【S2|生命とデザイン】生物とのコミュニケーション──デザインの視点から #1
第1回 生物は本当に会話しているのか?---人間目線への疑問
「会話している」と決めつけるのは、すべて人間の翻訳かもしれない。
1.序:生物は会話している?
最近、植物同士が「会話」をしているという説をよく耳にする。
土壌を通じて危険信号を送り合う、栄養を分け合う──そんな研究がメディアで取り上げられる。
また、イルカやクジラが特定の周波数で鳴き声を交わし、仲間とコミュニケーションをとっている、というのも昔から有名な話だ。
でも、私はここに大きな疑問を抱いている。
それは「それを“会話”と呼ぶのは、人間の都合ではないか?」ということだ。
2.人間目線の翻訳という落とし穴
科学者は、電気信号や行動パターンを観察して「情報を交換している」と結論づける。
しかし、そこに「言葉を交わしている」という解釈をのせるのは、完全に人間的な翻訳でしかない。
ペンギンは「お腹を白にしよう」と思って模様を持ったわけではないし、木々は「危険だ、逃げろ」と文字通り言っているわけでもない。
それでも、私たちはつい「会話」という枠組みで理解しようとしてしまう。
本当にその内側に「意思」や「感情」があるのか。
それは誰にも証明できない。
3.分類学という人間のルール
生物学には、界・門・綱・目・科・属・種という7階級分類がある。
しかし、これも「骨格が似ている」「見た目が近い」といった人間の判断基準に基づいたグルーピングにすぎない。
もし基準を変えれば、全く違う分け方も可能だっただろう。
つじつまが合わない生き物には「○○モドキ」と名付けてごまかしてしまうのも、人間の都合の典型例だ。
4.科学を疑う
科学は仮説を立て、実験し、再現性を確かめる営みだ。
だが、生物の内面を“完全に理解する”ことは不可能だ。
結局のところ「生物になってみないと分からない」。
それでも私たちは「科学が言っているから正しい」と信じたくなる。
その“安心感”こそが、人間側の欲望なのだ。
5.デザイン視点での転換
私はここで「デザイン」という視点を持ち込みたい。
重要なのは「会話しているか否か」ではなく、彼らの関係性がどう見えるか、どう作用しているか、ということだ。
人間の言葉で翻訳するのではなく、形や模様、動きや沈黙の中に“コード”を読み取る。
そこには新しい理解の可能性があると感じている。
次回予告
第2回では、動物や植物の「音」や「模様」を“会話”としてではなく、“デザイン的コード”として読み解いていく。
第2回を読む ▶
連載一覧(マガジン)はこちら
D4G Worksについて
私が運営する「D4G Works」では、デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
詳しくはこちら → D4G Works公式サイト
