男は泣くな、女は黙れ――1980年代に僕が見た家父長制の一例
仕事は黒帯、家庭は白帯の父
父は大人の男性のロールモデルは、大学院の指導教授と出会うまで周囲にいませんでした。理解者無しによく耐えたと思います。父方の祖父の暴力の問題があるから、家庭環境は恵まれていません。だから、コミュニュケーションが変です。
何が癇に障るか言えない父と、耐える母
例えば、何かが父の癇に障ったのでしょう。
「誰のおかげで飯が食えると思っている」と母に言い放ったことがあります。
現代なら「経済DV乙」と言われて終了ですし、「仕事に行くこと以外全部私がやっているのだが、誰のおかげで生存出来て、子どもも成長していると思っている」という話です。
殴り合いはだめだけど、夫婦喧嘩は口論なら僕はコミュニュケーションでもあると思う。我が家は、母は母で良妻賢母の教育を受けた世代だから、父に言い返す選択を取りにくいのです。
矛盾する父、誇りと母、崩壊する家庭の信頼と安心
父は「癇に障ったこと」の言語化が出来なくて、強い言葉で黙らせています。でも、結婚前は家事を分担し共働きをしようと言っていたのに、家事能力が無いので、母が全て引き受け過労で倒れ退職しており、父が母から仕事を奪った経緯も無視しています。
自分に夫として自信があるなら、妻の「足」や「翼」に相当するキャリアを壊さないでしょう。
父と母の誤算
母は国文学専攻で、父は数学系の研究者で、まだ父が助手や講師の頃に出会いました。その頃は、父は母より給与が少なかった。母は、二人は得意なことが違うから、力を合わせれば未来を切り開けると思いました。父もそうでしょう。けれど、こうしたすれ違いが無数に積み重なり、母の誇りを傷つけるから、母が心を閉ざし耐える状態になりました。
少年の僕は、母の一方的な忍耐で、家庭が維持されていると気がつけませんでした。
父は、真剣に働き、夏休みに家族を旅行に連れて行くこと。彼は自分の役割はこれだと考えていたかもしれません。父の世代も夫として妻を大事にする方はおられるから、父に責任があります。
ただ、仕事はコミュニュケーションの問題が無いのです。息子として庇うつもりなないですが、父方の祖父のDVや家族の中で一段下の立場で高校に受験するくらいまで耐えました。とくに10歳から14,15歳は、守ってくれる長男の伯父が病で療養したから、庇護者がいません。この生育歴を考えると、対人関係が近い家族だから、上手く出来ない可能性があります。
ここは、「オレは大丈夫、兄貴みたいにならない」と、仕事に没頭した父の、自己理解が浅いと思います。父は、自身が傷ついていることと向き合えませんでした。男は泣くなという価値観の人ですから、「傷つく=弱さ」だと誤解しているかもしれません。ここは、父の誤算です。
不幸な結婚だとは思わない
勉強と同じで、出来るところに戻って練習すればいい。父は、自分の弱さと、その領域の母の強さを理解すると、だいぶバランスが取れたでしょう。ただ、人間の限界で、二人には出来ませんでした。彼は1944年生まれなので、存命なら81歳ですから、文字通り昔の人です。
2025年の希望
現代は1980年代と比較して、共働きで稼いだり、副業が必要かもしれない。お金の苦労は苦しい。けど、健康なら稼ぐことが出来る。うちの両親のすれ違いを見ているから、時代が変わり、変わろうとしていることは、社会が前進したと思うのです。
両親のケースから言えること
父が自己との対話が出来てない
何が癇に障るか言葉にできない
妻に世話してもらえるから仕事に専念出来ることを忘れてる
母は言葉にできるが良妻賢母の呪いがあった
父は男は泣くなという価値観だった(弱さの理解が無防備)
言語化出来る側に助けを借りず、相手を黙らせる言葉を選ぶ
こう考えると、二人共時代に縛られていることが観察出来ます。
現代でパートナーと分かりあえなくて苦労する方もおられるでしょう。
母の世代の例を、少し開示するから、その方の課題を解決する際のヒントになれば光栄です。
問題はあるけど、困ったことに、私にとって唯一の両親です。
本当に迷惑な父ですが、それでも。
あと、父方も母方も、この程度ではないので、40年前のご夫婦の問題は、割と根深いものがあります。
家族の一方的な犠牲の上になりたつ幸福、私は賛成出来ません。苦労するなら、分担する方が合理的ですし。
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