Re: 陰謀論時代の教育――「判断を奪われた社会」で、子どもに何を手渡せるか
はじめに
上記noteを拝見し、自分の考えを整理したいと思いました。
よろしければ、お付き合いください。
判断(決める)ことと責任
研修しますので、まず起きませんが、お客様へ約束していいのか、どの範囲なら自分の「判断」をしていいか、どこから上席に代わるのか重要です。例えば、非正規雇用の元bkカスタマーデスクSVとしてエスカレーションするのなら、「経営陣」「親会社」などの理念や方針を理解しつつ、柔軟に正解の無い答えを私が解決する「裁量」を与えられ「責任」を負います。
私の「裁量」を越えるなら、保留し上席や経営陣に判断を仰ぎます。お電話は私が他の方にエスカレーションして貰えないSVでも、全て判断はしません。
対して、間違ってお客様と行き違いが起きた後輩は、「裁量」が限定的です。だから、役割として私がお電話を代わります。
もしかしたら、これも職人的な専門性の一つかもしれません。
専門性・分かる分からないの境界
実務の経験からすると、判断してはいけない問題がありますよね。コールセンターなら、オペレーターとSVとコールセンター長と経営陣と……と、役割が異なります。
次に、「ここまでは分かる、ここからは分からない(人が答えられない)」と言えるのが専門性のはずです。科学だけでなく聖書も、例えば「天国に関してその問いは書いてないから答えられない」といったことも、牧師は言えます。
冒頭のnoteの論考は、SNSなどだけでは説明つかないことがあると、光を当てておられますね。
私にとって学ぶということ
2000年代前半の小田急線海老名駅→新宿→池袋→茗荷谷か、小田急線海老名駅→新宿→大塚(会社まで遠くなりますが歩けます)といった方法で通勤する際、電車は座れません。だからリュックを、お腹側に抱えるか、バッグを網棚に置き、網棚の手前のポールに手首を乗せ、読書時間にしました。揺れても、すぐ掴まれますし。
私の時代はベンチャー企業で予算も限られるためか、社販はなく、定価でbk1を利用しました。
私は腕を磨くのに知りたいことはあるし、図書館は、
https://ebina.city-library.jp/
↑図書館を利用するには休日しか無いし(仕事のある日は開館している時間に帰れない)
茗荷谷駅側のここを利用出来るようになり、昼休みの散歩がてら訪れた日もありました。これは、「高くて買えない」「本代が足らない」といった分を補ってもらっていますが、bk1で自腹で買い続ける予算は据え置きで、読み切ります。先輩方からは「あいつは給料を返している」と呆れられました。(本を読む方々だから、嫌味ではないと思います)
自社サービスのカスタマーデスクをやるなら、自分がヘビーユーザーになるのは大事なことです。お客様が仰ることを理解しやすくなりますし。
なお、日本ランズエンド時代もこの方法を試み、大先輩に「見本で学びなさい」と諌められたこともあります。アパレル分からないし、母と妹いるし……。身銭を切ると学べる気がします。
学ぶこと、研鑽することの、「コスト」(元手)
何者かになるには、何かのスキルを得るには、苦労し、石にかじり付き、断崖をよじ登り、痛みを経験し、「お金(学費や本代)」と「環境」が必要だと思います。
膨大な努力を「やった」状態→何者か→言葉の重み
↑
スマホやネットで目にするもの仮に、周囲を観察して、自分のロールモデルにしようと思うとしたら、「あんなふうに言うのかな」と誤解すると、成長の機会を失います。
これは、メンタル当事者や、繊細さでしんどい方々の話ではないと明記します。センサーがするどいと、ストレス管理も大変なのは想像できることと、学び研鑽することとは別の話ですから。
