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呉を考えるイタリア旅#4|ラ・スペッツィア海軍技術博物館で気づいた、「街ごと博物館」という考え方

▼前回の記事はこちら

いよいよ今回の旅の目的のひとつ、
ラ・スペッツア海軍技術博物館(Museo Tecnico Navale della Spezia)へ。

海軍の門の隣りに海軍技術博物館がある
この門は、海軍工廠の建設工事が行われた1862~1869年頃に造られたもので、150年以上にわたって海軍基地の入口として使われ続けている。
門の両側に延びる重厚な石造りの城壁とお堀。お堀の水は臭い(笑)
でも、その匂いも含めて、その場所の空気を五感で感じられるのが旅の面白さだと思う。写真や映像では伝わらない、現地だからこそ得られる記憶がある。

入館料5ユーロ(1€165円換算で825円)を支払って入館。

展示は、ラ・スペッツアと海軍の繋がりの紹介から。
1869年、イタリア海軍は当時国内最大となるラ・スペッツア海軍工廠を開設。
ラ・スペッツアの地図模型が展示されていた。
大和ミュージアムに展示されていた呉市の地図模型と比べるとよく似ている。
どちらも三方を山に囲まれた天然の良港であり、その地形が軍港として選ばれた理由だったことがよく分かる。

ラ・スペッツアの地図模型。
こちらが大和ミュージアムに展示されている呉市の地図模型(1940年(昭和15年))。



続いて、この海軍技術博物館の紹介パネル。

館内は、日本でもよくある海洋博物館と同様に艦艇の模型が多く展示されていた。
ただ、日本と違うのは、艦艇の紹介もしているのだが、

”この博物館に展示されている模型の多くは、海軍工廠(アルセナーレ)や博物館の工房で働いていた職人たちによって製作されました”

と職人が主役で紹介されている。
艦艇そのものではなく、その艦艇を作った職人にスポットライトを当てる。この価値観こそが、イタリアという国の魅力をつくっているのかもしれない。

そして、

”彼らは、

  • 木工職人(熟練の大工)

  • 鍛冶職人

  • 製缶・板金職人

  • 機械工

  • 技術者

など、高い技能を持つ人々でした。

彼らは当時も、そして今もなお、海軍工廠の心臓部ともいえる存在です”

日本では、艦艇や兵器、技術そのものが中心になることが多い一方、この展示では「船をつくった人たち」が海軍工廠の心臓部だったと明確に伝えている。
この考えは参考になった。


次は、おっ!?国際信号旗!
ちょっとワクワクしながらこのコーナーへ。
内容は、
イタリア人の発明家のマルコーニ氏が、世界で初めて実用的な無線通信を実現し、
1909年には、この功績によってノーベル物理学賞を受賞。

との事。


マルコーニの言葉
「私の通信システムは、まず何よりも海上で利用されるべきだ。」

旗や発光信号から始まった通信の進化を伝えるコーナーだった。
個人的には、無線通信が発達した現在でも、日本では江戸時代末期から使われてきた国際信号旗が、今なお世界共通のスタンダードとして使われ続けていることがうれしかった。

我が社の縫製ブランド「接ぐクレラボ」で展開している「旗ことば」シリーズ
カラフルで見てるだけでハッピーになれる国際信号旗をモチーフにプロダクトを展開していますが、「旗ことば」についてはまたの機会でご紹介します。

”K”は、”あなたと通信したい”

その後、海軍技術博物館なので、潜航艇や魚雷、潜水具など見どころは多い。ただ、今回は僕が特に心を動かされた展示を紹介したい。

仕事柄、服飾関連の展示があるとじっくり見てしまう。
これは、ペンネントと呼ばれている”セーラー帽のリボン”
この艦名を見ると潜水艦ばかりなので、ラ・スペッツア海軍工廠で作られた潜水艦のペンネントなのかもしれない。

このペンネントを見て、海上自衛隊も一時期艦名のペンネントを採用していたなと思い出す。
現在、海上自衛隊のセーラー帽のペンネントは”海上自衛隊”に統一されているが、呉市にある高田帽子店さんには昔の海上自衛隊のペンネントが飾られている。

高田帽子店さんに飾られている海上自衛隊と大日本帝国海軍のペンネント。
現役の艦艇や部隊名もあるが、退役した艦艇や部隊改編した部隊名などあって懐かしいな。
これも歴史になってきてるのを実感。
高田帽子店さんに飾られている外国海軍の帽子。
イタリア海軍はこの中にはないようだ。

イタリアから帰って、高田帽子店さんにペンネントの写真を撮らさせてもらいにお店に行ったら、ご主人が店頭で帽子を作られていた。
僕らにとっては当たり前の光景だったけど、職人の仕事が見られるのは「街なか博物館」だなと思った。

博物館の展示品だけではなく、現役で働く職人もまた、街の財産なのだと思う。

1913(大正2)年創業の老舗帽子店。旧海軍御用達として軍帽を製作し、山本五十六が中将時代に帽子を注文したことでも知られている。現在も海上自衛隊の制帽を一つひとつ職人の手で仕立てる、日本でも数少なくなった専門店。


我が社のブランド「接ぐクレラボ」があるビルの3階と4階が縫製工場・刺繍工場になっているが、1階で職人がミシンを踏んでいる姿が見れるので、呉の街歩きの際に、モノつくりの街”呉”を楽しんでもらいたい。

「株式会社制服のフジ」工場ビル1階に2021年にできた魅せる縫製工房”HUG KURE LAB.”
海上自衛隊の制服で培われた技術を他のプロダクト落とし込むブランド。
現在はバッグを中心に展開。


高田帽子店
📍Googleマップはこちら
https://maps.app.goo.gl/FmnJDAg8TTsSehKc7

HUG KURE LAB.(接ぐクレラボ)
📍Googleマップはこちら
https://maps.app.goo.gl/z2cUgvCLKUdYArQMA

どちらのお店も大和ミュージアムから商店街へ向かう間の中通1丁目にあります。



ちょっと話しが長くなってしまったので今回はここまで。

呉には創業100年を超える企業やお店が数多くある。そう考えると、本当に街ごと博物館だなと改めて考える。

大和ミュージアムやてつのくじら館だけではもったいない。ぜひ街を歩き、職人や老舗にも出会ってほしい。
その楽しみ方もこれからnoteで紹介できればと考えていますのでお楽しみに。


ラ・スペッツア海軍技術博物館の後編では、さらに印象に残った展示を紹介したい。

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