SFという避難所で怒りの治水工事した頃――結果的に、自他の比較に困らなくなった話
SFしか読みたく無かった時期があります。双極性障害の診断名が付いた頃。一生懸命学んで働いて生きた結果、どうしてこうなったのだろう。
これからどうするのだろう。どうなるのだろう。
忙しくて積読していたお気に入りの本は単行本のまま文庫の新刊が世に出ても手にとる気にならず、隣町の図書館のひとけのないSF文庫の棚から古びた本を探して読みました。グレッグ・イーガンを例外的に読むこともあるけれど、例えば『竜の卵』(ロバート L.フォワード)などを手に取りました。ここではないどこかの物語で、自分と比較してズキンとうずくまる可能性が低かったから。
人と自分を比較しない方がいい。比べちゃ駄目だよ。
多くのアドバイスがあり、正しいと思う。問題は、渦中にいる時は、それが出来れば苦労しないということ。例えば、30代半ばだとして、交際していた方と破談したとします。元々2人で生きる話をしていたけれど、家族を持つ可能性は無いぞと現実と向き合う時、幸福そうに見える他人を見ることはとても苦しかった。
確かに精神障害を負ったかもしれないけれど、いつから他人の幸福を祝福出来なくなったのかと情けなく思うし、反射的にほぼ自動的にズキンと苦しくなることは観察していた。たまたまアンガーマネジメントを小乗仏教系の手法で身につけた頃なので、「拡張出来ないか?」と考えました。
刺激→大脳新皮質が反応する前に怒り出している
アンガーマネジメントのコツは上記をどう理解し対処するかであり、怒りたいのを我慢することではないと思う。自分がどう反応するか決める前に、肉体は(脳は)怒る準備を始めることを観察していました。だから、外界からの刺激を比較してズキンと感じる前に頭から出すことにしました。
私は町で偶然見かけた方々が同世代くらいに見えたけど、何も知らない。幸福そうに見えるけど、そうではないかもしれない。すごく努力家で長年の努力が報われた瞬間なのかもしれない。こうしたことを何も知らない。だから、「良かったですね」「お幸せに」と反射的に反応出来るよう反復練習しました。刺激に対して自分が反射的に身構える・備えるのなら、別の行動を反射的に行えば結果的に頭から出せます。それは、川の治水事業とも似ています。認知行動療法的でもあります。
アンガーマネジメントを練習しました
必要に迫られて嫉妬(羨ましさ)の管理に拡張しました
これって、認知行動療法、客観視、メタ認知の訓練でもあるので、「比較している」ことも自覚しやすいです。けれど、正直な話、怒りを手放すことは、自分が心の中で、頭の中で、お腹の中で怒鳴らないことだから、とても静かになります。感情は労力を使うことを学びました。嫉妬と呼ぶ感情も、祝福することで刺激を内部に入れません。結果的に心理学の境界線(アドラーの課題の分離)を強化することも出来ます。
自他を比べて苦しいことは、怒りと嫉妬(羨ましさ)を対策すると、私はそれほど気にならなくなりました。結果的に比較して苦しいことを対応出来たけれど、認知行動療法とアンガーマネジメントと境界線と客観視、そしてアンガーマネジメントの拡張としての「嫉妬」の管理をしただけです。
別に悟ったわけでも、何者かになったわけでもないけれど、困っていたり、苦しんでいたり、ストレス多い方もおられるだろうから、どう歩いたかを言葉にしてみました。なお、個性や特性だと思うけれど、駄目な自分から逃げたい日もあっただろうけれど、中島らもさんの仰る「自失への希求」を持たない(意識しない)ので、認知行動療法やアンガーマネジメントなどと相性がいい可能性があります。目的は同じでも登山ルートは複数あるので、精神科医など安心して信頼できる専門家と相談しながら、取り組むと安心ですね。
去年、詩画集を作りました。KindleUnlimitedで読めます。
こちらも、会員の方は0円です。よろしければどうぞ。逆境多めの人の本だから、たぶんお役に立つと思う。
noteは基本無料(有料記事は100円で一つだけ。kindleの作成過程を扱ったから)なので、眺めてやって下さい。
この記事を書いた人
部活動:note大学哲学部
現在のこのnoteのメインコンテンツ:みんなのための社会デザインラボ
いいなと思ったら応援しよう!
ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。