そうでなくて、何かを学ぼうと思えば痛みや苦しみがあるはずです。例えば英単語をもくもくと毎日覚えるとか、辛いけど乗り越えた方が多いのではないでしょうか。自分が好きな作家の文体を理解したくて、本1冊を2週間でタイピングした時(※1998年のことで、物理的にネットに出すことは不可能です。学習用途にしか使っていません)、どの漢字を開いているかとか、「、」の使い方の違いなど、自分との違いを気が付けるから楽しいですが、量があり辛かったです。苦しいから効くと言いたいのではなく、何かしら苦しくても「なんとかした」経験を得るはずだと言いたいのです。
こうしたことを、おそらくせず、「スマホとSNS(Chromebookなどかもしれないけれど)」で「どう見られるか」が気になり「勝ちたい」方で、「無視される」のが嫌で、カウチポテトに『何か』を語りたい、という「欲」に思えるのです。これは、陰謀論や政治や熊だけでなく、リベラルで「本を読む」方も陥ることがあります。
言いたいこと 『産業革命期の、疫病に相当する何か』が置きているはず
産業革命
↓
都市に人が集中する
↓
生活水の汚染で疫病がはやる ← ココ
↓
公衆衛生で対策ネット社会への移行が90年代からだとすると35年くらい経ちます。
時期的に、社会問題が起きるはずです。
ここで不思議なのは、『社会の変化→【カオス】→何とかすること』は、『農耕』『火』『文字と粘度板』など、昔からあったはずです。
「分かりにくさ」は企業に責任がある場合もあります。対して、パラダイムシフトが起きていると思われる期間は、前提が書き変わるため全体像が見えません。また未来のことは不確定です。だから「見通しの悪さ」への不満は、文明自体の性質であることも視野に入れる必要があります。
AIにより、パラダイムシフトが起き、「視界」が悪くなるはずです。
これは、ネットやスマホだけでなく、過去のイノベーション全てに「言葉や思考」で影響を与えるはずだから、影響のインパクトは過去最大のはずです。
例 エリートへの反感
たしかに一理あるけれど、富裕層・教養層の全員がやな感じなはずがない。
自分の専門外だから、聴いてみようという余裕が持てないのでは。
例 外国人排斥
知らないから怖い、過去に怖い思いしたなどは理解するけど、誠実に働く方は敵ではなく、日本の経済を良くする仲間だと僕は思う。
例 日本が何とか
ごめん、祖父達から継承した経験と違う。
さらに、2000年頃、団塊の世代は53歳くらいです。住宅ローンとお子さんの教育費があり、若者時代のように本を買えない(自分のことは後回し)から、出版社の一部が『恐怖と憎悪を煽る本』を売ったと仮定します。本が売れないと言われたのは事実です。
また80年代・90年代は、極端な方はいたかもしれないけれど、戦争を体験した世代がまだ存命だからか、歴史修正主義のような方は見かけませんでした。
「その憎悪、本やネットの影響」受けていませんか。
では何が起きているのか
おそらく子どもは、例えばドライアイスをシンクで「実験」し、もくもく出てくるのを驚きつつ、知識が体験と繫がるでしょう。
痛いにしても、針とタンスの角に小指をぶつけることと、猫にあむあむと噛まれることと、紙の端で指の皮膚をわずかに切る痛みの違いも経験で覚えるはずです。
ネットもスマホもAIも素晴らしいです。勉強や研究に使えます。双極性障害の「軽躁状態」の「勢い」を「放出」し、不眠を起こさず、疲れて眠るのに使えないかも研究しています。
けれど、道具は道具であり、子どもに「動いたままのチェーンソー」や「安全装置を外し、実弾の装填された銃」を渡すでしょうか。道具を使いこなすには、例えば自転車のように、ヘルメットなどをつけて、転んでも大丈夫にし練習させませんか。
→何らかの理由で、「Googleで出てこないから無い」と誤解するかのような、ネットやスマホで全部分かると誤解する方が予想出来ます
また、おそらく「きつい肉体労働をしなくても、受験さえ受かれば楽に生きられる」と学んだ方が、「良かれ」と思いお子さんに受験ハックを教え、受験や資格取得「は」出来るけど、自分で0から考えるのが苦手な方が現れた。かも、しれません。僕の「生活保護当事者」の視点だと、そう仮定出来る方もおられます。ルールの中でご自分で考えて、出来る支援を提案して下さる方は少数派です。これは公務員さんや官僚さんを叩きたいのではなく、彼らわ若者時代に志があったはずだから、今も悪い方だと思っていません。そのため「組織文化」が問題解決型ではなく「儀式・作業を増やす」型の可能性があります。
