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【S5|自然と文化】機能をカタチにしたものが優れている訳ではない=流線型の罠 #4

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第4回 デザイン観の分岐──モダンと民藝のあいだ

同じ時代に、正反対のデザイン観が同居していた。


1.デザイン思想の交差点

「形態は機能に従う」という合理的な思想は、1920年代のマシンエイジで大きく花開いた。
だが同じ頃、日本でも異なる文脈から「デザイン」をめぐる考え方が芽生えていた。
そこには、西洋的なモダンデザインの志向と、日本独自の伝統や手仕事を見直す動きが併存していたのである。

伝統と手仕事に裏打ちされる技

2.日本文化が示す選択の幅

例えば1920年代の日本を見てみよう。
大正デモクラシーの空気の中で、都会にはモダンボーイやモダンガール(モボ・モガ)と呼ばれる若者たちが登場した。
洋装に身を包み、最新の工業製品やカフェ文化を楽しみ、欧米的な合理性や都市的洗練に憧れを抱いていた。

一方で、柳宗悦らによる民藝運動は、地方の職人や日常の手仕事にこそ「用の美」が宿ると説き、素朴な道具や工芸品を見直した。

同じ日本の中に「モダンを追う都会文化」と「素朴を尊ぶ民藝の思想」というまったく異なるデザイン観が共存していたのだ。
つまり、日本人の価値観はすでにこの時点で多様性を内包していたといえる。

3.多様性は弱さではない

一つの正解を求めるのではなく、複数の価値観を抱え込むこと。
それは一見すると矛盾のように思えるかもしれない。だが、文化やデザインの歴史を振り返れば、多様性こそが持続の源泉であることがわかる。

機械文明が進歩を象徴していた同時代に、あえて素朴な美をすくい上げた民藝のまなざしは、モボ・モガのモダニズムとは別の回路で日本文化を豊かにした。
この「二重性」こそ、日本のデザイン観の特質なのではないだろうか。

4.今日の示唆

現代のデザインにおいても「正解は一つだ」という思想にとらわれすぎると、かえって人々を排除してしまう。
特に高齢者や障がいを持つ方にとっては、「シンプルさ」や「学習を強いるデザイン」が不便を増す場合がある。

「誰にとっての合理性か?」
その問いを忘れず、多様性を認める視点を持つこと。そこにこそ、デザインが社会の営みを支える本当の力が宿る。

5.結び

1920年代に並走した「モダン」と「民藝」という二つの潮流。
その対比は、今日の私たちに「デザインは常に多様であってよい」というメッセージを伝えているように思う。

次回予告
第5回では、「不完全さをデザインする」というテーマを取り上げる。余白や隙間が人を巻き込み、共感を生む仕組みに迫る。
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