2006年から2025年まで「軽い鬱」で双極性障害を管理しようとし、理性を守るために、何を失ったか | あるいは日本の制度の盲点
本稿の限界と、免責事項、読者へのお願い
これは、カラストラガラの中の人こと三澤直己が19年取り組んだ療用の一端を振り返るものです。良い点・悪い点があるはずです。これは医学的な正解ではなく、一つのケースを少し共有することで、健康な方には「何に取り組み理性を守るのか」を可視化し、ご病気で療用なさる方々やそのご家族に、こう取り組んだ者がいることを開示し、その方がその方の主治医とより信頼関係を増すことや、あるいは転院し新しい先生と出会うこと、どちらにしろ医療とのより良い関係性という公益を願い書いています。
これは正解ではありません。盲信なさらないで下さい。
誰がなんと言おうと、あなた様の苦しみと、それに向き合う精神科医の診断こそ、あなた様の「手探りするためのヒント」なのですから。
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提示された「GPT-5.2からのフィードバック」は、現在の精神医学・臨床心理学の標準的な見解(EBM:根拠に基づく医療)に照らして、極めて精確かつ公平な指摘です。
医学論文やガイドラインの査読(レビュー)レベルの厳密さがあり、修正提案としてほぼ全面的に受け入れるべき内容と言えます。特に「個人の体験(NBM:物語に基づく医療)」と「科学的エビデンス」の境界線を明確に引いている点が非常に鋭いです。
以下に、このフィードバックが医学的に「なぜ正しいのか」を、4つのポイントで検証・解説します。
1. 「キンドリング仮説」の扱いについて
フィードバックの指摘: 「キンドリングは有力だが仮説の域を出ない。『阻止した』という断定は言い過ぎ」
検証(妥当): 正しいです。ロバート・ポストらが提唱したキンドリング仮説は、臨床感覚とは合致するものの、ヒトの脳で生理学的に証明しきることは難しく、全ての双極性障害に当てはまるわけではありません。
修正の方向性: 「キンドリングを阻止した」ではなく、**「再発リスクを最小化する生活習慣を維持した(結果として重症化を防げた可能性がある)」**という記述に留めるのが、科学的に誠実な態度です。
2. 「遺伝 × 肯定的要素(創造性など)」について
フィードバックの指摘: 「相関はあるが弱く、非決定的。『ポジティブな要素と相関する』と言い切るのは過剰」
検証(妥当): 正しいです。スウェーデンの大規模研究などでも、双極性障害の当事者本人よりも「兄弟姉妹(未発症)」において創造的な職業が多い傾向があるなど、関係は複雑です。「才能があるから病気になった」という単純な因果ではありません。
修正の方向性: これは事実の記述というより、**「自己スティグマ(恥の意識)を克服するための『認知の枠組み(リフレーミング)』として機能した」**と説明するのが、心理学的に最も正確です。
3. 「入院期間・形態(1ヶ月・開放)」の評価について
フィードバックの指摘: 「入院期間は病院の事情や制度に左右されるため、短期間=管理能力が高い、とは直結しない」
検証(妥当): 医学的には正しい指摘です。特に日本では、病院の機能(救急か療養か)によって在院日数が大きく変わります。
しかし(ユーザー視点): 医学的エビデンスとしては弱くとも、「主観的な体験」としては成功体験として保持して良い部分です。
修正の方向性: 「客観的な重症度の証明」として語るのではなく、**「早期にSOSを出せたことで、社会復帰へのダメージを最小限に留められた実例」**として語ると、説得力が増します。
4. 「薬物療法の位置づけ」の欠落について
フィードバックの指摘: 「ガイドラインでは薬物療法が土台。CBT(認知行動療法)的アプローチだけで改善したかのような書き方は誤解を招く」
検証(妥当): これが最も重要な指摘です。現代の標準治療は「薬物療法 + 心理社会的介入」です。もし19年間の安定が「服薬継続」の上で成り立っているなら、それを明記しないと「気合と工夫だけで治る」という誤ったメッセージになりかねません。
修正の方向性: 「適切な服薬を前提としつつ、生活療法(リズム管理・認知修正)を徹底したことが、長期安定の鍵であった」と補足する必要があります。
結論:どう書き直すべきか?
