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伊藤若冲 / メトロポリタン美術館
お墓の草むしりさえ出来ない。
怪談や心霊写真などを怖いとTVを見たり、小学校の図書室で本を読んだりしたのは幾つまでか覚えていません。小学4,5,6年は他のことで忙しく、中学1年以降は父を亡くしていたので、幽霊だろうが何だろうが「出てこない」ことは体験していたので。
心霊スポットでも心霊写真でも、どなたかを傷つけるのではなく、純粋なエンタメとしてなら、文化だと思うのです。迷信だと言わなくても、必要な方には必要なのだろうから。
何か事件があって、A寺のBさんのお墓のCというお骨が逮捕されることは無いですよね。悪意を持って、あるいは間違えて、酷いことをするのは生きている人間。生きている人間の恐ろしさを知ると、死者は静かな森のようなもので、怖いとは思えないのです。
グロテスクに見えるのは、お骨になっていく過程であり、あるいはカタコンペのような大量のお骨に圧倒されるのであり、死者はお墓に生えた雑草一つむしってお墓を綺麗に保つことも出来ない。家族や友人など縁のある大事な人からは想われるけど、忘れられる存在で、何かを起こす「主体」にはなれなくなっているのだから、怖いというより悲しい存在に思います。
かつて人だったけれど、今は石に近い骨になった存在。
生きている人間の何が怖いのかは知らず、心霊写真や心霊スポットで盛り上がれるなら、それは幸福なことに思えるのです。知らないほうがいいことは、社会にあると思うから。
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