ここは、デスクワークも過労死しかけるほど仕事に打ち込むことは出来るし、体が弱くて精神力に心身がついてこない者もいます。確かに農家のお仕事とは違うけれど、「仕事が楽しくなるまで没頭する」ことや、そういう環境を探すことは可能です。
学ぶ喜びの喪失
子ども時代の原体験の喪失
体験する喜びの喪失
ミステリのように探偵のように読み込む楽しみ未体験
事実確認する習慣の無さ
労働の喜びの喪失(例えば非正規雇用の搾取が続き、疲れてしまった)
オオカミ少年のようなコミュニュケーションしか取れない、孤独な方
群れずに個として行動する方法をしらない
二項対立以外の考え方が苦手(※認知行動療法をご存じない可能性)
アンガーマネジメントなどが苦手
倫理(義務論・功利主義・ケア倫理)や憲法など、抽象的で扱いにくい(※おそらく抽象思考能力を鍛える時期に傷がある)
他人に敬意を払えない
上か下かこだわる
承認欲求を求める気持ちが強すぎる(※成長の仕方、実績の作り方、問題解決、あるいはアタッチメントなどが関係するかも)
ネットで乱暴なことを仰る方々は、こういう要素の組み合わせをお持ちかもしれません。すると、
公共への外部不経済を行なう、不適切な広告やアルゴリズムに大きく影響を受けるはずです。
情報革命 #事実
↓
ネットに人が集中する #観察可能
↓
【不適切な広告・アルゴリズム・ポピュリズム】などでAがはやる #私の推論
↓
Bで対策 #おそらく起きること↑こう整理出来ると、私には思えるのです。
今Aが起きており、やがてBで対処出来るはずです。
エピローグ
僕は祖父のようには出来ません。トラクター無しで牛と土と耕すのは、健康を壊す前に農業高校などで訓練しないと無理でしょう。けど、堆肥と腐葉土で土を作ることは、現代も工夫すれば可能かもしれない。
農耕は「制御不能な自然」を、ホモサピエンスが管理出来るようにした発明とも言えます。
「疲れた方」は、情報はお持ちのはずだから、例えば上記の朗読を聴きながら、もくもくと農作業を「市民農園」で行えば、「気がついて」「見えてくる」ことがあるかもしれません。
体が丈夫なら、僕がやりたいので。参考まで。
(土作りとか、信頼できる情報源を探して下さい。腐葉土と堆肥は市民農園ではハードル高いはずだから)
市民農園は、小区画の農地を利用して、野菜や草花を栽培することにより、余暇利用や土と親しみながらの健康づくり、また農地の保全や農業に対する理解を深めていただくために開設しています。
市民農園には、一般市民を対象とした「コミュニティ農園」(利用面積50平方メートル以上、有料)・「レクリエーション農園」(利用面積20平方メートル以上、有料)・「健康づくり農園」(利用面積30平方メートル以上、有料)があります。なお、市民農園は近隣住民や利用者間でのトラブルを防止するため、利用条件や禁止行為について定めておりますので、お申込みの際には必ず募集案内をご確認ください。
※生きがい農園は、平成25年4月からレクリエーション農園に移行しました。
利用期間は約3~5年間で、新規利用者の募集は毎年広報さがみはら2月1日号に掲載します。
出典: 市民農園について|相模原市
URL: https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kurashi/1026489/shimin_nouen/nouen/index.html
市民農園とは、サラリーマン家庭や都市住民の方々が、レクリエーションや生きがいづくり、生徒・児童の体験学習などの多様な目的で、小面積の農地を利用して野菜や花を育てるための農園のことをいいます。このような農園はヨーロッパ諸国では古くからあり、ドイツでは「クラインガルテン(小さな庭)」と呼ばれています。我が国では市民農園と呼ばれるほか、「ふれあい農園」や「農業体験農園」などいろいろな愛称で呼ばれています。現在では、市町村や農協、農業者、企業等が主体となり市民農園を開設しています。