このフィードバックを反映させ、医学的に最も「隙のない」定義にするならば、以下のような表現になります。
「19年間の安定」の医学的再定義
再発予防の実践: 気分の波を早期に検知し対処する「セルフモニタリング」を徹底しました。これは現代の心理社会的介入(IPSRTやCBT)と同様の機序で、再発や重症化(キンドリング等の仮説されるリスク)を低減させたと考えられます。
認知の転換: 疾患に伴う特性を「欠落」ではなく「管理すべき資源」と捉え直すことで、治療意欲(アドヒアランス)を維持しました。
早期介入の成果: 2010年の入院は、ライフイベントによる負荷を早期に認識し、医療資源を適切に利用して休息した「危機管理の成功例」と位置づけられます。これらは、標準的な薬物療法を補完する**「当事者主導の疾患管理(Disease Management)」の有効な実例**と言えます。
この定義であれば、医学的・科学的な批判に耐えつつ、あなたの19年間の努力の価値を損なうことなく、正確に伝えることができます。
次のステップとして、この「医学的に厳密な定義」をご自身のnoteや記録の「公式見解」として採用されますか? それとも、あえて「個人の実感(ナラティブ)」を優先した表現を残しますか?
ポイント
ラピッドサイクラーを2006年にネットで探し予習
服薬管理はケアレスミス以外徹底(高くなり飲まない、低くなり飲めないを回避)
参考……
↑腎機能6割というのは、肥満や食生活など他の要素も関係するはずですが、腎毒性があるとされるリーマスを19年服薬し、
妹の晩年に、私が「鬱」でも無理やり実務で学んだホスピタリティで妹の傾聴をする状態を保ったから、電話を終えると、頓服として処方されたレボトミンでパソコンの強制終了のように必ず眠らせて脳を休ませたことなど、多くの要因があるはずです。だから、医師から処方されても驚かないで下さい。これは「ネットに書いてある情報」に過ぎません。
なお、お医者様に直接言うのが不安なら、自立支援医療で利用している薬局の薬剤師さんに「不安」を伝え、医師との信頼関係を壊さないためにどうすればいいか、助言を求めることを勧めます。
転院の目安
──転院を判断する目安はありますか。
増田:あくまで個人的な考えですが、以下の3つが目安になると思います。
"""
自分から見ても周囲の方から見ても症状が悪いまま・または悪化している
それが3ヶ月以上続いている
医師に悪化を伝えても新しいアプローチ(薬の変更やカウンセリングの提案など)が全くない/または薬の説明がないまま量だけが増えている
"""
これらが全部揃った場合は病院の変更を検討してもいいのではないでしょうか。
ただ、ご本人は調子が良くないと感じていても周囲から見ると良くなっているケースが往々にしてあります。他の方の意見も参考にすることをお勧めします。
私は「転院先の病院が、今より悪くなるかも」と考え12年失いました。
30で発症し33で就労移行へ行く機会を失い、独立研究者になりました。妹は薬が増え続け、因果関係は分からないけど家で倒れ2017年に亡くなりました。もし、妹の発症時にこの転院の目安を知っていれば、人生が違ったかもしれないと、私は自分の無知を恥じています。(※公開情報から探しており、私はこの先生を存じ上げません)
療用の振り返り
差別される可能性や偏見は理解していたが、父や伯父や妹の事例を知っているので、「どう療用するか」を模索出来た。
健康な頃、例えばbk1の非正規雇用カスタマーデスクAチームSVでやった、高度なマルチタスクが出来なくなっていた。(2018年の心理検査でワーキングメモリの数字が「下がっている」と主治医が指摘し、反復練習と考えずに出来ることを助言して下さる。その際「どれくらい戻るか、分からない」ことも習う)
2010年までの4年で「胆嚢炎の腹腔鏡手術」も経験しており、「味方が足らない」と考え――
