『とと姉ちゃん』と、大橋鎭子さんと、暮らしの手帖社さんのことを、9年遅れで考えた
朝ドラの『とと姉ちゃん』を見て、フィクションとして救いがあるから好きだし、視聴率も得たということは2016年当時の視聴者からの支持もあるのでしょう。難しい題材で、よくやってのけたと思うのです。
僕の主観なのだけど、朝ドラのヒロインは健気な努力家が多くて、自分が共感出来るか、友達や娘にしたい感じの、女性が不快に感じにくいキャラが多いと思うのです。だから、例えば瀬戸内寂聴さんが出家される前とかを扱うのは難しいと思う。朝ドラという器や、大衆娯楽、朝の番組の限界があると思うのです。
昔は女性が多いけど、今は子育て中のお父さんも見るかもしれません。小さな子がビーと泣けば、番組視聴は寸断されます。それでも理解出来るように、ながら視聴への配慮もあるでしょう。
だから、分かりやすい。
ただし、大橋鎭子さんと花森安治さんという名コンビは深い哲学もある方々なので、朝ドラの形に落とし込むのは無理があることは、脚本家も暮しの手帖社の方も分かってると思われること。
ドラマは一種の勧善懲悪というか悪役が出てきたりするけど、現実はそんな単純ではない。けれど、世代が違う方を語り継ぐ上で、すごく大事なお仕事でもある。史実を元にドラマ化することはどう考えればいいのか、考えました。結論。暮しの手帖社の特設サイトに行けばいいし、買ったり図書館で借りたり古書店で探すなどして、読めばいいと思いました。
有る意味、暮しの手帖社が存在するのが他の朝ドラより幸運かもしれませんね。史実はどうなんだと興味を持ったときに、文化を継承してくれる存在がすでにいるのだから。
――いや、自分でも不器用だと思うのですが、これどう受け取っていいのだろうと、悩みました。考えさせてくれるという意味で、『とと姉ちゃん』は大事な作品です。
編集された方々が「うちのしずこさんです」ってお書きになっているので、起業家としての大橋鎭子さんにとって、何より嬉しいのではないかと思います。
天才だと思うし、美意識が凄い。『戦争中の暮らしの記録』は、楽しい本ではなく苦しい本です。読むと痛みを覚えるでしょう。だから無理せず、図書館でぱらぱらめくるだけでいいので、読むことを勧めます。
うちの母方の祖父は子煩悩です。痛い苦しいお腹空いたとか、なんとかしてやりたい人です。でも、家に何も食べるものがなく、白湯を与えて明日何とかするからと言うしか出来ない。預金封鎖とかあったから、紙切れになったものもあるので、「これがあったんだけどなあ」と言っていたそうです。
そう育った母が絶句しているので、語り継いで記録を残してくれた暮らしの手帖社の方々に敬意を抱きます。
まとめると、泣いて笑って楽しむのもいいし、気になって本を読む人が現れてもいい。朝ドラの楽しみ方は多様で、そう設計出来るのだから、凄いと思います。
曲は亡くしたきょうだいと聴いたけど、あの頃、ドラマを見るのは、気ぜわしくて出来なかったから、土産話にしようと思います。「こっちにもあるから」と、呆れてくれるといいのですが。
この記事を書いた人
部活動:note大学哲学部
現在のこのnoteのメインコンテンツ:みんなのための社会デザインラボ

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