こうありたい」という意志を繰り返し選び続けた結果に宿る。
デザインはもっとワガママであっていい。
理屈ではなく、「これが良い」と信じられる直感こそが、
他者の心を動かす本当の力になる。
5.結びに
社会が「強み」を求めすぎるほど、人は自分を説明しようと必死になる。
だが、本当に魅力的なデザインには、説明はいらない。
たとえば猫が「なぜ可愛いのか」を論理的に説明できないように、
良いデザインも、ただ“存在するだけで伝わる”。
「強み」という言葉にとらわれず、
“自分のワガママ”を恐れずに形にすること。
それが、デザインを自由にする最初の一歩だと思う。
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