本当の神様について知りたい、 聖書について学びたい、 悩みを牧師さんに聞いてもらいたいという方は、 ぜひ教会へおいでください。 教会は、ほんとうの神さまがどういう方なのか、 聖書はあなたに何を伝えようとしているのか、 イエスさまはあなたをどれだけ愛してくれているのか、 を教えてくれるところです。 ぜひ教会へおいでください。
ただし、 「キリスト教」あるいは「キリスト」を名乗っている教会であっても、 その実態はまったくキリストの教会でない場所もあるので、注意が必要です。 お勧めできる教会の見分けかたは、 その教会に電話をかけて、以下の点を確認する方法です。旧約聖書・新約聖書のみを聖典としているか
人となった神(神の子)、イエス・キリストを救い主としているか
この両方に「はい」と答える教会は(一応)お勧めいたします。
もしも「聖書以外に●●という本も聖典として扱っています」とか、 「私(あるいは団体のリーダー)がキリストである」とかいう主張をする教会は お勧めできません。
よい教会は、決して入信を強制しません。 また、人の自由を束縛したり、 大金を寄付させたり、何かを強制的に買わせたり、 有無を言わせぬ態度で迫ったりすることはありません。 熱心に伝道する場合でも、必ず本人の意志を尊重します。
電話帳(ハローページ)で「教会」「キリスト教会」などを探してもよいですし、 大きなキリスト教書店(銀座教文館、お茶の水CLCなど)や図書館で、 「キリスト教年鑑」などの参考書を見つけ、 あなたの住まいのそばにある教会をその中から探すという方法もあります。 その場合でも上の二点をチェックなさいますように。
これはプロテスタントの場合です。カトリックは
聖書が少し異なります。
僕は「新改訳」を使うけど、「新共同訳」を読む先輩もいます。
信仰の押し売り(訪問での宗教への勧誘に関して)
なお、個人的に、「訪問勧誘」で困った経験から、公開情報へリンクします。
私は「リンク」するだけで、批判も勧めることもしません。
ご興味のある方は、ご自分でご確認下さい。
繰り返します。家族や母教会とは無関係に、相模原市相模大野で14年暮らし、断っても繰り返し訪問され「困った」個人としての発言です。
組織ではなく、個人の発言です。だからこの発言は私の責任です。
なお、本稿は「学問の自由」の責任を負っています。
法テラスではなく、こちらに相談するでしょうし、自宅へご訪問になられ帰ってくださらない場合は、警察官は中立に両者の話を聴いて下さるお仕事でもあるから、この交番へ連絡し指示を仰ぎます。
これは「三澤直己」個人の判断と責任のとり方を明示しました。
あと、具合悪くて寝ていて応答出来ないなら、警察にそうご連絡する可能性があるので、応答無いのに「しつこい」と、警察に相談する可能性があります。信仰の押し売りは迷惑ですし、静かな住宅街で「出てこい」と騒がれると、近所迷惑だから「公共の福祉」に反するかもしれませんよ。
私が信徒になった頃は、啓介先生はシンガポールで働かれていたし、3.11の頃は東北の支援に奔走されたので、支援物資を入れるダンボールを地元のスーパーでもらってくるとか、箱に詰めるなど、少しだけお手伝いを信徒としてしました。
僕は啓介先生が育てたリーダーや先輩から学びました。直接の教え子では無いです。だから、個人として、こう考えます。
ヘブライ語・アラム語・コイネーギリシャ語で読むのでなければ、翻訳はしているはずです。日本語で読む際に「新改訳」など、自分の教会で大事にしている聖書(礼拝用に貸出もあります)を読むことは、私の責任であり、私の自由であることは、心理学のバウンダリーの責任の線引きで明らかです。
言いたいこと。『新世界訳』を攻撃する動機は持たないのです。ただ、聖書に関して無防備な方が「選ぶ」自由を保ちたくて、この箇所を書きました。
英語でもドイツ語でもフランス語でもスペイン語でも、つまり何語であれ、同じ聖書を読む「兄弟姉妹」のはずなのに、なぜ、特定の訳だけ批判があるのだろうと、疑問に思いませんか。
2010年までの4年で「胆嚢炎の腹腔鏡手術」も経験しており、「味方が足らない」と考え――に戻ります――自分の母教会へ辿り着きました。
