『ロスト・ハイウェイ』と福井県知事とパラノイア ①
今回から数回に分けて、我が県・福井の新たな県知事、石田たかと氏の発言を映画で解説してみます。
私は移民政策には反対です。
理由は、まず日本は単一民族国家です。
次に、私たちだけですべきことがまだあります。
最後に、国家の安全保障が大事だからです。今ヨーロッパでは大変なことになってます。もともと多民族国家でも、移民は大きな問題になってます。多文化共生は大事。でも日本人を守ることが第一です。私は移民政策には反対です。
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90年代からこっちしばらくは
「うまくいかない原因は僕にあるのか?」
みたいな不安感からくるノイローゼの時代だったなぁと思うんです。すべてが勝ち負けの価値観に置き換えられちゃう過酷さ。恐怖感。
なにかといえば自己責任になる重圧。
これは80年代以降の、富の再分配をミニマムにして社会を弱肉強食化する、新自由主義的な政策の弊害だったと思います。

でも、最近はこのノイローゼっぽい風潮も変わってきたように思います。
「勝ち」を称する人は相手の頭を踏みつけながらゲラゲラ笑っています。XなどSNSでは当たり前のような光景になっちゃいましたよね。
自己責任的な不安と焦燥と恐怖はMAX。
そんなのもうみんな耐えられず、限界を迎えた人から他責的な世界に活路を見出すようになりました。
「これは他人のせい」
「俺から盗むな」
「俺が悪いんじゃない」
「社会の方が狂ってる」
あいつが、あのグループが、あの国籍が…
なにもかもアレのせい。
生物兵器ワクチン、ディープステイト、サイキックアタック、農薬、鎮痛剤、左翼…
パラノイアな世界です。
ノイローゼ から パラノイア へ
映画的な時代、とも言えるかもしれない。
なんたって映画は「陰謀とパラノイア」に満ちてますから。
相手が誰だか分からない
前・福井県知事のなんとなくクリーンなイメージから急転のグロすぎるセクシャル・ハラスメントの告発→ 辞職→ 新たな県知事選挙ときまして、35歳の若き元外務官僚が新県知事として選ばれる事になりました。
「日本人ファースト」を掲げる参政党の支援を受けていたことも話題でしたが、冒頭の「移民反対・単一民族国家」SNSポストが全国的にも物議を醸しました。
なにが起こってるんでしょう福井県。
正気なんでしょうか。
割とシリアスに不安ですよ。
ちなみに有権者であるところのあたしは石田氏には投票しなかったんですけどね。
しかしこの「移民反対」ってワードですけどね。最近政治家とか、政治家候補の方々から多く聞かれるようになってきたじゃないですか。
この言葉の怖いところは相手をハッキリさせない点にあると思うんです。
今さら言うことでもないですが、現状の日本は移民政策をとっていないので「移民」というカテゴリの人はいません。 ならば
「移民」って誰を指してるのか?
“技能実習生” か “特定技能” か “留学生” ?
あるいは “永住者” “定住者” “高度専門職” ?
まったくハッキリしません。
反対を叫ぶ人はここに “観光客” まで混ぜこんで、「奈良のシカを蹴るヤツがいるぞ」と声をあげ、相手は誰なのかボカしたまま
「追い出せ!」と怒鳴ります。
誰のことかは分かりません。
「移民反対!」とだけ言います。
(なかには「技能実習生を追い出せ!」って主張も見かけるけど少数派)
日本に在住してる外国人といまどのように共生しているのか。
外国の隣人との間にどんな問題があるのか、あるいは無いのか。問題があるなら現状どんな対応をとってるのか。
何が足らないのか。そこには触れない。
賃金などの条件が悪すぎる職種がある。
政府は好条件へと変える手立てを打たない。
社会の根幹を支える業種での圧倒的な人手不足がある。技能実習生や特定技能に頼る経済界がある。
その上でどういった対応策が取れるのか。
そこにも触れません。
「ヨーロッパは大変なことになってるぞ!」
「文化が壊されるぞ!
