『ロスト・ハイウェイ』と福井県知事とパラノイア ②
前回から、福井県の新たな県知事:石田たかと氏の発言の背景にあるものを映画で解説しております。
私は移民政策には反対です。
理由は、まず日本は単一民族国家です。
次に、私たちだけですべきことがまだあります。
最後に、国家の安全保障が大事だからです。今ヨーロッパでは大変なことになってます。もともと多民族国家でも、移民は大きな問題になってます。多文化共生は大事。でも日本人を守ることが第一です。私は移民政策には反対です。
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前回は
直視すべき問題を避けて、外国人を「姿の見えないボンヤリとした巨大な影」のように感じてパラノイアに陥っている現状。
これとデヴィッド・リンチ監督の『ロスト・ハイウェイ』はすごく似てるよねって話を書きました。
主人公フレッドは妻殺しの現実から逃避し、記憶を改竄し、世界を作り変え、別人と入れ替わります。
しかしその先に待っているのは自我の崩壊。
被害妄想を下敷きにした「移民反対」が招くのは、敵がいないと成立しない他責感情うずまく社会でしょう。
その先に待っているのはおそらくロクでもない世界でしょうが、いずれにせよ
キーワードは「記憶」
「記憶」の扱いをナメちゃいかんよと。
そういうことになるのかと思います。
記憶は思い出すと不安定になる
O.J.シンプソン事件の行方をテレビで観ていたデヴィッド・リンチ監督が「もしやO.Jって自分たちとは違う、もう一つの現実に生きているのでは?」って感じたことが『ロスト・ハイウェイ』制作につながったっていうのは割と知られた話。
事件をきっかけに
「心因性遁走(psychogenic fugue)」
自分がだれであるかを忘れ、新しい人生を歩もうとする解離性障害を知ったと語る監督
嫉妬にかられて妻を殺してしまった。
その記憶を自ら改竄することで現実から逃避し、「殺していない自分」を作り上げたうえで無罪を主張していたのでは…?
確かに映画のストーリーとしてはスリリングで面白そうだけど、実際にそんな簡単に記憶って書き換えられるもんなんだろうか。
もし出来るなら、誰しも書き換えたい記憶なんて割とたくさんあるだろう。
ところが最近の分子脳科学によれば、記憶っていうのは相当に不安定なもののようです。
消えたり、壊れたり、変わったりしやすい
2000年にジョセフ・ルドゥーというアメリカの神経科学者が発表した論文、「記憶は思い出すと不安定になる」によれば、長期記憶として保存された記憶は思い出すたびに不安的になるとのこと。
そして一旦思い出した記憶が再び長期記憶として保存されると、再び安定化して頑丈な記憶になる。頑丈になった記憶はまたどこかのタイミングで思い出される。
そしてまた不安定化し、変化していく。

安定した長期記憶→ 思い出す→ 不安定化→ 変化→ 再び長期記憶として固定化
このサイクルを繰り返しているのが人間の記憶のメカニズムなのだ、というわけです。
思い出して不安定化するたびに、他の記憶とくっついたり離れたりして変化していくので、思い出すたびに記憶の形は変わって歪んでいきます。
何回か繰り返したらもう最初の原型なんてとどめてないでしょう。
言うまでもないですが記憶がどんどこ変わっていったら自分を保持することなんてできません。
過去の自分と現在をつなぎとめてくれる証拠である記憶が崩れちゃうわけですから。
それでいて記憶ってもんがこんだけ不安定なんだとすると、もしかすると人間は、記憶がなるべく変化しないようにすごい頑張っている生き物なのかもしれません。
自分が真っ暗闇の波間に流れ出ていかないように、前もこうだった、これが自分だ、あの時も自分はこうしてた、って毎分毎秒懸命に記憶をつなぎとめてるのかもしれません。
だとすれば、逆を言えば自分の記憶を自らの力で書き換えるっていうのは案外簡単なことなのかも。
冒頭から2分半ぐらいは「覚えてない」を色々と語る監督
意識とはつまり記憶である
記憶にまつわる研究で
人間の「意識」とはつまり記憶のことなのでは?