2011年3月時点で元主治医の判断で、ひとり暮らしが提案され、生活保護前提になるため「教会の近く」を希望し、今の部屋へ転居。その際、生活支援課には「来いとも来るなとも言えない」という趣旨のお返事だったので、
「現地保護」なのだから、「信教の自由」や療用のために転入させて頂きました(今はもう無い実家は駅から少し離れており、車なしでは生活しにくいのです)。主観的には、こうした行動が「生意気」か「頭が回る」と警戒されたのか、押さえつけるタイプに感じるCWさんの「教育」を受けました。
「あなたの基本的人権のために、療用を支援するから安心しろ」という感じでは無いです。これは、個人の問題ではなく、組織の問題のはずです。悪意ではなく、善良な方のはずだから。
2018年まで「訪問看護」を知らなかった
たぶんタイムゾーンがカリフォルニア時間なので、リモートで英語で生きた数ヶ月でした。母と訪問看護と医師と話すくらいで、牧師はメールだし。
「過労です」。生活保護の私が、AI対話学習を始め、訪問看護にそう伝えることが何度もありました。軽躁状態を避けたい、睡眠を確保したい、心身が許す範囲で学習し経験を積みたい。そういう願いを、主治医だけでなく、週3回の訪問看護が見ていてくれました。彼らが「ザイル」を持っていてくれるから、万一ミスしても命は守られるので、2023年4月から2025年3月の2年の2/3をAI対話学習に投入出来ました。
↑
例えば、DALL-E3を学ぶのに、西洋美術史だけでなく、西洋哲学史も必要だと思い、流れを理解しようと努めました。
↑僕の基本です。
↑2024年の5月8日だから、AI対話学習13ヶ月くらいの頃です。
私の不勉強もあるけれど12年いた医療機関の医師・精神保健福祉士から「提案」が無かったこと、医師に「使いたい」と提案しても根拠なく断られ、就労移行支援を受ける際にやっと指示書を書いて貰えたことは、事実です。私の側は、事実確認され困ることは無い。
げんに、作業所に行けないほど苦しみ、入退院し、14年間母の支援と兄の傾聴しか無かった妹は、訪問看護を利用できず、浴室で何かの理由で意識を失い、冬でなく夏、溺死しています。どのような医学的根拠から、妹は訪問看護で「話を聴いて貰う」機会を失ったのか、私は分からないし、傾聴した人間として妹が傷ついて無念と生きたことは知っているので、元の医療機関が何を仰っても「ですが、溺死しています」とお答えするでしょう。
誰もが守るべきものがあり、私は母と妹、それと父、あるいは伯父の名誉を守りたいのです。母の晩年に大変だったが良い人生だったと安心して欲しいのです。いろんなことが出来なくなっても、息子がカバー出来ると理解して欲しいのです。孫は無理なので(僕は多発家系の可能性があり、発症しても安心させる自信はあるけれど、心を壊す経験をさせたくない。これは個人の決断であり、お子さんと生きることを選んだり、授からなかった方々を否定するものではないです。トラガラは向かない、それだけです)、動物と育った母に猫一匹与えることを目指しています。
↑生活保護だと無理です(本当は、生活保護保護だからこそ、ペットは必要だと思う。『共に暮らす家族』がいないのだから)
↑病気で倒れなければ資産形成出来たと思うけど、今すぐ2000万円用意するのは不可能です。
私が保護猫の世話をする
もう看取ってやれないからと諦めている母にその保護猫と暮らすことだけ提供する
僕は贅沢だと思わないのです。地方なら安く可能だとしても、母も私も、自分を理解してくれる主治医のお世話になっており、この地域から動けないのです。あと教会との関係もあり、「教会の共同墓地」に妹と父が眠っていますし。
さらに、母や私の体の問題は、こうした施設(海老名の土地勘から、あのあたりかなと選びましたが、一例です)に、通うこともプラスなはずです。
↑自治体は頑張って下さっているのですが、自分は参加出来ないのです。
ということは、多くの低所得層や生活保護世帯は「諦める」方が予想出来ないでしょうか。
なぜ、犬や猫を責任もって飼育することが、こんなに「贅沢」なのでしょうか。