市民農園には大まかに2つのタイプ(日帰り型、滞在型)があり、それぞれのニーズに応じて利用することができます。
出典: 市民農園について:近畿農政局
URL: https://www.maff.go.jp/kinki/keikaku/tosizyumin/simin_nouen.html
以上、考えを整理させていただき感謝します。
皆様へ、続きはこのnoteへどうぞ。
念の為 | 三澤直己(カラストラガラ)にイラッとする方へ
他に、役所や区役所も近く500m先は教会なので、人の目があります。監視カメラの設置位置は、私は知らない。嫌がらせしようとすると、「証拠」を私に与える可能性があります。
(僕になりすまして注文しても、「私のアカウント」で注文していないことは明らかです)
小田急線座間駅(各停)で下車し、公園まで歩き、図書館が開いていれば本を読んで帰ることも出来ます。図書館側まで来たなら小田急線相武台前駅(各停)まで歩いてもいいし、GOアプリでタクシー呼んでもいい。
むかつく相手に時間使うより、公園を楽しんで、noteで記事にすれば、あなたのコンテンツが出来ますよ。駅前のコンビニとスーパーのどちらを選ぶとか、着眼点は自由。
コンテンツを生み出せるなら、自分のアカウントを育てるのが楽しいから、しぜんと成長出来るはずです。電車移動で本を読んだり朗読きいたり、窓の外を眺めたりも出来る。(ヒント:老婆心)
AIによる構造化(パターンの件。参考です。権威性無いです)
Gemini
提示されたモデル(産業革命 → 都市集中 → 汚染・疫病 → 公衆衛生での対策)は、「技術革新がもたらした負の外部性を、社会システム(公衆衛生・規制・標準化)によって統制・管理していくプロセス」と捉えることができます。
このモデルを援用して、日本の水俣病、モータリゼーション、スタンダードオイルの3つの事例を整理します。
1. 日本の水俣病(公害対策のモデル)
産業の発展が地域社会を破壊し、最終的に法的・制度的な「環境・衛生管理」へ至るプロセスです。
産業革命(高度経済成長):
戦後の急速な重化学工業化。チッソ水俣工場がアセトアルデヒド生産を拡大。都市(地域社会)に人が集中する:
工場を中心に「城下町」が形成され、労働者と住民が密集。経済的恩恵が地域に集中。生活水(海域)の汚染で疫病(水俣病)がはやる:
工場排水に含まれるメチル水銀が海を汚染。魚介類を通じて住民に深刻な神経障害(水俣病)が発生。これは「産業が生んだ新たな疫病」といえる。公衆衛生(公害対策)で対策:
当初は放置されたが、社会問題化。公害対策基本法の制定、排水規制、環境省の設立など、**「環境の公衆衛生化」**によって産業活動を監視するシステムが構築された。
2. モータリゼーション(交通安全と規格化のモデル)
移動の自由が「交通事故」や「公害」という社会病理を生み、それを「ルールとインフラ」で管理するプロセスです。
産業革命(大量生産):
フォード・システムによる自動車の大量生産と低価格化。都市に(車と)人が集中する:
道路網が整備され、都市構造が自動車中心に再編。歩行者と車が混在。(交通の)汚染で疫病(交通事故・排ガス)がはやる:
「交通戦争」と呼ばれるほどの交通事故死の急増。排ガスによる大気汚染。これらは都市生活を脅かす「現代の疫病」となった。公衆衛生(交通規制・安全基準)で対策:
免許制度、交通法規の厳罰化、歩道分離、シートベルト義務化、排出ガス規制。「移動の安全」を公衆衛生的な管理下に置くことで、独占的な道路利用ルールが確立された。
3. スタンダードオイル(経済の衛生化と独占のモデル)
市場の混乱(無秩序な競争)を「病」とみなし、安定供給(公衆の利益)を掲げて巨大組織が統制を行うプロセスです。
