見出し画像

FF2の郷愁とピクセルリマスター版の話

初代FFは、お洒落でクールなゲームに思えました。続編が遊べる。友達とそのお兄さんと、三人でTVの前に並んでコントローラーを握りしめました。

Lvが無い。キーワードを覚える会話システム。1988年12月17日発売の作品なのに、とても先進的な作品でした。例えば、オープンワールド的で、ミシディアの町で終盤まで使えるほのおのやりやオーガキラーを序盤で買うことも不可能では無い自由度の高さ。

当時は新しかったセーブを使って、全滅したらやり直す力技で、本当に「冒険」しました。苦労してたどり着いて、魔法を習得できる「デジョンのほん」と「テレポのほん」は気がついたけど、「チェンジのほん」はよく理解できず見落としました。いかに効果的にHP/MPを減らすかが育成の鍵だから、この魔法が重要だと気がついた時は、なんだか悔しかったです。

FF3(1990年4月27日発売)は、ジョブチェンジシステムなども斬新で、キャラをどう育成するのか分かりやすいから、批判もあった長くセーブできないダンジョンも突破出来ました。

けれどFF2はラストダンジョンのパンデモニウムで、キャラの育成不足から攻略できず挫折し、Wizardry1,2,3,5や、ファイアーエムブレムのSFC版作品なども解いた、高校生になってから再挑戦しました。理由は簡単で、回避率が重要だから防具は鎧を装備すると回避率が下がるデメリットがあることを、小学生の頃はわからなかったこと。強い鎧を装備して防御力が上がればそれで問題ないと思ってしまったのです。そして、状態異常対策の「リボン」も、価値を理解出来ていませんでした。

そしてピクセルリマスターは、渋谷員子さんのドット絵が、現代の技術で蘇ることに感慨を抱きます。ドット絵は、点描画法と共通するから、どの色を近くに置き何を省略するかが大切ですね。

FFがまだミリオンセラーを出す前の、自由度の高いFF。小学生の私には、お兄さんお姉さんだったフリオニールとマリアとガイ、そしてマリアの兄レオンハルト。彼ら若者が、今は子ども世代であることがとても不思議です。

あの頃旅したセーブデータはもう無いけれど、懐かしい旅先を訪れやすくなる点で、ピクセルリマスターは「文庫化」と似ているし完全版とも言えるかもしれない。

100時間かけてRPGを解く余裕のない方も、レトロゲームはだるく感じる方も、「ブースト機能」が搭載されているから、「強くてニューゲーム」みたいにさくさく遊ぶことも可能です。FF2はシリーズの源流の一つであり、日本のゲーム史に影響を与えた作品でもあるでしょう。だから、古典として、あるいはコミュニケーションツールとして楽しむこともできます。

フリオニール、マリア、ガイ、レオンハルト。ゲームを開始すると、いきなり戦闘になり、イベントで全滅する演出も、とても劇的でした。8bitのファミコンで、物語ることに挑み、冒険する場を提供した、極めて「攻めてる」FFです。まだ、国民的な看板タイトルではなかった頃の熱が、今でも感じられるでしょう。だって、苦労してストーリーを進めて手に入れた『アルテマ』が(通常のプレイでは)使い物にならないほどだから。

子どもたちへの、大人からの本気の挑戦状みたいな作品です。


白魔導士ミンウがいる間に育成します
「チェンジ」を使うとこうなる
ミシディアの町
育成風景
マリアのMPカンスト
レイラを仲間にしたまま、クリアしたかった…
究極魔法の意味が違う…
巨人の描写が当時斬新でした
レオンハルトは剣が足りなくて斧持たせました
キーパーソンの名前です
飛空挺!
リボン!


“Is Output the Key to Learning? My Mother’s Challenge”
AI for Us


いいなと思ったら応援しよう!

三澤直己 | カラストラガラ / Trgr | フォロバ100% ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。

この記事が参加している募集