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【S5|自然と文化】機能をカタチにしたものが優れている訳ではない=流線型の罠 #3

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第3回 多様性はなぜ失われるのか?

一度生まれた多様なかたちは、なぜやがて一つに収束してしまうのか。

イスの形態にもさまざまな解釈がある

1.自然界に見る多様な飛行のかたち

自然界を見れば、「同じ機能=同じ形態」ではないことは一目瞭然だ。

例えば空を飛ぶ生物。
•カモメは流線的な翼で滑空する。
•一方、カブトムシは硬い羽をがさがさと開いて、不格好に飛ぶ。

どちらも「飛ぶ」という同じ機能を果たしながら、形はまるで違う。
自然は「一つの正解」に収束することなく、多様な答えを生み出しているのだ。

2.デザインの多様化と収束

人間のプロダクトも、一定の期間多様性を持って競争を繰り返すことがある。
例えば、スマホ以前の携帯電話。折りたたみ式、回転式、スライド式---次々と新しい機構やデザインが現れ、メーカーごとに独自の表現を競っていた。

しかしスマホの登場で、状況は一変する。
タッチスクリーンという形式が標準化すると、あっという間にすべてが“黒い板”に収束した。
そこに、かつての多彩なデザインの冒険は消えてしまった。

3.「最新」に見えてしまう錯視

私はここに「錯視」があると考えている。
実際には焼き直しに過ぎないデザインが、テクノロジーの刷新に伴って「最新」に見えてしまうのだ。

かつてPDAからスマホへの移行期に、多くの人が“未来”を目撃したと感じた。だが冷静に見れば、入力方法や画面構成はむしろ単純化し、多様性はむしろ失われていた。
進化ではなく「一本化」と言うべき変化だった。

4.均質化がもたらすもの

ここで重要なのは「なぜ均質化が起こるのか」ということだ。
それは単なる技術的必然ではない。社会の側が「わかりやすさ」「安心感」を求め、シンプルな形に支持を集中させるからだ。

だが、その裏で置き去りにされる人々がいる。
特に高齢者や障がいを持つ方など、社会的弱者にとっては、「シンプルさ」や「学習を強いるデザイン」がむしろ不便を増す。
「誰にとっての合理性か?」という問いを忘れてしまえば、デザインはただの多数派迎合になってしまう。

5.デザインは本当に前進しているのか

多様性が失われて「均質化」することを、果たして進歩と呼べるのだろうか。
そこにはむしろ、人間の想像力の幅が削られていく危うさがある。

私たちが「進化」と呼んでいるものは、実のところ“選ばれた一つのかたち”にすぎないのかもしれない。
では、どのようにしてその「一つ」が選ばれるのか?
そこに次回のテーマがある。

次回予告
第4回では、デザインの選択肢が「消える」のではなく、時代や社会の価値観によって「選ばれなくなる」プロセスに注目します。
市場や文化がどのようにして一つのかたちを支持し、他を忘れ去っていくのか──デザインの歴史の背後に潜む“選ばれる理由”を探ります。
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