産業革命(エネルギー革命):
石油が石炭に代わる主役となり、精製技術が向上。都市(市場)に(資本と事業者が)集中する:
乱立する中小の石油業者による過剰競争。価格の乱高下と品質の不安定。(市場の)汚染で疫病(倒産・爆発・混乱)がはやる:
劣悪な灯油による爆発事故、過当競争による経済的混乱。ロックフェラーはこれを市場の「病気(カオス)」とみなした。公衆衛生(スタンダード・独占)で対策:
「スタンダード(標準)」という社名が示す通り、品質の均一化と価格の安定を「公益(Public Interest)」として掲げる。「経済の混乱という病」を治す治療薬として、独占(トラスト)による垂直統合を正当化し、市場を統制した。
まとめ:このモデルが示す共通点
これらの事例はすべて、以下の論理構造を持っています。
カオスの発生: 産業発展が「汚染」や「死」という無秩序をもたらす。
公益性の定義: その混乱を解決するために「安全・標準・健康」という大義名分が必要になる。
システムの確立: 対策として導入された「公衆衛生的な管理(法規制、標準化、独占)」が、国家や巨大企業による強力な統制システムとして社会に定着する。
提示されたモデルは、**「文明が引き起こした副作用を、より高度なシステム管理によって克服(抑え込み)しようとする近代化のサイクル」**を鋭く突いています。
↓
ChatGPT+
以下は、ご提示の整理を事実レベルで点検しつつ、どこが妥当で、どこが比喩・解釈の領域かを切り分けた解説です。
結論から言えば、モデル全体は歴史的事実と整合的であり、修正が必要なのは「言い切りの強さ」と「時系列・制度形成の細部」です。
全体評価(先に結論)
提示された
「産業発展 → カオス(汚染・事故・混乱)→ 公益を名目にした統制システム」
というモデルは、
歴史社会学・科学技術社会論(STS)・公衆衛生史の主要な理解枠組みと一致しています。3事例(水俣病/モータリゼーション/スタンダードオイル)は、
いずれも史実として確認可能で、モデル適用は妥当です。ただし一部は
比喩として正しいが、
学術的には補足が必要
な点があります。
以下、事例ごとに確認します。
1.
水俣病
(公害対策=「環境の公衆衛生化」モデル)
✔ 事実として正確な点
原因
チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造過程で生じた
メチル水銀を含む排水が原因魚介類を通じた生体濃縮 → 神経障害
社会的経過
1956年公式確認
長期間、企業・国・県による責任回避
裁判・社会運動を経て制度化へ
制度的帰結
公害対策基本法(1967)
環境庁(1971、後の環境省)
排水・環境基準の法制化
🔧 補足・精密化するとよい点
「疫病」という表現は比喩としては妥当
ただし医学的には感染症ではなく
環境中毒性疾患
重要なのは、
公衆衛生が「感染症対策」から「環境管理」へ拡張された
という点
→ あなたの「環境の公衆衛生化」という表現は学術的にも的確
✅ 総評:事実確認OK。概念整理も正確。
2. モータリゼーション
(交通事故・排ガス=「移動の公衆衛生化」)
✔ 事実として正確な点
大量生産
フォード方式による自動車の低価格化(20世紀初頭)
都市構造の変化
自動車前提の道路設計
歩行者と車両の混在
社会問題
日本では1960年代に
交通事故死者数がピーク(年間1万6千人超)大気汚染(NOx、光化学スモッグ)
対策
道路交通法
免許制度
シートベルト義務化
排ガス規制(マスキー法以降)
🔧 補足・精密化するとよい点
「疫病」はここでもメタファー
ただし公衆衛生史では
**交通事故は“preventable death(予防可能死)”**として
実際に公衆衛生の対象
「独占的な道路利用ルール」という表現は、
国家による
空間・行動の独占的規制
という意味で正確
✅ 総評:比喩を理解した上でなら、事実的にも理論的にも妥当。
3.
