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改札の達人

ラッシュアワーの通勤時は改札口も興味深い。そこでは、かなり高度なコミュニケーションが繰り広げられている。そのように見える。

僕の場合、乗り換え時にひとつの改札を抜ける。たくさんの人々と共に電車を降りて、流れに乗りながら階段をのぼって、改札にたどり着く。今日はそこからの数秒の話。

排水口に吸い込まれる風呂の水のように、数少ない改札に向かって人々が進んでいく。改札が近づくと空気は濃密になり、身体感覚やアイコンタクトでの探り合いが起きる。

ためらうと流れが止まり、迷惑がかかる。行くのか、譲るのか。行くなら迷わず行く方がいい。さてどうするか。全体を見ながら一瞬の判断が求められるとき。非言語的なコミュニケーションのとき。

今日は、ほぼ同じタイミングで改札に向かう女性がいる。目が合った。彼女はすこしペースを落として、小さくうなづいてくれる。瞬間、「こちらは止まらずに行く」と決めて、小さな会釈を返してスピードを落とさずに改札を抜ける。

背後からは、すぐにピッ!と聞こえてくる。彼女も間をおかずにすぐに改札を抜けたのだろう。背中でその音を聞く。振り返ることはしない。

さらに続けて、ピッ!ピッ!と聞こえてくる。さらにその後ろの人達もどんどん抜けているのだろう。それを想像しつつ、もちろん振り返らない。

人の流れは止まらない。みんな黙って、流れのままに改札を抜ける。どこにでもありそうな都会の風景。でもここに阿吽の呼吸がある。瞬間の判断がある。これだけの人々が朝から絶妙に動いている。シンプルにすごい。改札の達人たち。

都会に出てきた直後は、この流れに乗れなかった。迷って譲ろうとして、流れを壊して誰かにぶつかって、押されたり舌打ちされたりして、オロオロドギマギ、ゲッソリグッタリの時期があった。

都会で暮らして幾年月。たくさんの改札を抜けて、いつしか磨かれた能力。流れをみて判断して、サッと行ったり譲ったり。もはやオロオロはしない。たまに上手くいかないときはあるけれど、ゲッソリもグッタリもしない。

ちょっとした会釈を交わして譲り合う、そんな改札の人間関係はむしろ好きだ。見知らぬ人とのあいだに生まれる阿吽の呼吸。その一瞬だけ交差する視線。振り返らない別れ際。

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