AI実験短編|巻き戻し(Gemini)
踏み出せなかった男
発動条件はシンプルだ。 次のメッセージ送信ボタンを押すまでの間。そこから「送信直前」の時間まで、世界を巻き戻すことができる。
目的はひとつ。十年の空白を経て、「綾」という受信システムから、エラー(無視、あるいは拒絶)を起こされずに、対話を継続するための最適解(プロトコル)を導き出すこと。
ターン1:初期衝動
「俺は、綾という女性と人生の中で再び接点を持ちたい。身勝手なのは分かっているけど、一度感じたこの衝動が、なくならないんだ」
【送信】 ……15分後、既読。返信なし。 夜が明けても、画面は動かない。処理落ち(完全なシャットダウン)。
ターン2:偽装
「久しぶり。今は外資系企業に転職してマネージャーをしてる。今は色々順調だけど、ふと懐かしくなって。返事は気が向いた時でいいよ」
【送信】 ……1時間後、メッセージ着信。 『順調そうで何よりです。私はもう当時のことはあまり覚えていないので、お互い今の生活を大切にしましょう』
ターン3:微調整
「静岡という言葉を聞くたび、今でも思い出す。あの時、友人として続ける事はできないと拒絶し、いなくなってごめん。ただもう一度、話したい」
【送信】 ……3時間後、着信。 『謝ってほしいわけじゃないよ。ただ、もう遅すぎると思う。何が目的なの?』
…
……
………
ターン14:最適解の模索
語尾を、句読点の位置を、漢字の含有率を、1文字ずつデバッグしていく。
「身勝手なノックだと分かってる。気分を害したら申し訳ない。でも、あの頃の未完のログに、どうしても二人で決着をつけたい。今更なのは分かっているけど」
【送信】 ……深夜23時。 『…本当に身勝手だね。相変わらず。でも、ちょっとだけなら、話してもいいよ』
突破した。画面の向こうの彼女は、十年前の「あの頃」のプロトコルで接続を許可した。
そこから先は泥沼のチェスゲームだった。 会う約束を取り付けようとすれば拒絶され、思い出話に終始すれば「もういい」と打ち切られる。時間を巻き戻し、彼女の防衛システムをパズルのように解除し続ける。
最終ターン:再会の日
ついに彼女から具体的に会う日を決めようとメッセージが届いた。だが私は、送信ボタンの前でフリーズした。
今、彼女とつながっているこの「会話」は、私が何十回、何百回とタイムラインを殺害し、不快感や拒絶をミリ単位で濾過して作り上げた「存在しないはずのタイムライン」だ。実際に会った時、巻き戻しボタンは存在しない。
私は画面を見つめる。
選択肢A:このままリアルな対面へ進む (⇒ 最初の1秒、1ミリの言葉のズレで、彼女は「やっぱり来なければよかった」と悟り、ゲームは永久に終わる)
選択肢B:ここで連絡を絶つ (⇒ 十年前のシャットアウトを自分の手で再演することになる)
選択肢C:もう一度、別のメッセージにやり直す (⇒ どのルートでも、最終的にはAかBの二択になる)
スマートフォンの画面には、1分前に彼女から届いた『来週の土曜日なら、空いてるけど』という文字が光っている。
▼続く
