AI実験短編|巻き戻し(Claude)
後悔のない言葉
メッセージの送信ボタンを押す直前まで、時間が戻る。彼がそのことに気づいたのは、偶然だ。
「久しぶり」とだけ送ったメッセージに、彼女は三十秒で既読をつけた。しかし、そのまま三日間返信は来なかった。耐えられなくなった彼は、画面を強く押した。すると、送信前のメッセージ入力画面に戻っていた。
二回目。
「俺のこと覚えてる?」
「覚えてるよ。それがどうしたの」
冷えた一行。彼はまた戻した。
三回目。
彼女の地元である静岡のことを書いた。出張で行った時、彼女を探してしまったことを書いた。転職を含めた近況を連ねた、長い文章になった。
「どうしたの?この長い文章。でも、色々考えちゃった。何か返そうと思うけど、時間かかりそう」
三日、四日、五日。待つことに耐えられなくなった彼は、「返信はいつでもいいよ」と送ったが返事は来ず、メッセージの送信前に戻った。
「君が今どう思っているか知りたい。本当に話したいだけなんだ」
返信は二日後に来た。
「正直に言うと、戸惑ってる。あなたが何を望んでいるのか分からない。昔のことを、今更どうしたいの」
彼は画面を押した。
「ごめん、変なメッセージ送ってしまった。元気なら、それだけでいいよ」
返信は三日後。
「うん、元気にしてるよ。あなたも元気で」
彼は焦り、画面を押した。
ある巻き戻しの果てで、彼は気づいた。同じ一文を送っても、戻ってくる言葉は変わった。怒っている時もあれば、笑っている時もあった。優しい時もあれば、黙殺される時もある。彼女は毎回、その時の感情で返している。彼が見ているのは、彼女が取りうる反応の集合、可能性の束だった。
それに気づいた彼は、飾らずに書いた。
「俺は、あれだけ重要な存在だった君と、もう一度人生で繋がりを持ちたい、それだけなんだ」
返信は、すぐに来た。
「私もそう思ってた時期があった。あなたが私を、友人に戻る事さえ許してくれなかった、あの時から」
彼の手が止まった。
「でも、もう違う。あなたに何かを返す言葉は、私の中に残ってない。残っているのは、あなたが私から奪った時間、私が一人で埋めてきた十年。それを今、あなたに説明する義理はないと思う」
彼は画面を押したが、時間は戻らなかった。何度も押したが、画面は同じ文面を表示し続けた。彼はそこで初めて、自分が戻れるのは「彼が後悔する送信」だけだと理解した。
戻れない画面の前で、彼はただ、自分が送った本当の言葉だけが留まっていることを知った。
▼続く