街がメチャクチャになるぞ!」
とだけ言います。
姿はハッキリ見えないが地獄の犯罪集団が日本を狙っている
壁を作れ、防御を固めろ、という世界観
これこそパラノイアってもんです。
パラノイアとはつまり他者に対する過度な疑念。現実的に根拠のない不安、被害妄想や不信感、陰謀論への固執などが特徴とされます。
何でこんな事態になってるんでしょう?
政治家がパラノイアを煽ってるんでしょうか?
たぶん違う、と僕は思います。
これおそらくは、
市民側がパラノイアを望んでる
んだと思うんです。
その民草の望みを感じ取った政治家が、そのムードにレスポンスしてるというのが現状なのでは、と。
なんかこの状況って映画『ロスト・ハイウェイ』そのものだなあ、とか思うんです。
ってことはこのデヴィッド・リンチ監督の名作、上映時間135分を観通せば今の状況が一発で理解できるんじゃないかと、そんな気がするんですね。
誰も殺してない世界へ逃げ込む
『ロスト・ハイウェイ』
リンチ監督作のなかでもとりわけバランスのとれた見やすい一本といえます。
ご本人も相当に気を使って、あっちが飛び出ないように、こっちの形を整えてと、かなり繊細な苦労をしながら制作されたのではと思います。
ストレートなサスペンス感とワケ分からなさ、暴力といかがわしさとビジュアルの上質さの混ざり具合がちょうど良く、リンチ映画の入門編にして最高傑作なんて言い方もできるかも。
お話はというと、O.J.シンプソン事件をモチーフにしてるっていうのは有名な話だけど、なにぶん30年以上前の事件なのでご存じ無い方は以下にて概要を。
主人公フレッドの家に届いた謎のビデオテープ。そこに映っていたのは自宅寝室の血まみれのベッド。切り刻まれたフレッドの妻のバラバラ死体。
フレッドはすぐに逮捕され収監されます。
「殺したのは自分じゃない」
そんな主張は通らず、第1級殺人で死刑判決。そして繋がれた獄のなかでフレッドは激痛に襲われる。
気がつくと彼は全くの別人、ピートに変化。容姿も記憶も過去も現在も、何もかも別人の男に変わってしまったのです。
理由は説明されません。
フレッドの自我は失われ、ピートとして始まる別の人生。
やがて目の前に現れた謎の女に心を奪われ、愛し合い、導かれ、痛みと歪みとともに悪夢的な殺人を犯す道へと誘われていきます。
フレッドの妻を殺したのは誰なのか?
「自分じゃない」という証言は真実なのか?
この映画はその真相を追う映画じゃないんです。
犯人はもちろんフレッド自身だし、妻の浮気を疑って激昂し、殺してしまったというのが事実です。
フレッドはウソをついていて、別人への変容やその後の悪夢的人生はぜんぶ獄中のフレッドの妄想。現実じゃない。
そんな解釈もできそうなストーリーですが、少し違います。
ヒントは捜査のために彼の家にやってきた刑事とフレッドのやりとりにあります。
刑事 ビデオカメラは持ってます?
フレッド
カメラは嫌いなんです。記憶はつねに自分なりにしておきたい
刑事 と言うと?
フレッド
起こったことをそのまま記憶したくない
これどういうことかと言えば、フレッドには自分の都合よく記憶を書き換えるクセがあるってことです。
彼はウソをついてるわけじゃないんです。
記憶を改竄して、もう一つの現実を作り上げてる
「妻を殺してない」自分を作り上げ、自らの潔白を主張する。
彼の世界の中では殺してないんだから、「殺してない」って主張するのは当たり前です。
つまりこの映画は、記憶をめぐるスリラーなんです。
記憶に翻弄され「おかしいのは自分じゃない。俺のせいじゃない。狂ってるのは世界の方だ」っていう地獄に陥る、いかにもリンチらしいパラノイア・ワールド。
フレッドは自分の責任に向き合うことを避け、他責の世界へ逃げ込みます。別人となって。
彼の「もう一つの現実」はどこへ向かうのか。
さて今回はこの辺にしておいて、また次回もう一層深堀りしてみてですね、分子脳科学的な方向から『ロスト・ハイウェイ』を観てみます。
次週、自我は如何にしてぶっ壊れていくのか。どうぞ宜しくお願いします。
<続>
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