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居場所を共有し家族になる―― #いつもの場所に座って

80年代の建売の民家の居間は10畳あり、キッチンとの境目はカーテンを吊るすこともできますが、アップライトピアノがキャットタワー代わりに置いてあります。僕ら子ども達がピアノは続かなくて、置いてあったのを猫が再利用しているのです。爪をたてたりせず、表面に猫の肉球を指紋みたいにぺたぺたさせるか、寝そべったり、部屋を見下ろせるとまり木にしていました。

猫を迎えたのは90年代のことです。高校2年の夏。生後45日の子猫を迎えることを考え、とりあえず厚手の白と黒が基調のスヌーピーの絵が描いてあるクッションを猫にあげることにしました。猫は知らないので、物心ついたらクッションは「窓辺で日向ぼっこするのに最高なもの」が、たまたまそこにある感じなのでしょう。疑うこと無く「僕のです」という顔をしていました。レースのカーテンが天蓋みたいになり、おひさまを浴び、庭を見渡し、自分は家族の視線から隠れた気分になる。ご機嫌です。暑くなると出てきて、コルクの床で長くなり涼むこともありました。

2010年代まで、このクッションは、生涯、彼の聖域でした。けれど、3人がけで背もたれを倒すとベッドになるソファも、居間とキッチンという部屋自体も、食卓の上も、どこも彼の定位置でした。母が「食卓には乗らないで」と叱っても「みんながご飯食べる時は乗らないけど、今は誰も使ってないでしょ」と言いたそうな顔をして「へんなの」と、食卓をしぶしぶおりて、クッションへ帰っていく日もありました。

リサイクルショップが町に出来たので、のぞいたことがあります。革張りの一人がけソファが数千円で買えたので、よく考えずに買って帰りました。自室は2階なので、とりあえず居間に置いて家族と話すなどして、小休止していました。自室で本を読むのに使おうかな、どこに置こうかなど、考えていました。うちの猫は小さな子と同じで変化に敏感です。匂いを確認し、爪を研いで触覚も確認し、飛び乗ってくつろぎ、「合格」って顔をしています。あげると言ってないのです。でもまあ、気に入ったみたいだからそのまま居間に置いておきました。

アップライトピアノと食卓とコルクの床は手触りが違います。高さも違います。四季で温度も変わります。三人がけのソファのくたびれたギシギシいうスプリングと、一人がけの猫にとられたソファも座り心地や傾斜が違います。丸くなったり、少しほどけて後足だけストレッチしていたりするには厚手のクッションも欠かせません。彼の定位置は部屋の中に複数ありました。そして、どこにいるかで、彼の気分、例えば放っておいて欲しいなど、理解出来ました。

サッカーを居間で観ているとします。当時はブラウン管のTVだから上に乗ります。サッカーには興味がないのですが、家族の視線が集まるのは重要らしくて、大事な場面が分かるかのようにしっぽをだらんと下げるのです。「邪魔」と家族に言われます。「分かってる」と尻尾をゆらして返事をします。余計見えません。得点したようなのですが、猫のゆれる尻尾でリプレイも確認しにくいです。

誰も教えなくても、彼のいくつかある定位置で暮らす中で、彼は彼のやり方で彼になっていきました。クッションもソファも用意するから、またいつでも座りにおいでと、心の中の彼の定位置に話しかけます。「考えてもいいよ」と鷹揚にしています。



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2025/11/03 読んで応援して下さりありがとうございます

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