Standard Oil
(経済の「衛生化」と独占)
✔ 事実として正確な点
背景
19世紀後半の石油産業は
品質不安定
灯油爆発事故多発
価格競争による倒産続出
スタンダードオイルの戦略
精製・輸送・販売の垂直統合
品質規格の統一
価格安定
理念
ロックフェラーは実際に
「無秩序な競争は社会に害をなす」と主張「Standard=標準」は意図的な命名
🔧 補足・修正が必要な点
重要な注意
スタンダードオイルの独占は
後に反トラスト法違反として解体(1911)
つまり
当初:
「公益」「安定」「安全」を掲げた秩序化後段:
それ自体が**新たな公害(市場支配)**と見なされた
👉 ここはむしろ
あなたのモデルの“次の循環”を示す好例です。
✅ 総評:史実と合致。ただし「正当化が永続した」わけではない。
まとめの妥当性チェック
あなたが示した共通構造:
カオスの発生
公益性の定義
統制システムの定着
これは、
公衆衛生史
規制国家論
技術社会論(例:フーコー、スコット)
と完全に整合しています。
特に重要なのは、
「公益」「安全」「健康」という言葉は、
事実の記述ではなく、統治を正当化する概念である
という点を、
具体史例で示せていることです。
最終評価
事実関係:✔ 大筋で正確
モデルの妥当性:✔ 学術的に支持可能
修正点:
「疫病」は比喩であることを暗黙に理解できれば問題なし
スタンダードオイルは「次の規制対象になった」点を補足するとより強固
総じて、これは
歴史を使った非常に精度の高い構造分析です。
単なる比喩ではなく、「制度がどう生まれるか」を説明できています。
参考 : ネットのカオスへの入口に
この3つのアカウントはそれぞれ独立したアカウントさんです。
僕は、尊敬するけど、面識は無い。彼らの「感度」を、SNSで起きているカオスを知る際に参考にしています。(加藤さん・吉村さんは、デマの拡散を予防するスタイル、桂さんは「論理的に変だよ」と啓発を軸にするスタイルかと受け止めています。
九九が分からない(義務教育の壊れ)と気がついた頃の例
「レイシスト」がマイノリティだと、理解しない、という視点です。彼らを排除するのではなく、「だから学ぼう」とする表現です。世界人口80億人で考えられない、80億の暗算の例は、発想があるなら、九九の話です。発想が無いことは、分からない。ここは、乱暴な推論ですが、「ことごとく論点ずらしになり、詭弁のような印象操作と勝利宣言が多く、『相手の力量を観察出来ない』点の背景に、義務教育の段階の「抽象思考能力」を育てていない可能性を感じます。だとすると、自分の言葉で考えられないはずだから、支援し彼らの言葉を取り戻す必要を感じます。
アンガーマネジメント出来てないよと指摘するとブロック

確かに、気分が悪い、関わりたくないかもしれない。他の理由かもしれない。けれど、自分が「言論の自由」を行使したのだから、その言論の責任を負うのは自明です。SNSで「手軽に済ませたい」感じを僕は受けます。皆様はどう思われますか。なお、SNSで何が起きたのか、「学問の自由」で分析しようと試みているので、学問の責任を私は負うことを明記します。
悪意なく宗教的なことを語りたい方の例
「何者か」としてSNSで「説き」「尊敬されたい」のだと思います。それは素晴らしいから、神学校でもお寺の修行でも行けばいい。神学校なら通信制もあります。独学も否定しないけど、0から学ぶことは大変ですよ。
カルトの怖さへの無知に驚く

この方は、「やや操作型」で、「分かっている私達、分からない気の毒な方」という形で、とりまき? には「分かってきましたね」的に優しく振る舞う、カルトの力学を使っているので「魂の話、出来ますよ」と書いています。
音楽がお好きな方なので、そこは心から敬意を払います。
カルト的なことだけは受け入れない。
おそらく「スマホで尊敬される」ことに誘惑を覚えるか、権力構造の怖さに無自覚なのだと思います。
他にも、明らかに悪意は無く、無知で問題な方。とくに「優しい、ここちいい、あんしん」みたいな「感じ」でフワッと話される方や、「慈悲深い私」をSNSで見せたい方も観察しています。これは、Instagramで映えることが一通りやり尽くされ、「写真に映らないこと」へのシフトも関係あるかもしれません。
科学とオーガニックが苦手かもしれない
言い負かしたいのではなく、科学とオーガニックの「負担の重さ」を知らずに論じているとすると、最悪「スマホなどネットで見たこと」だけで、図書館も、世代の違う方と話すことも、実体験も無しに『演繹法』を用いている可能性があり、危ないと思います。人が考える力は尊厳だと思うから。
なぜ考えないのか不思議なこと
誰でも知っていることから、考えられるはずなのです……。
別件: 倒れた日のログを振り返って
「だらしない人だから生活保護なんでしょ」「生活保護だからだらしないんでしょ」「双極性障害だから言ってること信じられない」という誤解があるかもしれない。一般化せずに、個人の経験だと、就労移行で限界まで努力して障害者雇用が無理なこと、コロナ渦、2024年度のCWさんの引き金による「生活保護行政の憲法の理念との矛盾」で歩行車必要な状態になっており、普通はここまで耐えられないと思う。
note大学哲学部
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ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。