生きにくさや過敏さなどは、審美眼の一部にすると、あなたの強みになる話
マルセル・デュシャンは、「芸術とは選択することだ」的なことを言っていました(うろおぼえ)。まさにAIによる画像生成は、「選択」という行為が、歪なぐらい強調された制作技法だなと思いました。
選択の具体例
作例











私の方針と約束
最後に、もう一つお約束をします。
病状の説明や対処として、例えば希死念慮などを扱うと思います。でも、「今、こういう病状で困っていて苦しくて辛い」という趣旨の文章は書かないことを約束します。とはいえ、とてもデリケートな話題を扱いますから、内容が重いこともあるでしょう。心身に余裕が無い時、例えばおつかれの時に、無理にお読みにならないで下さい。せっかく読みにいらして下さった方に、苦しみ自体を共有したいわけじゃないから。
言いたいこと
メンタルヘルスの当事者は、何らかの過敏さを持っています。抽象化すると脳が刺激に過敏になることは共通するのだから。
人工知能は人間の暗黙知は学習できないし、人間の直感も分かりません。画像生成AIが「出来ました」と持ってきてもやり直しもあれば、よく出来たねってこともあります。人間の判断が重要です。
例えば同じプロンプトで10枚作ったけれども、この微妙な違いの中に明らかに良いものがあるとか、見落としちゃダメなものがあるとか、公開してはいけないものがあるとか、そういう違いを判断するのに、私にとって自分の敏感さ、過敏さというものはすごく強みになっています。
健康な人より、センサーが1個多いって考えると、ものすごい有利だと思います。
これは私の経験に過ぎないです。DALL-E3やLeonard AIで画像生成を真剣に学んでいるけど、「人が何をするか決めて、過程の監督と助言、結果の質の確認、ユーザーとしての責任を負うこと」という生成AIを使う際の基本を高速で繰り返しています。生成AIを学ぶのに良いと思う。
繊細さや過敏さや生きにくさで泣いている人や、それを見守る方の苦しみは、私なりに経験があるので、「それは審美眼が問われる領域だと武器になるよ」とここに置いておきます。誰かの涙が、結果的に止まることを願って。
ここから先は
ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。
