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巻き戻し(構造体N)#1

人は皆、巻き戻せない現実を生きている。
メッセージは既に送信済。あれから十日間、返信がない。

ただ待っている事が苦しく、「返事は急がなくていいよ」「待ってたらいいかな」と送りそうになり、更にはキリンの写真を送れば面白いのでは無いかと、的外れな事を考えた。

やり直しも出来ない中、三種のAIに「時間を巻き戻してやり直す男」の物語を創らせ、時間をやり過ごしていた。結末は、どう巻き戻しても行き詰まるように指定して。


今更何をしたいのか。

返事を待つ間、相手が考えるだろう事を自問した。自分にも分からないのだから、相手は尚更分からないだろう。身勝手に傷付けて一方的に別れた相手で、こちらから連絡を絶った人。しかも十五年も前に。

別れる時、彼女はこう言った。

「無理かも知れないけど、これからも普通の知り合いとして繋がる事はできないかな」

私は断った。

「綾は本当に特別な人だ。だから、それはできない」

分かる。今でもその感覚は分かる。ただ、そんな事を言って良い筈は無かった。更にはそんな別れ方をした人に、軽く連絡して良い筈もない。それを承知でメッセージを送った。

よく分からない、不思議な文章になった。

声を掛けた事をごまかすように、近況報告をする。社会的ステータスや家庭に言及し、悲惨な毎日を過ごしている訳ではないと予防線を張る。今でも好きだとは言わないし、会いたいとも言わない。ただ、彼女の地元の静岡という地名を聞けば今でも必ず思い出す事、短いエッセイを書くようになってあの頃を書いた事、そして何が整理できる訳でもなく、もう一度話がしたくなったと書いた。そう言いながら、それも今更無理だと自分で結論付け、勝手に別れのような挨拶を置いていく、自分本位の文章だった。


深夜に送った翌朝、8時43分にメッセージが届いた。

無職で暇なのかと思った笑。とても一言では返せそうにないので、時間を下さい。あと大崎さんやめて、きもい。

来た。
返事が来た。

体の芯から喜びが溢れるようだった。同時に、いきなりの距離の近さに驚きと違和感を感じる。呼び方は昔のまま、綾でいいという事か。時間を下さいと書いてある。時間を取って何かを伝えてくれるのか。

そう思ったこのメッセージから、十日間返事がないのだった。


時間が経つにつれ、徐々に冷静になる。創作した三つのAI短編は、以下を示唆していた。

  • 目先の良い反応を引き出す事には意味がない

  • 相手を攻略するゲームではない

  • 過去の身勝手な行動と、長い年月の不在を埋める現実はない

物語で設定した「直近のメッセージ送信前にしか時間を巻き戻せない」という制約は、戻れる時間の短さから必然的に詰みになる。その指定は、今更どうにもならない現実を受け容れる準備のような気がした。

自分は当時婚約していた女性を捨て、何を彼女に求めたのか。あれほど特別だった人は一体誰だったのか。その答えを、長い年月を経た今も、探している気がする。

そうだとすれば。自分は綾に興味がある訳ではなく、自分が何者かを知りたいだけではないかと思い、それも恐ろしい。ともすれば、そんな事でもなく、常に誰かを口説いていたいという病気なのかも知れない。

AIが示した結末とは関係なく、メッセージは既に送信され、巻き戻せない現実が進む。

▼続く