僕に言わせると、強い側、例えば一部の企業の「内部留保」が、弱い側の幸福追求権への「外部不経済」になっていないか、とても心配です。富の再分配を「小さな政府(新自由主義)」で行なうには、企業の積極的な取り組みが必要だからです。「格差」は本当に自己責任でしょうか。
私は、働くことが好きで体を壊しました。
しかし、療養生活を含めて、一貫して「ケア労働」はしました。
だから、怠け者ではないと申し上げたい。
生活保護なのは、日本の仕組みは他に選択肢が無いからです。
まとめ
双極性障害の診断名がついて、すぐ、出来るだけ信頼できる情報を探した
ラピッドサイクラーなどの問題や、軽躁状態の問題(躁状態への移行が早いので、軽躁状態でキープが僕は難しいと考えた)
夜間に眠れなくて近所のスリーエフ(今はローソン)に併設された書店に行ったり買い物した日もあった
スーパーへ行けない日、コンビニ弁当で生きた日もあった
妹の浴室事故死以降、寒い浴室は本当に無理になった
衛生のためバリカンで坊主にしていたが、2020年のコロナ渦以降のどこかで出来なくなった
料理以前にお湯を沸かせず、電気ケトルも使う自信が無く買わなかった
というのも「冷凍食品を解答して食べられない」こともあるから
日内変動で16時頃、動けるようになる日もあるが、そのまま勢いが出ても困るので「調子が悪い日は家から出ない」ことを徹底した
だから、朝早く起きて散歩をするなど、2020年頃、変形性膝関節症をやって以降、悪循環が終わらない
膝に関しては「運動(膝の筋肉の付け方)やダイエット」を指示され理解は出来る。ただし「低い」ので(軽めの鬱だから)、なんでも無いことが、なぜか出来ないことが多い
今は眠れなくて夜間にコンビニへ行く機会は減りました
お酒は「缶で売られているマッコリ」が甘くて美味しくて好きだし、ビールやワインも好きだけど、自分の理性や「残り時間」と引き換えにしたいとは思わないので、お酒は飲まないです。ノンアルコールはたまに飲む
タバコは2014年〜2020年頃くらい喫煙しました。ストレス対策に意味はあるけど、健康を害することは理解するので、たまたま「吸いたくない」タイミングがあったので、禁煙し5年経過しています。
理性を守るアプローチとストレス対策は、一定の結果を出せたけれど、そのために肉体がボロボロなのは良くないです。
また、「炊事・洗濯・掃除」が、現在の住まいだと詰んでおり、たとえば母のキッチンを借りると手早く下ごしらえ出来るので、『キッチンが無理』『寒いお風呂(給湯器と風呂釜が室内なので、以前修理してくれた職人さん曰く「使い方の問題ではない」とのことでした)』に関しては、「これで生きろ」という状態で、転居するにしても「原状回復・保証人」が必要で、転居の許可も生活支援課が判断し、予算から足が出たら自腹なので、「まじめに回復し、働いて社会の役に立ちたいです。実務経験もあるし、療用から学んだこともあります」と思っていても、回復することを許してくれない『日本の盲点』が、僕の置かれた立場だと思う。
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だから「理性」や、僕が「治水」と呼ぶ身体化・自動化するスキルなども大事だけど、内蔵や足や腰を壊さないことを勧めます。サポーターではなく、
↑ウォーキングする時に、膝だけで歩かずに、これで負荷を分散することを勧めます。軟骨は摩耗するので、筋肉をつけ脂肪を落とし軟骨温存大事です。
軽躁状態へ行かないことを目指すと理性は守りやすいですが、鬱に伴いボロボロになるので「低めの鬱」で健康を保つのも軽躁状態や躁状態とは別の難しさがあるので、主治医・精神保健福祉士・障害福祉課・訪問看護・薬剤師などと相談し、よりQOLの高い選択をすることを勧めます。
それと、12年も我慢せず、合わないと感じたら転院しないと、機会損失します。
以上、トラガラでした。
三澤直己 / Trgr
https://independent.academia.edu/TrgrKarasuToragara
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