フィクションとデリカシー――朝ドラ『あんぱん』をNHKオンデマンドで視聴して
フィクションは伝記で無くてもいいから、プライベートも安全に描くことが出来ます。例えば、手塚治ではなく作中人物の手嶌治虫であるなら、やなせたかしをモデルにした柳井嵩に『千夜一夜物語』の成功の後で、影響を与えた後輩たちに抜かれつつある自分の状況とだからヒットが嬉しいといったセリフを、脚本家が与えることができると思うのです。
あるいは、朝田のぶの戦死した最初の旦那さんは知恵の有る人で、戦中だから「贅沢は敵だ」「カメラで写真なんて」とご近所の熱心なご婦人が怒鳴り込んで来た時に、「同盟国のドイツのカメラです」と外国製でも問題が無いことを伝えて帰らせるだけでなく「みなさんも一枚どうですか?」と撮ってあげている描写がありました。伝記的史実なのかは分からないけれど、知恵の有る方だと僕は感じました。そのカメラを置いていくという場面があり、お仕事の内容がリスクが高くなったため、形見代わりに残したのでしょう。
戦後、朝田のぶが教師をやめて新聞記者に転身出来た理由の一つは、速記です。旦那さんの遺品の手帳に「速記」で遺言というか、生きていく妻への励ましが記されていて、速記を学ぶ動機が生まれました。
柳井嵩は出来のいい弟を戦争で亡くしているから、登場人物達がもどかしく思い、視聴者もおそらくやきもきするくらい、好きな人に気持ちを伝えることが苦手です。幸福になることにブレーキがかかるような、生き残るのは自分であるべきでは無いのではないか、という思いがあるからです。
けれど、時間をかけて成熟した思いだから、年上の知恵の有る旦那さんという包容力がある上に人柄もよく、なにより死者には勝てないという相手をライバルにせず、「あなたの一部だ」と受け入れて、お仏壇に彼の遺影がある状態に出来ました。ここも伝記か分からないし、とてもプライベートなことだから事実でも描きにくい(立ち入れない)ことに思うので、フィクションの力を感じます。
朝田のぶの二人の妹も、姉とは異なる人の愛し方をします。次女の蘭子は生きて帰ってくると約束した幼馴染が戦死し、彼の遺品のはんてんを部屋にかけている方です。時を経て傘を貸す場面もあります。三女のメイコは歌で世に出る夢は挫折したけど恋愛結婚してお子さんに恵まれる設定です。三人の生き方は違うので、価値観の近い人に感情移入出来るでしょう。
noteだからクリエイティブに関する視点も取り上げると、子どもたちが成長する過程で、アンパンマンに夢中になる時期があるくらい成功した作品でも、そのプロトタイプは、最初は理解者が居なかった状態から、妻の励ましだけでなく、家族を含めて多くの励ましと理解が描かれています。
中でも、以下の3人がキーマンだと思います。
闇市の頃から戦災孤児(浮浪児)を支援してきた八木信之介はニヒルだけど、だからこそ詩の才能を高く評価し、湯呑みなどの商品展開もしてくれます。手嶌治虫はキャタクターメイキング能力が高いと見抜きます。そして、高知新報時代の元上司東海林明が、持病があり医師の反対もあるのに、命を削って東京まで会いに来て、夫婦が長年探していたものを見つけたなと認めてくれます。
ゴッホにテオとその妻がいたように、資質や能力や仕事を理解し認めてくれる他者は、植物でいえば、土と水と太陽に相当するでしょう。種だけでは、凍ったり、干からびてしまう。
この描写もフィクションであるから、表現出来たことでしょう。
そして、朝ドラのおそろしさは、忙しい朝の15分で、何かをしながら見てもおおよそ内容は分かるし、好きな場面は足を止めれば細部まで作り込んであるので深く鑑賞することもできる設計にあると思います。
忙しい時に、ざっくり通して視聴することで、何人もの人生の物語に触れることが出来る。映像表現で「小説」と冠することに納得しました。
この記事を書いた人
部活動
現在のこのnoteのメインコンテンツ


いいなと思ったら応援しよう!
ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。