僕と息子が歩く道、それと宝物。
まずは、僕自身が歩いてきた道と、
その途中で崩れてしまった瞬間のことから――。
■僕の歩んできた道とその崩れ
50歳近くまで、僕は順調なキャリアを歩んできた。
ところが、
世界のどこかで決まった会社の方向転換と、
身近なトップの一声で職場環境は一変。
大幅なリストラが慣行され
人が減った皺寄せだけでも大変なのに、
むしろ新しい仕事が増えていく。
上司に理不尽な判断を訴えても、
その声は届かず、誰も動かない。
部下を守ろうと必死になるほど、
自分の心は削られていった。
ガソリンのない車で
アクセルを踏み続けて
気づいたら、壊れてた。そんな感じ。
そして頑張ってるのに
「どうにもならない」
それが人生最大のストレスになるんだと
その時にわかりました。
■自己肯定感を失っていた
ポジティブシンキングの本が好きだった。
かつて響いていた言葉が、
いつのまにか、全く心に届かなくなっていた。
気づけば、自信を失っていた。
そんなとき、
自己肯定感に関する本を手に取った。
そして、自分の部屋にこんなメモを貼った。
自己肯定する〜自分の存在を受け入れる〜
現実の自分を有難く思い、誇りを持つ
最後に関西弁で、大きく
「ええやん!」と書き添えた。
自分自身に貼るラベルを
わかりやすく理解できるように。
もう、
よー、わからんことになってたから(笑)。
■自己肯定感と親の影響
自己肯定感は、子どもの頃に
「君は君のままでいい」と
受け止めてもらえたかどうかで
大きく変わるという。
僕は経済的には恵まれた環境で育った。
親は自営業で、中学受験もさせてくれた。
一方で、子供を構ったり、
愛情を扱うのは、得意ではない家族でもあった。
僕はクリスマスフレゼントがなかったり
誕生日が祝ってもらえなくて
寂しい気持ちになることもあった。
けど、忙しく働く両親の姿を見ていたから、
困らせないよう、親にあわせてた。
だから
「君は君のままでいい」というより「人に合わせて当たり前」。
そんな感覚で大人になった。
ひょっとしたら僕は、
「自分は自分のままでいい」と
心から思える経験が
少なかったのかもしれない。
■自分のことを、自分で決める
そんな僕が会社を辞めた理由は、
「納得できないものを、やらされるのは嫌」だったから。
自分で舵を自由に握っているときには、
どんなに忙しくても苦にならない。
仕事で何度も徹夜をしたけど平気。
なんなら充実していると思ってた。
けれど「何も自分で決められない」と感じた瞬間、
心の余白と自由が奪われてしまう。
とっても心が苦しくなった。
野生のゾウは、動物園のゾウより長生きする――そんな話を思い出す。
そうそう、
親が私を「自由」には育ててくれた。
これには本当に感謝。
■息子への指針
人生で一番苦しかった時に得た
これらの学びが、今息子と向き合う上での
大事な指針になっている。
自分で決められること
自由の余白を持つこと
君は君のままでいい。――どんな点数を取っても、それは変わらない。
これらは自分が困難な時、辛い時に
生まれた結晶のようなもの。
それが中学受験の難しい勉強で
つらい思いもする息子の心を潰さないための
大きな盾になっているなんて、
皮肉のような、運命のような話ですね。
■まとめ
本を読めば、同じような事がいくらでも書いてある。
けれど、これは僕が身を削ってたどり着いた、魂のようなもの。
もしかしたら、今この記事を読んでいるあなたも、
自分なりの問いと向き合っているかもしれません。
「自分で選んでいい」
「君は君のままでいい」
言葉はとってもシンプルだけど
勉強や社会との折り合いをつけたり
人生とバランスをとるのは簡単じゃない。
けど、僕も息子も頑張ってます!
きっとこの時間が、いつか僕たちの“宝物”になると信じて。
そしてその宝物を、これからどう生かすのか――
その続きを、一緒に探していきたいと思っています。
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