ミュートとアルテミス
「あの頃、ちょっと好きだったんだからね」と30過ぎてから同窓生に言われたことがある。
-どなた?
-なぜ?
-どうしてこの連絡先を?
どれも言えずに震えた。文脈や情緒が総合的に怖い。
あるいは、ECサイトを使っていたら、「みんなと話し合ったんだけど、トラガラさん私のこと好きよね」とメールを頂戴した。顧客情報を用いてプライベートのメールアドレスから、なぜ、こう連絡できるのか、理解に苦しむ。
このように、我々の世界では、好きな人に好かれるとは限らない。だから断ることも、断られることも起きる。
失恋すると幕が降りる。小学校の体育館などにある重々しい幕ではなく、感じられる彩度が変化する。文字通り色褪せて見える。悲しみや失望や情けなさや恥ずかしさ、それらが無数のガラス片になって喉に詰まるかのような状況なら、感覚をミュートし麻痺せざるを得ない。
公園の遊具が雨に洗われ風に磨かれて、ちいさな赤い木馬も、黄色と緑のプラスチック製の滑り台も、平坦に見える。オフィス街の小さな公園の、カラフルだった遊具でさえ、淡くよそよそしい色合いに思える。
失恋がもたらす無慈悲な痛みと複雑な感情を、それ以上刺激せぬよう、まるで脳や心が「色」という刺激を拒否した、そんな体験だった。
紺色のグラデーションの空に白く大きな満月が浮かび、その下に異なる高さで、しかし全体的に調和しているビルが伸びている。
そんな空と月は、まるで都心の空気が山頂の空気と入れ替わったかのように透明で、なぜかいつもより鮮やかに見えた。ネイビーのジャケットのように、フォーマルにもカジュアルにも、さまざまな色や質感とも合わせやすい。空は海の色でもあり、月にも海がある。
そんな月の女神アルテミスの水浴びを、偶然見てしまったとされる、気の毒な猟師アクタイオーンは八つ裂きになった。だが、怒ると容赦ない月の女神も、でもだからこそ弱っている人間には寛容でいてくれるのかもしれない。
あの日、空と月だけは見上げても痛くなかった。白い月と藍色の空が、あたかもデリカシーを備えるかのようで。だからだろうか、俯きたくなるほど打ちのめされた日も、水たまりに映る藍色の空と白い月は、無言だけど、どこか優しい。
When Cats Tell Stories
Natsume Soseki's Rhythmic Revolution in Japanese Literature
こちらも、今日書きました。無料購読お待ちしています。
Photo by Mustafa Shehadeh from Pexels: https://www.pexels.com/photo/ruins-of-temple-of-artemis-in-jarash-17401376/
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