というものがあります。
カリフォルニア工科大学の下條信輔教授らが行った実験で「被験者の前に2枚の顔写真を出し、どちらか好きな方のボタンを押してもらう」というとても面白いものがあります。
パッと表示される顔写真
↓
好きな顔を選ぶ
↓
どちらかのボタンを押す
その実験結果を解析してみると、ボタンを押す数秒前から脳の活動に変化が見られたり、好きな顔写真の方をより長く眺めていたり、といった現象が見られたといいます。
これはつまりですね、好きだという意識が上る前にすでに判断がなされている、ということなんです。
意識する数秒前にすでに判断が済んでいる
どういうことかといえば、つまり
人間の「意識」の数秒前に、「意識の前段階」のようなものがある。
その「前段階」は脳に記憶され、数秒後、その記憶を呼び出し解釈し、人間はようやく「意識」に到達するということ。
意識意識ってややこしいですね。
短くまとめると
数秒という超短期の記憶が「意識」を生む。
一人の人間のあたまに毎分毎秒うかんでくる無数の意識の前段には、これまた無数の超短期記憶があるってわけです。
その無数の意識を一緒にぐつぐつ煮込んで統合して、人間は一人の人格として日々を生きている。
人格が破綻しないように、記憶を懸命に保持しながら、意識を一つにまとめながら。
となるとですよ、『ロスト・ハイウェイ』の主人公フレッド。もしくはO.J.シンプソンの運命やいかに、ということです。
そもそも不安定な記憶を、都合よく改竄してしまう。改竄された記憶からは、本来生まれてくるはずの意識とは違う、異形の意識が生まれてくるでしょう。
その意識は歪んでいて、人工的で変な形で、キメラのようにグロテスクで狂ったものかもしれません。
自分の意識を構築する記憶を作り変えてしまえば、当然いまの人格や自我は影響を受けます。壊れていきます。
『ロスト・ハイウェイ』のラストで、光と煙に包まれたフレッドは猛スピードで車を走らせながら、化け物のように歪んだ顔で苦悶の叫び声をあげ続け、そしておそらくは消滅していきます。
パラノイアな国
2026年2月の衆院選は自民316議席という圧倒的というか破壊的な勝利で終わりました。
無党派層はどう動いたとか、若年層は、リベラル層はどういう投票行動だったとか、気になるところはたくさんありますが
中長期的な取り組みより今この瞬間の株高を維持してくれ。
そのためならセーフティネットは薄くなってもいい。
国がアメリカの出先機関になろうがどうでも良い。
「お互いさま」の世界よりは個人主義
そう望んだ有権者が圧倒的、破壊的に多数だったってことなのかな、と想像します。
もっと激しい「リスクの個人化」を。
もっと激しい「自己責任」の世界を。
そしてあまりに辛い自己責任から目を逸らすために、人々は他責を求めるでしょう。
政治家もこぞって他責的な世界観をPRするでしょう。
その時なにが歪んでなにが壊れていくのか、パニックを起こさずに可能な限り客観的に事態を把握するためには、映画からパラノイアを学んでおくことはかなり有効なんじゃないかと思います。ショックに備えるって意味でも。
『ロスト・ハイウェイ』の最後にかかるサウンドトラック、デヴィッド・ボウイとブライアン・イーノによる「I'm Deranged」って曲ですが、この曲の歌詞がまさにこのパラノイアに陥っていく悲痛な現状を言い当ててます。
何も隠せはしない
自分の血を見て現実を知れ
どんどん落ちていく
絶望の淵へ落ちていく
すべてを失ってしまう
気が変になりそうだ
さて次回は、リンチ亡き後のパラノイア映画界を牽引するトップランナー、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』で、新・福井県知事の「移民反対」発言を解説してみますよ。
また来週も宜しくお願いします。
<続>
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